「まずァ、シルが世話になったそうで、礼を言わせてもらわァ」
 島の中央にそびえる山の下に、海と港を望む集落が点在している。
 嵐が多い季節に備えてか、低くがっしりした、似た構えの家が多い。南国らしい光景である。
 その中の一軒。一際大きな屋敷が寄り合い所になっているらしい。二人はそこに案内され、島長をはじめ男衆と向かい合って床に座った。
 その中心に座る、厳つい風貌の男衆の中にあって特に際立つ初老の島長が、酒で掠れた声で礼を言い、頭を下げた。
「あ、どうも…」
 ソラはこの手の男には付き合いなれているはずだったが(特に父がこれ以上に厳ついのだ)、やはり自らが表立って行動する機会が少なかったせいか、やや応対に戸惑った。
 本来傭兵はこういう姿勢を見せてはならないものなのだが、そこは18歳の経験の浅さが出てしまう。
 島長が続ける。
「確かに今この島ァ大変なことになってる。どっから来たとも知れねェバケモンが、港をめちゃくちゃにしてんだ。おかげで連絡船も途絶えてよォ。いつ蓄えが尽きるか冷や冷やしてんだァ」
 ここに来る途中、二人は港を見ることができた。まるでそこだけ嵐に見舞われたような惨状だった。桟橋は砕け、船は四散し、網や籠が海に浮かんでいた。
 島長が続ける。
「おまわりも腰抜かして役にたたねぇからよォ、皆で少ねェ中から金出し合って、他所から助け呼ぼうとしたんだァ。そん時名前が挙がったのがカイさんだ。もう10年…いやもちっと前か?こん島にふらっと来て、二月ばっかし過ごしてった。あんな豪快で懐のでけェ男は、ついぞ見たことねェで、あっつぅ間に俺らン溶け込んだよォ」
 島長がおかしそうに笑った。何があったかわからないが、二人にはこの巨大と呼べそうな老人と父が、肩を並べて酒を酌み交わす姿が容易に想像できた。
「そ、それであの、目標…いえ、怪物については…」
 ソラが仕事の話をしようとする。と、やや島長のトーンが変わった。
「娘さんよ。別にアンタを疑ってるわけじゃァねぇんだがな?俺らも爪に火灯す思いで銭出し合ったんだわ。それもあのカイさんだから出せたっちゅう事もある」
 言いたいことが読めてきた。ソラはなんとか言い返そうとする。
「あの、父が来られなかったことは、申し訳ないと思ってます。でも、父の帰還を待つより、一刻も早く事態を解決すべきと…」
「もちろんそうだ。俺らァ明日の飯も心配してる。だがよォ、あの金を捨て銭にするわけにゃァ行かねぇんだわ」
 早い話、自分たちでは頼りないということだ。隣でリクは不快な顔をしている。
 ソラは言う
「とにかく、一度その怪物、確認させてください。必要があれば、増援を要請します」
「ん…ま、早く頼むわ。確認なんて悠長なことも言ってらんねェんだがよ」


「あーーーーーッたまに来ちゃうなぁあのおじさん!!助けに来たのにあの態度はなんだよもぅ!!」
 二人がヘリに戻り装備を整えていると、珍しくリクが癇癪を起こした。無理もあるまい。傭兵としてのプライドを傷つけられたのだ。
「生きるのに必死になると、他のことは疎かになる。戦場ではそういう人、たくさんいた。ここはまだましだろう」
 愛用の刀を手入れしながら、呟くようにソラは言う。
「そうだけど、あれじゃあまるで来ない方がましだったーみたいな言い方に聞こえるじゃない」
「今回の依頼人は私。必要かどうかは私が決める。それより手入れは抜かりないか?リク」
「予算切り詰めたから、持って来たのアサルトライフル一丁だけだもん。とっくにおわったよ」
「命を預けるものだ。し過ぎということはないから」
「はぁい」
 リクはシートに腰掛けて、慣れた手つきで銃を分解した。おもちゃで遊ぶより、こうしている時間のほうが長かった。
 ふと視線を感じ、ソラは顔を上げた。堤防の影からこちらを伺う人影があった。殺気は感じない。ソラは察しがついた。
「シル」
 ソラが声をかけると、ややあってシルが顔を見せた。続いて島の子達が数名現れた。
「わぁ、いっぱいいるなぁ。どうしたんだろう?」
「珍しいんだ、私たちが。遊んであげたら?」
「えー、仕事で来たんだよ?」
「現地の人との交流も、潤滑に任務をこなすのに必要。父さんが言ってただろう?」
「しょうがないなぁ。ヘリとか武器をいたずらされないように見張っておくか」
 そう言ってリクは、シルたちの方へ駆けていった。その横顔が一瞬、たまらなく嬉しそうな表情を映したことを、ソラは見逃さなかった。
 幼い頃から進んで父の英才教育を受け、AEGISに所属していたリクには、同年代の友人が皆無であった。社会性を獲得させるためには、やはりああいったカテゴリで過ごさせるのは必要なのだと、母親代わりのソラは思っていた。
 できるだけ早く怪物を片付けて、残りをリクの休暇に当てよう。ソラは装備を整えながら、そんなことを考えていた。
 そう、その晩までは…。


