突き当たりの壁は、見上げるほど巨大な石の扉になっていた。
 一面おどろおどろしい彫刻が施され、まるで地獄への門のような風貌である。
「ここが…」
「えぇ、恐らく卵の間です」
 リリィは一歩扉に近付き、何かを探した。
「この扉も、さっきみたいなからくりで開くのか?お嬢ちゃん」
「多分そうだと思います。こんな大きな扉、押しても引いても動かないと思うし…」
「手がかりはあるのか?」
 ソラの問いかけに、リリィは首をかしげた。
「そうなんですよ。さっきの扉は物語が彫られていたのに、この扉は全く不規則な模様ばかりで…」
「扉にしか手がかりはないんですか?壁とか床とか…」
 リクに言われて、一行はあたりを見渡す。床に丸い模様が描かれていること以外、ことさら手がかりになりそうなものはなかった。
「リク、この扉登れるか?」
「え?そりゃあできますけど…どうするんです隊長?」
「ドアノブが下にあるとは限らない」
「なるほど。見てきます」
 リクは扉の出っ張った部分に手足をかけ、ひょいひょいと登っていった。
「わぁ、ソラさんより早いかも…」
 リリィが感嘆の声を上げる。
「身軽さならソラが社内一だが、すばしっこさはあっちが上手かな」
「聞こえてますよー隊長!」
 そんな間に、リクは扉の天辺まで登った。
「どーだ?何かあるかー?」
「壁に穴があいてますー。僕のこぶしくらいかな。ただの穴ですー」
「他には?」
「なにもー。彫刻も文字みたいなのも……あれ?」
 と、下を見下ろしたリクが声を上げた。
「どしたリクー?」
「今何か…あれ?あれれ?」
 リクは壁を掴んだまま、扉をしきりに見下ろしている。
「リク、あまり下を見るな」
「お姉ちゃん!この扉変だよ。なんか…彫ってある部分が偏ってるような…」
 それを聞いたリリィが飛び上がるように叫んだ。
「光!」
「はい?」
「リクくん!ライト持ってない!?」
「え?あ、ありますけど…」
「その穴からこっちに向かって照らしてみて!」
 わけもわからぬまま、リクはライトを取り出し、スイッチを入れて穴にあてがい、下に向かって照らした。
「わ…ぁ!」
 思わずリクは叫んだ。
「おいどうしたリク!?何があった!?」
「隊長!下!下!」
 言われてキールたちは足元を見る。 そこには山のように折り重なった人間の影が、床一面に広がっていた。
「うっわ!」
 思わず飛びのくキール。ソラは言う。
「そうか影絵か…」
「ええ、床の円は月のシンボルだったんです。月は闇。対極にあるのは太陽…」
「なるほど、上から明かりで照らすと、扉の凹凸の影が床で絵になるわけだ。で、お嬢ちゃんこの先は…?」
「わかってます。これは少年王が他国に攻め入った様子を描いているんだと思います」
 確かに影は、もがき苦しむ人々にも見えた。
「そして…ほらここ。中央に何かを掲げた人影が…」
「少年王か」
「ええ、そしてその掲げられたもの…恐らく卵の影が落ちた部分に…」
 リリィが床に顔を寄せると、その影が落ちた床に小さな穴が開いていた。ポケットからペンを取り出し、穴に差し込み押してみる。すると、


 ゴンッ!ザザザザアアアアア……


 扉の両脇から滝のような水が流れ出し、扉が両側へスライドしていった。
「わ!わあ!」
 扉につかまっていたリクが慌てて下に下りた。
「ひゃー。毎度壮観だこ…と?」
 言いかけたキールが詰まった。扉が2メートルばかり開いたところで止まり、両脇の水が止まった。
「なんだおい?」
「水力で開く仕組みだったんだな。長らく放置されて、水が漏れて水圧が減ってしまったんだ」
 ソラの推理は正しいようだ。扉はそれっきり微動だにしなくなった。
「ん。まあこんだけ開けば問題ないか。なかに入るぞ」
「了解」

 階段は20メートルほど続き、その先に巨大な廊下が広がっていた。ビルを横にして収められそうな幅と長さがある。蛍光苔が群生しているせいか、ほのかに明るかった。
「またデカいところに出たなぁ」
「隊長、あれ…!」
 ソラが廊下の奥を指す。突き当たりに何かあるようだ。双眼鏡を取り出してみると、そこには壁一面に及ぼうかというほど、巨大な扉が鎮座していた。
「ゴールらしいな。っと、お嬢ちゃんは…」
 キールが双眼鏡をやや下に向けると、リリィとリクは廊下の途中で立ち止まっていた。どうやらここにも亀裂があるらしい。

