隣国の空軍基地の休憩室で、四人は疲弊しきった顔で座っていた。吸い込んだ菌が少なかったのか、検査の結果、どこにも異常は見られなかった。
「長い一日でしたね隊長…」
 リクが素直な感想を漏らす。
「その年でそんな物言いしてると禿げるぞー。まぁ実際長かったがな」
「……」
 リリィは泣き出しそうな顔をしていた。ソラが声をかける。
「どこか痛むか?」
「いえ、大丈夫です…。みなさん、ありがとうございます。本当、助かりました…」
「そんな…」
 謙遜するソラ。だがキールは射抜くように言う。
「なあお嬢ちゃん。俺たちに話してないことがあるんじゃねぇか?」
 リリィの顔が明らかに変わった。ソラとリクは虚をつかれた様な顔をしている。
「どういう…意味でしょう?」
「腑に落ちない点があるんだ。考古学者にとってお宝や歴史的発見は、命に代えても獲得したいものじゃないか?それを全部取り逃がした割には、あんた随分元気そうだよな?」
「それは…」
 リリィの言葉を遮ってキールが続ける。
「それと調査団のことだ。俺らは命のやり取りを商売にしている。命をかけてって言葉の重さを、人より知っているつもりだ。ロジャーっておっさんの言葉を信じるなら、調査団はゲリラに刃向って殺された。それはつまり丸腰で訓練も受けてないような連中が、本気で武装集団に喧嘩売ったって事だ。それがどんだけの事か、俺たちには分からないではない。そう、少なくとも得体の知れない兵器のために出来ることじゃない」
 リリィは被告人のような顔で俯いている。窓の外を輸送機が飛び立ち、リクの持っているカップの中のジュースが揺れた。
 キールの言葉は続く。
「なぁお嬢ちゃん、俺らも命張ったんだ。正直に答えてくれ。あんた達はウェドリムの卵が何であるのか、知っていたんじゃないか?そして、あんたの目的は卵じゃない。どうだ?」
 長い沈黙が訪れた。やがて俯いたままの姿勢で、リリィは語り始めた。
「仮説じゃ…ないんです。ウェドリムの卵の正体は、私や教授たちにはわかっていたんです」
「どうして…」
 リクが身を乗り出すようにして聞く。
「シャイーハには変わった風習があるんです。呼吸器系の病…喘息や扁桃腺の炎症を、おまじないのような施術で治そうとするんです。おまじないといっても、南向きの日当たりのいい場所に寝かせるだけですが…。そしてシャイーハの家には、何があっても必ず北向きの窓をつけるという、法律のような決まりがありました」
「なるほど。潜在的にカビを恐れていたから、日当たりのいい場所で病気を退治しようとしたり、日の当たりにくい北側の風通しをよくする必要があったと」
「そうです。そしてシャイーハ各地の墓地跡から出土する、太古の兵士の骸骨は、どれも焼かれた上粉々に砕かれていました。ウェドリムへの怖れを裏付ける証拠だと…」
 再び沈黙が訪れた。ソラがたずねる。
「あのキャンプで助けられたとき、もう仲間が殺されていることも?」
「知っていました。奴らの話を聞いて…。でも…もう助ける人がいないとわかったら、アタシは帰されちゃうでしょう?だから……どうしても一緒に寺院に行ってほしくて……」
「お嬢ちゃんの本当の目的は卵じゃない。それに付随する何か。だな?」
 リリィは頷いた。
「特効薬……、ウェドリムの呪いにかかった者を助ける手段がある。少年王が卵を持ちながら生きながらえたのはそのためだという仮説がありました。きっとそれは、寺院のどこかにあると……」
「どうしてそこまでして、薬を…」
 リクの問いかけに沈黙するリリィ。やがて搾り出すように言う。
「旦那様の…病気を治したくて………。そんな薬なら、きっと旦那様だって治せるって思って…。アタシ、亜人の中でも出来損ないで……買い手がつかなくて……。旦那様はそんなアタシを…すすんで買ってくださって……読み書きや世の中のことや、考古学の楽しさを…、たっくさん教えて………ッ!」
 突然リリィは立ち上がり、落っこちるように頭を下げた。
「ごめんなさい!アタシのわがままのために、みなさんを…あんな危険な目に合わせてしまって……ごめっ…なさぃ……ぅぅぅ」
 リリィは頭を下げたまま泣き出した。キールはでかいため息をついてそっぽを向き、ソラはリリィの肩を抱いた。
「お嬢ちゃん」
 リリィが顔を上げる。
「次からは正直に言おうな?」
 教師が生徒をしかるように、それだけ伝えた。リリィは何度も頷きながら、また声を上げて泣いた。