「本当。あの人に似ずデスクワークも一流ね」
 翌朝、ソラが改めて提出した依頼書を見て、アテナはため息混じりに言った。
 ソラは昨日の依頼書を洗いざらい書き直し、改めてアテナに直談判しに来たのだ。
「一晩で試算を含めてここまでの書類を出せるのは、わが社でもあなたくらいでしょうね。でも中身はまるで……ボランティアじゃない」
 確かにそうだった。依頼人はシルからソラに書き換えられ、派兵される人員はソラとリクの二名。しかも提示予算はシルの所持金を数倍上回っていた。つまりその額のほとんどを、依頼人であるソラが支払うというのだ。
「わが社に、従業員が業務の依頼を出せないという規定はありません。万一従業員が人質にとられた場合、救出の選択肢を絞らないためです。私が依頼し、人員を指名します。二名分なら、額もそれで十分なはずです」
「確かに筋は通る、でも無謀だわ。目標の正体も勢力もわからないのよ?もし群れでも作っていたら…」
「最悪の可能性は、いくらでも考えられます。でも解決法は、一つしかありません。行動です」
 アテナはソラの目を見つめた。その名を表すような色の目だった。
「デスクワークのセンスは別人でも、アナタやっぱりあの人の子ね」
「父さんも、いたら同じことをすると、思います」
 アテナは傍らにあるペンを持ち、依頼書にサインした。
「さっさと終わらせて、生きて帰ってらっしゃい。社長命令よ?」
 ソラはアテナに最敬礼し、駆け出すように社長室を後にした。


「見えたよお姉ちゃん、1時の方向」
 操縦席のリクが言うと、後部に座っていたソラが右の窓の外を見る。シルが一瞬戸惑うのを見て、
「こっち、前のほう」
 と、方角を教えてあげた。
 なんとかヘリを1機使うことができたものの、操縦士は雇えなかったため、リク自ら(!)が操縦している。
 初めて乗るヘリに緊張気味だったシルも、初めて空から見る島の美しさに感動していた。
「よかった、広い砂浜がある。シルちゃん、あそこにヘリを置いてもいいかな?」
「あ、うん。あそこは遊び場みたいになってるだけだから…」

