「僕は…負けたの?」
ソラはオールーの乗ったスサノオの上半身を、船で引いて砂浜に揚げた。
操縦席を開け、中からオールーを引き出す。骨と皮だけのオールーはたやすく引き出せたが、体につながったコートがうまく外れなかった。
オールーをスサノオの残骸に寄りかけ見下ろすソラ。その顔には、怒りも悲しみも浮かばなかった。
「参ったな…絶対勝ったと思ったのに。ねぇ、最後はどうやったの?爆弾をつけた様子もなかったし…」
相変わらず子供のように話すオールー。ソラが答えるより早く、リクがやってきた。
リクは銃を引いてきた。いや、銃と呼ぶにはあまりに大きい。全長2メートルは超えようかという、車輪のついた鉄パイプのオブジェのような銃だった。
「なんだ…それ!?」
猛獣のようなオーラを漂わせる銃と、あまりに小さく無邪気な男の子の組み合わせに、オールーは度肝を抜かれた。
リクが答える。
「ガストン社製Σ55。シューズキーパーってあだ名で呼ばれる対車輌ライフルだよ。戦車に穴を開けられるって言うけど、チタンコーティングされたカーボンナノファイバーを打ち抜けるかわからなくって…」
「なるほど…それでお姉さんが刀で表面をできるだけ削って、そこを君が撃ったわけか…。上半身を斬らないでいたのは、弾が僕に当たらないようにするため?戦争のプロにしては甘いね…」
ソラが言う。
「戦争のプロは政治家だ。私たちは戦争に利用される、ただの駒…」
「フッ…僕は駒にもなれなかったんだね…負けて当然か」
やがて、砂浜に島の人々が駆け寄ってきた。先頭を走ってきたシルと母が、オールーの前で凍ったように立ち止まる。
「オールー…!なんだい…その有様は!」
母は目に涙を浮かべた。八年ぶりに会った息子は、別人以上に変わっていた。
「ソラちゃん、何もここまですることはないだろう!?」
ソラに詰め寄る母。ソラは冷静に、オールーの左腕を持ち上げて母に見せた。そこには、無数の赤い点がついていた。
「なんだい…これ」
「注射の跡です。短期間に大量に薬品を打ったんです」
母はわけがわからない。ソラが説明する。
「このスサノオには、操縦機器がありません。代わりに彼の体や背骨に、電気コードがつながっていました。恐らく脳波や筋肉に伝わる信号で動かしていたんです」
「あたり。さすがだね」
オールーが楽しそうに言う。
「でも現代の技術で、ここまで精密に脳波で物を動かすことは不可能です。恐らく強い脳波と信号を出すため、強い向精神薬を投与したんです。副作用で筋肉も骨もボロボロになるまで…」
母もシルも、集まった島の人々も、あまりの事実に言葉を失った。
声を絞り出したのはシルだった。
「なんで…そんなことをしたの?なんで島のみんなを困らせたの?兄ちゃんの島だよ?」
「あぁそうさ、ここは俺や父さんが愛した島さ…だから許せなかった…島の男衆がね…!」
男衆の顔色が変わった。ソラもリクもその顔に覚えがあった。何かを隠している人間の顔だった。
「オールー!こんな事、何度やっても勝負にならない。私を倒したければ、手段は一つだけ。わかっているんだろう!?」
ソラはそう叫ぶと、刀を鞘に納め、腰を落として柄を握った。
「おい隊長さん!姉ちゃん一体…」
「抜刀です。納刀状態から刀を抜きつつ振ることで、鞘の抵抗が腕にかかり、抜けた瞬間通常の薙ぎ払い以上の速さと威力で斬れる。ただしご覧の通り、前後に隙が多い技でもあります。マジでけりをつける気ですね…」
キールはコップの中身をあおった。味がしないような気がした。
長い沈黙があった。波の音さえ聞こえなかった。島中の人間が固唾を飲み、キールは望遠鏡を覗いたまま動かない。
ソラは静かに目を閉じた。世界中の気配に意識を開くように…。
フオオオオオオオオ!!
悲鳴のような音と共に、スサノオが大口を開けて海面から飛び出した。海面と水平に飛び、まっすぐソラに向かっている。悲鳴はスサノオの風切り音だった。
ソラが目を開き、すべての力をこめて刀を抜く、閃光のように刃が飛び出しスサノオに飛び掛る。切先三寸、刀が最も切れ味を発する部位がスサノオの脇に当たる。しかし。
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!
切先は痛々しい音を立て火花を散らしながら、わずかに表面を削っただけだった。
「駄目か!?」
叫ぶキール。しかし悪事は連鎖する。
「くぅっ!!」
すれ違いざまにスサノオの尾びれがソラの左肩を思い切り打った。抜刀に集中していたソラは回避できず、左肩は鈍い音を立てた。加えて着水したスサノオが立てた波が船を横から襲い、船は踊るように揺れた。
ソラは完全にバランスを崩し。船の上に四肢を突いた。
完璧な隙ができたソラを、スサノオは見逃すはずがなかった。深く潜り体を翻し、真上へ向けて全力で浮上した。
ザバアアアァァァ…!
