「ごっ…ごめ…父さん、おっ俺……ウウウ……」
オールーは赤子のように泣いていた。そこには狂気に身を焼かれた男の姿はなかった。
「ゲフッ!!げぇっ…!」
オールーは吐血した。ソラが駆け寄り脈を取る。
「…副作用が強すぎた…もう…」
ソラは目を伏せた。
「そんな…兄ちゃん……」
シルと母は蒼白になった。だがオールーは言う。
「いいんだ…シル…兄ちゃんな、バチが……当たったんだ。でもな……これで終わり…だぞ?もう…島は……シルみたいないい子で…いっぱいになる…から…。悪いことは…もう起き……ゲホッゲホッ!」
限界だった。白い砂に真っ赤な地を撒き、オールーは星空を仰いだ。
「父さん…ごめんよ……そっち行って、謝りたいけど……俺…他に行くところ……あるみたいだ……」
自嘲するようなオールーの言葉に、ソラは答える。
「父さんの所に行きたいなら、最後にいいことをすればいい。恥もプライドもなげうって、今できる最高にいいことを。そうすれば、神様も許してくれる…」
救いを見出したかのような目でソラを見るオールー。やがてオールーは微笑んだ。
「シル…母さん…こっちに…」
二人はオールーに近寄る。と、オールーはその白糸のようになった腕で、二人を抱き寄せた。
シルも母も、目から滝のように涙を零しながら、力いっぱいオールーを抱きしめた。
八年ぶりの抱擁は、冷たく、悲しく、短く、そして、無限に暖かかった。
刻が終わるのを悟ったオールーは、最後の力を振り絞り、静かに、波音のような声で別れを告げた。
「母さん…シル……ありがとう…………」
二日後。岬の慰霊碑にソラとリク、そしてキールが手を合わせていた。
慰霊碑の隣には、真新しい墓が立っている。空と海の色をした墓だった。
「ソラお姉ちゃん!」
背後から声がして振り返ると、シルと母、それに島長がいた。
「もうかえっちゃうの?」
「ああ、ごめんねシル。仕事、入っちゃって…」
母が明るい声で答える。
「なぁに今生の別れじゃないよぉ。暇ができたらおいでな。いつでも大歓迎だからぁ」
「……」
ソラの顔がふいに曇った。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「シル、おばさん…ごめん。オールーを助けるなんて言っておいて、あんな事になってしまって…」
「こぉれ、謝るんじゃないよ」
母がきっぱりと答えた。思わずソラは顔を見上げた。
「そりゃ悲しいさ、旦那も息子もなくしてさ。でも、息子がこの島苦しめてる姿を見ているのは、もっと辛いのよ。だからね、オールーを止めてくれたソラちゃんには、おばさん感謝してんだ。だからソラちゃんもリクちゃんも、二度とオールーみたいな子ができないように、がんばっておくれよ。それがおばさんの頼みだ」
ソラは心が引き締まった。母の強さの前に感服した。自分にはないものだった。
と、隣の島長が唐突にソラに頭を下げる。
「今までの無礼を詫びさせてくれ。本当、すまなかった」
「そ、そんな…」
「へっへー、ようやくお姉ちゃんのすごさがわかったんですね?島長さん」
「こらリク!」
「へ?島長!?」
なぜかキールが素っ頓狂な声を上げた。
「いや、島長ってここであった時はもっとこう、若いというか…」
「なぁに言ってんだあんちゃん?俺はあんたになんか会ったことねぇよ?」
「隊長、飲みすぎてたんじゃないんですか?」
「?????」
リクに突っ込まれ、キールは首をひねった。
「あ、お姉ちゃん!さっきね、ノートにこんなもんはさまってるの見つけたの!」
シルはソラに一枚の写真を差し出した。
「わぁ…かわいい」
そこには生まれたばかりのシルと、それを囲む三人が写っていた。
「旦那の写真なんてないって思ってたけど、探せばあるもんだねぇ」
「わー、シルちゃんのお父さんってこういう人なんだ」
脇からのぞくリク。キールもつられてのぞいた。
「っんぁ!?」
と、キールは不細工な声を上げた。
「なんですか隊長その声は?」
「顔、真っ白…」
キールは顔をそらし、頭を抱えてつぶやいていた。
「俺は何も見ていない俺は誰とも会っていない俺は誰とも話していないそうだ酒だ酒が強すぎたのさあはははははははは」
水上離着陸機のエンジンに火が入る。ヘリのローターがゆっくりと回りだす。別れの時を告げようとしていた。
ソラはシルに言う。
「じゃあ、お姉ちゃんたち帰るから…」
「うん…」
俯くシル。ソラはその頭をなでる。
「また来る。必ず」
シルはうなづくだけだった。ソラはこれ以上話すとかえって辛くなると思い、ヘリに乗り込もうとした。
「お姉ちゃん!」
シルが叫んだ。ソラは振り返る。
「アタシおっきくなったら学者さんになる!父ちゃんや兄ちゃんが大好きだったこの島が、もっと良くなるような研究をしたいの!それができたら漁師になって、この島で暮らすの!そんで…アタシにこどもができたら、ソラとリクって名前にするのー!!」
ソラは微笑み、シルに駆け寄り、その体を抱きしめた。
「できるよ。だから、まっすぐ、いい子になるんだよ?」
「うん……元気でね?お姉ちゃん!」
「あれまぁ、あの子ったら…」
家に戻った母は、居間のテーブルに置かれたそれを見て嬉しくなってしまった。
麻紐で作った丈夫そうな袋だった。
『おーいお二人さん、本当に金置いてきたのかよ?安くないんだぜ今回の経費』
無線でキールがソラたちのヘリに呼びかける。
「ああ、いいんだ」
「ですって隊長。隊長だけ引き返して取ってきます?」
『リク、向こう着いたら覚えてろよ?でもソラよぉ、やっぱり多少はもらってもバチ当たんないんじゃない?』
「いいんだ。もっといいものもらったから…」
『あれ?そうなの?ねぇ何もらったの?ソラ教えろよ。リクも知ってんの?おい答えろって!おーい!』
ソラとリクは顔を見合わせて笑った。
ヘリの後部には、島の漁師たちが半ば押し付けるように積み込んだ、大量の初物のウムギ貝が積み上げられていた。
しかしそれより嬉しかったのは、リクとソラの腕に巻かれた、シルが青と白のガラス玉をつなげて作ったブレスレットだった。
(了)