「どうしたお嬢ちゃん」
 二人がリリィたちに追いついてみると、そこには廊下を寸断するように亀裂が走っていた。幅は3メートルあるかないか。ここなら助走も効くし、飛び越せない幅ではなかった。
「音がするんです、下から…」
 リクに言われ、訝しげに亀裂のそこを覗き込むキール。確かに風や水の音とは違う、何かが寄り集まったような気配があった。
「ソラ、燃やすもんないか?」
「あぁ」
 ソラはリュックから厚紙を一枚取り出し、キールに渡した。リクからバーナーを借りて火をつけ、亀裂の下に落とす。底は意外と浅く、落ちた炎が穴の中を照らした。
「うぉ!」
「きゃっ!」
「ぁあっ!?」
「………!!」
 四人が各々驚いた。そこには穴を埋め尽くすほど大量の蛇がいた。百や二百の騒ぎではない。この亀裂いっぱいにいるとしたら、はたしてどれほどの量になるだろうか。
「うっわー、ここまで来ると壮観だな。まぁなんとか飛び越えられるか。落ちてもすぐに登れば問題なさそうだ。おし、ソラお手本を……どしたヲイ?」
 キールが見上げたソラの顔は、今まで見たことがないほど蒼白だった。
「お、おーいソラ、聞いてるかー?」
 答えたのはリクだった。
「あー…実はですね隊長。お姉ちゃんは…世界一ヘビが嫌いなんです」
 その言葉を証明するように、ソラは穴の底を見つめたまま石像のように動かなくなっていた。
「……一流が揃ってるんですよね?」
 リリィがキールに聞く。
「の、つもりだったんだが……」
 今日は各々厄日らしい。キールは頭を掻きながら立ち上がり、ソラを穴めがけて後ろから押した。
「ほれ」
「ぃや!いいいいいあ!ああぁぁ!」
 普段からは想像もできないような声のトーンで叫びながら、ソラはキールにしがみついた。
「目ぇ覚めたか?」
「へ!?あ!あ……す、すまない…」
 一変して顔を真っ赤にして、ソラはキールから離れた。彼女のこんな女の子らしい一面を覗いたのは初めてだった。それに加えて………………
「隊長、何にやけてるんです?」
「ふぇ?いやいやいや!にやけてなんかおらんよリク君!?」
 生ぬるい殺気を放つリクを慌ててたしなめるキール。やわらかい感触があったなど、彼の前では口が裂けても言えはしなかった。
「とりあえずリク、飛び越えちまえ」
「了解」
 言うが早いが、リクは装備を降ろすと数歩下がり、助走をつけてぽーんと飛び越えた。
「次、お嬢ちゃん」
「ぇえっ!?無理ですよぉ!」
「大丈夫だって。飛ぶとき俺が押してやるし、あっちでリクがフォローすっから」
「でも…」
 リリィは亀裂を見下ろす。心なしか、蛇の蠢く音が大きく聞こえた。
「恐れると却って危ない。飛び上がるというより、下を見ないで駆け抜けていくつもりで走れ。いいな?」
「……は、はい」
 弱々しく頷くリリィ。長めに下がって振り返り、意を決して走り出す。
「やッ!!」
 掛け声と共にジャンプし、キールが腰を押した。向こう側に転がるように着地するリリィ。
「よーしえらいっ!」
「こ…こわかったぁぁぁ」
 腰を抜かすように座り込むリリィ。次はソラの番だ。
「行けるか?」
「……た、多分」
 彼女の口からこんな曖昧な答えが出ることも珍しかった。
 ソラは数歩下がって、暗い顎のような亀裂を見据えてしばらく止まった。脂汗をかいている。ゆっくりと駆け出すソラ。思い切った助走。これなら大丈夫だとキールは思った。
 その時、天井から何かがソラの前に落ちてきた。蛇だった。
「ひぅっ!!」
 慌ててブレーキをかけるソラ。しかし亀裂はもう目の前だった。
「馬鹿ッ!!」
 ソラはそのまま足を滑らせ、蛇を蹴飛ばして亀裂に落ちた。
「ソラっ!」
「お姉ちゃん!」
 亀裂の底でソラは尻餅をついていた。だが痛がるより先に、己の置かれた状況に戦慄している。
「ぅうう!いゃ…あ!」
 痙攣するように全身をわななかせ、泣き出しそうな顔で逃げ場を探している。だが周囲は一面蛇だらけ。しかも何匹か踏んづけたらしく、鎌首を上げて威嚇しているものもいる。
「ぁあ!や…やあああ!」
 ソラが発狂しかけた寸前、一筋の閃光が降り注ぎ、蛇を両断した。驚いた蛇たちはスゥっとさがる。キールの投げたプラズマソードだった。
「隊長!ロープ!」
「わぁってる!」
 キールはリクのリュックからロープを取り出し、リクに投げ渡して降ろさせた。
「お姉ちゃん登って!はやく!」
 ソラは飛び上がるように立ち、ロープを手繰って亀裂の壁を登った。まるで早回しの映像のようだ。
 リクとリリィに助けられて登りきったソラは、その場に横向きに倒れこみ、肩で荒々しく息をした。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!…」
「大丈夫かソラ!?噛まれたか!?」
 キールが叫ぶ。
「だ、大丈夫…だ」
 絶え絶えに答えるソラ。キールがリクに装備を投げて渡し、ひょいと亀裂を飛び越えると、リクとソラにロープを持ってもらい、穴を降りてプラズマソードを取って戻った。
「おし、先急ぐぞ」
「…すまない、隊長」
「いいって。これで三人ともお相子だ」
「隊長さん、何かあったんですか?」
 リリィが割って入る。ソラとリクが目を合わせた。
「さ、先行くぞ!」
 キールは奥へと歩き出した。