 リクがリリィに尋ねる。
「でも旦那様…その、ロスフェラー卿って、そんなに重病なんですか?」
「もう5年近く寝たきりで…お医者様も原因は分からず、老衰だとしか……」
 と、ソラがリリィの肩を掴んで声を上げた。
「リリィさん!」
「はいっ!?」
「私も…仮説を立てた」
「??」
「リリィさんほど立派な仮説じゃないけど、もしかしたら、特効薬があるかも……」

 それはあまりに唐突に、そしてあっけないほどあっさり訪れた。
「はがああああ!!ぐぇぁぁぁ!!ぁああ!!」
 言葉とも呻きともとれない声が、扉の奥から聞こえた。そしてロジャーが蜘蛛のように地を這って扉から出てきた。その顔は紫色に変色し、泡を吹き白目をむいて悶絶していた。そして5秒としないうちに、あの鎧のようにひしゃげた格好で息絶えた。
 兵士たちはわけもわからず動揺している。完璧すぎる隙だった。
 一瞬だった。ソラの刀が三人を一払いで斬り、リクのライフルが二人を撃ち抜き、キールのプラズマサーベルが残り一人を切り上げるなり、一瞬で灰にした。
「おっし、上出来」
「隊長、さぼった」
「だから俺の武器は小回りが利かないって…」
「逃げて!」
 リリィがキールとリクの言葉を遮った。
「な…どうしたんだお嬢ちゃん?」
「速く逃げて!みんな死んじゃう!」
 ソラがリリィの肩を掴んだ。
「落ち着いて説明して。大事なことだ」
「逃げながら説明するわ!だから走って!速く!」
 ソラたちは顔を見合わせた。全く状況がわからないが、専門家の意見は尊重すべきである。キールが叫ぶ。
「全速撤退!」


「な、なぁお嬢ちゃん!そろそろ、一言くらい、状況を…」
 百メートルほど走ったところで、キールが走りながらリリィに言う。
「仮説が…調査隊の教授が、仮説を立ててたんです。ウェドリムの卵の正体を…」
「それは?」
「黴です、有毒性の黴だと…」
「カビぃ!?」
「触れずに敵を、倒せるものなんて、銃か、細菌だけだと、隊長は…」
「あのオッサン、カビにやられたのか!?」
「大量に、カビの胞子を吸い込んで…きっと、肺胞が機能不全を、起こしたんです…!」
 リクが聞き返す。
「じゃ、じゃあもう、こんだけ離れれば、大丈夫なんじゃ…」
「扉が開いてから、やや時間が経ってます。致死量がわからないから、速く戻って治療、しないと…。それと、ここを封鎖して、もらわないと…」
 ソラが気付く。
「そうか、ここはウェドリムを祭るためではなく、隔離するための場所だったのか」
「きっとそうです!だから急いで!」

 四人は息も絶え絶え走り抜け、寺院の外に脱出した。
 キールはロジャーの息のかかったシャイーハ軍に助けを求めることを避け、衛星無線で直接カイに連絡を取った。数十分後、カイの依頼を受けた隣国の特殊部隊のヘリにより、4人は回収された。
 寺院の封鎖は、今後国家間交渉の席で要請されるという。

「そこまでです」
 聞き覚えのない声がして、四人は背後を振り返った。そこには6名の武装した兵士を従えた、60歳前後の恰幅がよく人相が悪い。いわゆる詐欺師の才ある顔の男が立っていた。当然兵士の持つ銃口はこちらを向いている。
「どちら様で?」
 冷や汗をたらしながらキールが聞く。答えたのはリリィだった。
「あなた…ロジャー・チャン!?なんでこんな所に!?」
「ろじゃー?どっかで聞いたな…」
 記憶を手繰るキール。
「隊長、クライアントです!」
 リクに言われようやく思い出した。顔は見ていなかったがクライアントの名前がそうだった。
「あー、アンタがクライアントか。ん?アンタ人間…だよな?ん?んんん!?」
 キールがリリィとロジャーを見比べる。ロジャーは普通の人間。そしてリリィは犬の亜人だ。
「どうしたのかね?私とリリィに何か似ているところでも?」
「やめてよ!アンタなんかに似るわけないじゃない!」
 ソラが気付いた。
「娘だと言うのは嘘か」
「その通り。まさかこんなに容易く騙せるとは。やはりPMCとて所詮は企業。金さえ与えれば簡単に信用してくれますねェ」
 ロジャーが醜い顔で笑う。リリィは何かを察したようだ。
「そうか、あなたウェドリムを横取りする気ね!?そして旦那様を追い出して、財閥を乗っ取るつもりでしょう!?」
「ハッハッハッハ!いやさすがだリリィ。あの強欲ジジイに仕込まれただけあって、頭は冴えるなぁ」