 ウムギ島は、都市部から遥か下った南洋にぽつんと浮かぶ、周囲30キロになるかならぬかという小さな島。
 気温は通年高く、比較的安定した降雨サイクルがあり、漁業も農林も盛んな島である。
 もちろん空港はなく、二日に一本ある連絡船が本土から物資を運び、海産物を本土へ送り出している。
 そんな島に突然ヘリなどが現れたのだから、島の人々は文字通り天を仰いだ。ヘリが砂浜へ下りるときには、島の十数名の子供たちをはじめ、何人かの大人たちが「出迎え」に来ていた。
 そこで島の人々は三度驚くことになる。操縦席から子供が出てきたり、後部座席から美女が降りてきたり、しまいには行方不明だった島の娘まで出てきたのだから。
「シルだ!」
 島の子供たちがわぁっとシルを囲んだ。皆シルの様に焼けている。口々に質問を投げかけるが、シルはあまりの歓迎ぶりにどぎまぎするばかりだった。すると、
「シル!?」
 と、一際大きな声がした。集まった島民の中から、一人の女性が飛び出してきた。
「母ちゃん!」
 シルが走り出した。女性はシルを、シルは彼女をきつく抱きしめた。
「このバカ!一人で勝手に飛び出したりして…」
「ごめんなさい…!」
 ソラとリクは、どこかうらやましそうにそのシーンを眺めていた。二人に母親はいなかった。
 女性…否、シルの母は二人に近づき、頭を下げた。
「どなたか存じませんが、シルを連れてきていただいたようで、ありがとうございます」
「いえ、あの、そんな…」
 ソラはなんだか照れくさくなった。シルが母に言う。
「母ちゃん、この人たちヨウヘイさんなんだよ?カイの子供なんだって!アタシたちを助けに来てくれたんだ!」
「傭兵…?」
 その言葉に、母をはじめ皆が一斉に二人を見た。
 改めて書くが、ソラはモデル級の貌とプロポーションを持った18歳。リクは女の子のような形をした12歳。どちらも傭兵という言葉からかけ離れた風貌をしている。
「ど、どうも…」
 注目を浴びた二人は、不自然な作り笑いをした。よく考えれば、父も隊長も伴わずに着任するのはこれが初めてだった。


「ご苦労様ねソラ。依頼書は読んだわ、急ごしらえにしてはいい書類よ。あの人に似ないで、デスクワークも一流ね」
 ソラは少女を連れてAEGIS本社に戻った。
 刑事が事情を察し、身元引き受けを許可したのだ。他ならぬカイの娘なら問題なかろうと、余計な手続きも省いてくれたようだ。
「ありがとうございます。それで、社長、派兵許可は…」
 AEGISの社長室の洗練されたデザインの椅子に、絶世と呼ぶに余りある美女が抱かれるようにして座っていた。その美女の前にあっては、さしものソラもかすみかかって見えるほどだ。
 彼女こそ、一代でAEGISを起し、業界屈指のレベルに育て上げた辣腕社長。アテナ・モスコ・ミュールである。
 彼女自身もかつて軍人として名を馳せ、退役後この会社を興した。
 ソラの父カイは彼女に誘われ、この会社の傭兵部門を仕切っている。このカイの引き抜きこそが、AEGIS躍進の起爆剤になっているのだが、それはまた別の話。
「結論から言えば、無理ね」
「…」
 ソラは押し黙った。少女の話を聞いて取り急ぎ書類を作ったものの、こうなることは予想はしていた。
「どうしてですか!?」
 社長室のドアが開き、先刻の少女、シルが叫びながら飛び込んできた。
「シル?外で待っててって…」
 ソラの静止も聞かず、シルはアテナに食って掛かる。
「みんな困ってるんです!お金払えば助けてくれるんじゃないんですか!?ちゃんと用意してきました!」
「これのこと?」
 アテナが机に置かれた麻袋を指差した。
「島のみんなで出し合ったんです。アタシすっごくおなかすいてたけど、少しも使ってません!」
「フフ…かわいいお嬢ちゃんね。でもねお嬢ちゃん、現実は甘くないのよ?」
 アテナは甘い刃のような目でシルを睨みつける。シルは思わず固まった。
「ソラの話と依頼書を総合すると、ウムギ島に数週間前から怪物が出現し、夜な夜な港で暴れまわって甚大な被害を被っている。連絡船も出せず警察は役に立たず、物資は底をつきかけている。島民で話し合った結果、数年前島を訪れたカイを頼って討伐を依頼しようと決まったが、いつ怪物が出るとも知れぬ海を渡る度胸がない。そこであなたが…抜け道を使って独断でここまで来た。こんなところね」
 シルはアテナをじとっと見据えたまま動かない。アテナは続ける。
「わざわざご足労いただいて申し訳ないけどね、この依頼を受けることは出来ないわ」
「なんで…」
 絞り出すようにシルが言う。
「理由は三つ。ひとつ、傭兵部門の責任者で、あなたが尋ねて来たカイが現在不在であること。ふたつ、あなたの身元は警察が調べてくれて明らかだけど、あなた自身が子供だということ。そして三つめ…」
 アテナは麻袋をつまみ上げ。シルに投げ返した。
「こんな車も買えないような値段じゃあ、銃一丁売ってあげるのが精々だわ」
「そんな…みんなお金持ってないけど、島のためにって集めて…」
 泣き出しそうな声で抗議するシル。ソラは胸が痛くなっていくのを感じていた。
「んー偉いわねェアナタ。でもね、傭兵を遣すっていうのは、その命を貸し出すのと一緒なの。依頼料はその覚悟の証でもあるわ。出所はどうあれ額は額。これじゃあ可愛い部下の命を遣いに出せないの。わかって?」
 シルは面を伏せ、そのまま踵を返し社長室を出た。
「あ…」
 後を追うソラ。その背中にアテナが声をかける。
「今日だけアナタの家に泊めておあげなさい。明日警察に引き渡して、島に帰してもらうわ」
「…」
「ソラ。アタシは非情かしら?」
「…いいえ、正しいご判断です」
「そう。情で部下の命を危険には晒せないわ。アタシがこんな席にいなければよかったんだけどね…」
 ソラは社長室を出た。