 広間の先の廊下をやや行ったところで、キールは三人に追いついた。
「よぅおまた…せって、どうしたんだ?」
 見ると、リクは壁を背に座り込んでいる。
「落ち込んでるみたいなんです…」
 リリィが答える。
「はっはぁ、ようやく目が覚めたか。おい坊主、先行くぞ立てヲラ」
 キールが肩を押すも、リクは下を向いたまま答えない。ソラが言う。
「リクは落ち込むと萎縮するタイプなんだ。さっきから励ましているんだけど…」
「ったく。甘ったれんじゃねーよリク。作戦行動中だぞ」
 反応はない。やはり傭兵とはいえ12歳の少年。精神的な脆弱さは隠しきれない。
 痺れを切らしたキールがリクの胸倉を掴んで担ぎ上げだ。
「いやなら引き返して通信助手でもやってろ!人質救出ミッションだ。お前一人のために作戦を阻害されるわけにはいかねぇんだ。凹むのは帰還してからにしてくれ。そん時は俺も付き合う」
「………」
 リクは涙ぐみ、袖でぐしぐしと目を拭き、
「…了解」
 と、つぶやくように答えた。
「でも…隊長さん」
「なんだお嬢ちゃん?」
「行くって言っても、ここ行き止まりなんですけど…」
 そう、さっきからもう一つ気になっていたのがそこだった。彼らの前には相変わらず精緻な細工を施した壁があるだけで、車一台がやっと通れそうな幅の廊下は、そこで終わっていた。
「道を間違えたか?」
「まさか、一本道だったぞ」
 言い返してみたものの、ソラも腑に落ちなかった。
「先に行ったはずの連中とも会っていないってことは、もっと先にいるはずだ。隠し通路の類は?」
「探そう」
 暗い廊下をライトの小さな明かりを頼りに探す。しかし変わったところはなかった。
 キールが腰を落とした。
「だぁーっ!何なんだここはよぉ、落とし穴はあるわムカデは出るわ…」
「隊長、やっぱりどこかで道を間違えたんじゃあ…」
「待って!」
 リリィが会話を遮った。ライトで突き当たりの壁を照らしている。
「どうしたお嬢ちゃん」
「これ…おかしいわ」
「何が?」
「見てこの壁。レリーフがあの伝承を表してるの」
 言われてようやく三人は、その壁の彫刻に注目した。確かにそこには人らしき図案が掘られている。
「一番上の真ん中。あそこに王の姿があるわ」
 レリーフを見下ろすように座る、豪華な衣装を着た男が彫られていた。ソラが言う。
「少年王か」
「ええ、そして下の段の左から順に、絵巻物のように物語が進行しているの」
 たくさんの人物がそこに彫られていた。入り口の広間で見たウェドリムの姿もある。確かにおよそ先ほど聞いた話に合致しているようだ。
「で、どこがおかしいんだ?」
「見て、ここ」
 リリィが指差した所には、四人の男が神輿のようなものを担いでいる絵が彫られていた。神輿の上には丸く青い石がはめ込まれている。男たちは壁の上のほうを見るように描かれている。
「これは多分、この寺院に卵を納めるところを描いているんだけど、これだと伝承と一致しないの」
「わかるように説明してくれないか?」
「シャイーハの北の王国は、このケマット山の南側に位置していたわ。つまり王が凱旋して卵を納めるなら、彼らが向かうべき方向は北よね?」
 リクが返す。
「うん。だからこのおみこしも北を向いて…」
「そこよ!シャイーハは拝火教や太陽信仰が盛んで、地図や絵を描くときは、太陽が通る南を上にするようにしていたの。この国に北を上にする地図が広まったのは、五十年ほど前からなの。町の土産店で、南を上にした古地図のレプリカを売ってるくらいだわ」
「…じゃあ、こいつらは逆のほうを目指していると?」
「そう。それにもう一つ。ここだけレリーフが妙に空いて彫られているわ……」
 リリィは三人の顔を確かめ、意を決するように神輿に手を伸ばした。そして時計回りに回そうとすると、レリーフは青い石を中心に、ゴソゴソと石臼のような音を立てて回りだした。そして神輿を担ぐ男たちの向きが真下になったとき、

 ガクン!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………

 と、地鳴りのような音を立てて壁が下がり、奥から下へ下る階段が現れた。
「ひゃー!」
 リクが歓声を上げる。
「よっ!考古学の大家」
 キールがはやし立てる。
「急ぎましょう」
 リリィが興奮気味に階段を下りていく。
「あっおぃ先行くなって…ったく。リク、ついてってやれ」
「了解」