流星群のような飛沫を纏い、スサノオは全身が飛び出すほどジャンプした。そして頭を下に向け、茨のような牙をむき出しにして、身動きの利かぬソラの真上から襲い掛かる。
再びソラはオールーの顔を見た。
「俺の勝ちだ!」
その目はそう言っていた。
しかし次の瞬間、スサノオの体が弾け飛んだ。
胴体の真ん中から、破裂するように真っ二つに砕けた。
何が起きたかわからぬまま、オールーを乗せた上半身は海に堕ち、船を挟んで反対側に下半身が堕ちた。
ややあって、港を見下ろす山から、雷鳴のような音が木霊した。銃声だった。
「決まったか!いや長かったですね………?」
望遠鏡から目を離したキール。と、隣にいた男がいなくなっていることに気づいた。
飲み忘れたのか。コップに並々注がれた酒だけが置いてあった。
「ここ、邪魔していいかぃ?」
日が西の海へ帰って行く頃、キールは岬の慰霊碑の下で腰掛け、持参した望遠鏡を覗いている。港の様子が一望できるその場所で。決戦を見守ろうとしていた。
そこへカイに負けず劣らずの風貌をした男がやって来て、キールは驚いてしまった。
「えぇどうぞ。あんた島長さん?うちのカイさんがよろしく言ってました。あ、これ土産です。カイさんから」
キールはカイから預かった酒を差し出す。コップも二つ用意してあった。
男はにやっと笑い、キールの隣にどかっと腰掛け、コップを受け取る。キールが並々と酒を注ぐと、それを吸い込むように飲み干した。
「やぁお見事」
「世辞はいらねェ。漁師は酒と塩水飲んで家守るもんだ」
キールは笑って、自分のコップに注いだ酒を飲んだ。火のように熱い酒に、キールは二口でコップを下ろした。
「あんた、傭兵の隊長さんなんだって?」
「えぇ、まぁ」
「たいしたもんだぁ。その若さで人の上立てンだからよ」
「いやぁ、まだまだですよ。上には化け物みたいな人がわんさといますから」
そう言いながら、キールはその化け物数名の顔を思い浮かべた。
「あの姉ちゃんとガキも、あの歳で傭兵だって?」
「わが社のホープ。未来の化け物です。あいや、もう化け物かな」
二人はからからと笑った。
「でよぉ隊長さん。どうなんだぃ?勝てるのか今日?」
「さぁ。100%勝てる戦いは無いですよ。100%の力を出すことは出来ますが…っと、来た来た、プリマドンナの登場だ」
キールは望遠鏡を覗く。ソラが小さな船に乗り、港の少し先に止まった。
甲板に直立し、目を閉じている。精神統一のようだ。真横から差し込む夕日に照らされたソラは、その抜群のプロポーションが影となって浮かび上がり、一層美しく見えた。
リクの姿は見当たらない。だがキールはそれでも構わなかった。姿は見えなくても、どこにいるかは予想できていた。
日が沈む。夜が音も無く島を包む。
逢魔ヶ刻。
人が最も魔物に会いやすい時間。すれ違うものに声をかけ、化生でないことを確認したことから「誰そ彼」が転じ「黄昏」という言葉が生まれた。
間もなく魔がやってくる。魔物と化した彼が…。
満月である。
黒い海面に金の月が揺れていた。
島の者は皆、家の窓から港を見守っていた。
ソラがゆっくりと刀を抜き、脇を締めて構えた。するとソラの正面の海面が割れた。
スサノオである。真っ直ぐソラに向かって飛び上がってきた。本気で倒す気である。
ソラは避けながら刀を振る。刃はスサノオを捉えるものの、深く切り込むことは叶わない。
荒々しい波を立て着水するスサノオ。ソラは飛び上がるように姿勢を直し構える。
「うっわ、マジ硬ェなオイ。本気で斬りゃあ車下ろせる刀だぞあれ」
キールが興奮気味に言いながら、酒を一口飲む。
再びスサノオが飛び出す。一瞬、操縦席のオールーの顔が見えた。狂気に染まった目だった。
ソラの刀は再び皮膚を捉え、乾いた音を立ててむなしく滑っていった。
そうした交錯が三度、四度と続き、いつしか数えるのも意味を成さぬほど回を重ねていた。
「隊長さんよ。オールーの奴ァなんで船を攻撃しねェんだ?あの図体ならひとたまりもねぇだろう」
「そうなんですがね島長。そうするとあいつはソラの懐に飛び込む形になる。いくら切れない皮膚とはいえ、わざわざ間合いに飛び込むのは危険なんです。あいつはそれを知ってる」
「ほぅ…」
「今はお互い、どちらかに隙が生じるまで、ああしてチマチマ削りあうしかないんですよ。しんどい辛抱でしょうね」
確かにそうだった。いくら避けているとはいえ、刀でこの巨体を迎え撃つソラの体力は、一回斬る毎に大幅に削られていた。しかもスサノオには、ダメージはおろか疲れすら見えない。やがてソラは肩で息をし始めた。
もうあまり長くは持たないだろう。一か八か、ソラは賭けに出た。