「ただいま」
「おかえりお姉ちゃ…あれ?その子だぁれ?」
 帰宅したソラを出迎えたのは、12歳になる弟リクである。先述の通り、彼も傭兵である。
 ソラに連れられたシルは、社を出たときからずっと俯いたままだった。
「えっと、この子はシル。ちょっとわけがあって、うちで一晩泊めてあげることになった。よろしくねリク」
「ふぅん…わかったよお姉ちゃん。それよりお腹減ったよ~」
「ああ、帰りにピザ、買ってきた」
「くんくん。シーフードとベーコンチーズのハーフだ!」
「匂いでわかるんだ…」

「いただきまーす!」
 三人テーブルを囲んで、ささやかな夕餉が始まった。
「ごめんね、こんなものしかなくて…遠慮、しなくていいから」
「おいしいんだよここのピザ。シルちゃんも食べなよ!」
 恐らくリクは、少女のただならぬ事情を聞かずとも悟ったのであろう。もとより社交性は姉より高い彼であるが、つとめて明るく振舞っているようだった。
 シルはのそっとした動きでピザを一切れ取り、一口食べた。
「…おいしくない。こんなのシーフードじゃないよ」
「え…?」
 リクはどきっとしたが、ソラにはそのわけがわかった。
「そうか、シルはウムギ島の子だから…」
「ウムギ島!?そんな遠くから来たの?そうかぁ、島ならおいしい魚いっぱい獲れるもんね」
「うん、でも貝が一番好き」
「貝?あぁ、ウムギ貝が獲れるんだよね?」
「知ってるのか?リク」
「もっちろん。食べたことはないけど、すぅっごくおいしいんだって」
「おいしいよ、とっても。島で一番獲れて、世界中に売れるの。でも…」
 シルの顔が暗くなった。島のことを思い出したのだろう。
「どう…したの?シルちゃん」
「あのねリク…」
 リクに経緯を話そうとしたソラを遮るように、シルは話す。
「もうすぐ、貝の収穫期なの。でも怪物のせいで、船が出せないの…。ウムギ貝は収穫期がみじかくて、収穫期じゃないと食べられないから…島が…ひっ……みんな…困るの…ふっ…ふええぇぇぇ…」
 とうとうシルは泣き出してしまった。今までの疲労と、助けを得られなかったショックとホームシックが重なったのだ。小さな心と体には、あまりに重い荷重である。

「お姉ちゃん」
 リクが部屋にいたソラに声をかける。時計は日付が変わる手前を指していた。
「リク、早く寝な。シルは寝た?」
「うん。さっきまでずっと泣いてた。お風呂でも泣いてた?」
「ああ」
「そっか…あの子。本当に一人でウムギ島から来たんだね。すごい遠いよね、あそこ」
「そうだな…」
「たくさんお金持ったまま、三日間何も食べずに、父さんを頼って、たった一人で来るなんて…僕でも難しいや」
「ああ…」
「あの子、すごく心配してるんだね、島のこと…」
「きっと、島がすきなんだ」
 ソラはずっとPCに向かって何か打っている。
「何してるの?お姉ちゃん」
「ん?これは……リク」
「なぁにお姉ちゃん?」
「ウムギ貝、食べたくないか?」