「お、おいお嬢ちゃんどういう事だ!?さっぱりわからねぇ」
 キールに言われ、リリィはやや言い辛そうに答える。
「私の旦那様は…アンソニー・ロスフェラー卿。ロスフェラー財閥の総帥です」
「「ひぃ!?」」
 驚きのあまり、キールとリクはおかしな声を上げてしまった。
 中世の頃より、大陸北部を中心に絶大な財力で世界を裏から支え操ってきた大財閥。その当主、世界を動かす5人の中の一人といわれるのが、サー・アンソニー・ロスフェラーその人である。
 リリィが続ける。
「あいつは財閥の幹部の一人で、兵器部門を仕切っています。でも、旦那様が長らく病に伏せられるようになってから、あいつを中心に幹部たちの動きがおかしくなっていて…」
「はっはぁぁん。飼い主が弱ってる間に荒稼ぎして発言力を高めて、椅子ごと頂こうって腹か。ひ弱な野心家の考えそうなこった」
 キールの挑発に、ロジャーは目の色も買えずに答える。
「高度な政治的判断だよ坊や。卿が病に伏せられてからというもの、後釜を狙うものが醜い争いを続けていてね。このままでは財閥の威光に傷がつきかねない。そうなる前に私がその座に就き、争いを収めようとしているのだ」
「大方その醜い争いをけしかけてんのもお前だろ?狡猾なこった」
「ご想像にお任せしよう。さて道をあけてもらえるかな?ウェドリムを回収せねばならんのでね」
「待って…聞きたいことがあるの」
 リリィが一歩進み出た。
「なんだリリィ?」
「みんなは…調査隊のみんなはどこ?」
「あぁ……。いやぁ、彼らには悪いことをした。当初は彼らからウェドリムを頂戴する手筈だったのだが、金と物資に飢えたゲリラどもにつかまってしまうとは計算外だったよ。AEGISにゲリラを潰して君たちを助けさせ、その手柄を卿にご報告申し上げるはずだったのだが…」
「ゲリラが調査隊に、ウェドリム回収を命じた。リリィを人質にして…」
「そうさ。ウェドリムはシャイーハでは知らぬものはいない伝説の兵器だ。国家転覆など造作もあるまいと考えたのだろう。しかし…ううん」
 ロジャーがわざとらしく困った顔をする。
「立派な学者たちだった…見たこともない古代兵器を守るため、出発してすぐ…ゲリラに刃向って……」
「う…そ………!」
 リリィが真っ青な顔をしてよろめいた。
「私にもこの通り、意のままに動かせる戦力はいる。しかし秘密裏にウェドリムを回収し、損耗を防ぐことを考えると、やはり傭兵を雇うほうが手っ取り早い。結果そのタイムラグが彼らを……いや、本当にすまないと思っているよォ」
 とてもそうには見えない。キールが言う。
「わからねぇな。なんで秘密裏に回収する必要がある?おおっぴらになっても、アンタが手に入れれば同じことだろう?それと、なんでアンタが調査隊が死んだことを知ってる?」
「んー。なかなか賢いね。最初の質問の答えは簡単だ。ウェドリムの正体が不明だからだ。新型兵器に応用できるのか、あるいは出来ないのかもわからん。もしくはその実体から、対抗兵器が容易く作れるかもしれないだろぅ?兵器としての価値を確認できるまで、その実体は伏せるべきなのだ。そして二番目の答えも簡単だ。ゲリラと軍の双方に、ガラクタ同然の余り物を売っているのは私だ。その程度の情報は電話一本でべらべら教えてくれるし、君たちに調査隊が生きているかのように錯覚させ、ここまで進んでもらうことも可能なのだよ」
 そこでキールは、初めて自分の甘さを呪った。
「クロムストークのパイロットもグル…ここの入り口にゲリラを立たせたのもブラフか!」
「あーっはっはっはっはっは!!全く君は賢く幼い!調査隊の死を伏せておけばきっとどんどん中にすすんで、卵を手に入れてくれると思っていた。リリィ、きみもよくやってくれた。実にいい道案内だったよォ?」
「ロジャああぁぁ!!」
 飛び掛ろうとするリリィを、ソラとキールが止めた。敵の銃口は依然こちらを向いたままだ。
「さて、ここまで案内してくれた諸君に礼をしたい。伝説の古代兵器を見せてあげよう。殺すのはそれからでも遅くはないからな。どきたまえ」
 ロジャーの兵士が一歩前へ出る。キールは表情を変えず、右脇へ移った。ソラたちも続く。兵士たちが扇状に四人を包囲し、その後ろをロジャーが通っていった。
「さぁ、新たな王が魔王と謁見だ…!」
 恍惚の笑みを湛え、ロジャーは扉をくぐった。