まず今回、すでに公開された作品を再掲載するにあたり、一部加筆を加えたことをお詫び申し上げます。

 この作品は、原作者である不法氏に宛てた最初のオリジナルストーリーであり、私自身久々に取り掛かる長編であったため、かなりおっかなびっくり書きました。
 当初私は、全く違う筋立てのプロットを書いていました。だがそれは文章にしやすいというだけの理由で進めたもので、傭兵少女らしさなどを考えていないものでした。
 そこで急遽書き直したのがこのお話です。

 不法氏のサイトにあった一枚絵から怪物退治という着想を得、ソラたちに依頼する理由として、孤島というシチュエーションを決め、アクションばかりにならないよう復讐劇というストーリーをつけました。
 あとは彼らに縦横に飛び回ってもらうのみ。しかしアクションとコメディーは文章にしづらい。スピード感がうまく出ていたか、悲壮感が出過ぎはしかったか、筆を置いた今なお悩んでおります。
 皆様の忌憚のないご意見ご感想を是非お聞かせ願えれば幸いです。

 さて次回の更新は、来週月曜日を予定しております。
 次回からは未発表の新作を連載したいと思います。主役は今回出番がなかったあの男にお願いしました。そう、あいつです。

 それでは、また。

「ごっ…ごめ…父さん、おっ俺……ウウウ……」
 オールーは赤子のように泣いていた。そこには狂気に身を焼かれた男の姿はなかった。
「ゲフッ!!げぇっ…!」
 オールーは吐血した。ソラが駆け寄り脈を取る。
「…副作用が強すぎた…もう…」
 ソラは目を伏せた。
「そんな…兄ちゃん……」
 シルと母は蒼白になった。だがオールーは言う。
「いいんだ…シル…兄ちゃんな、バチが……当たったんだ。でもな……これで終わり…だぞ?もう…島は……シルみたいないい子で…いっぱいになる…から…。悪いことは…もう起き……ゲホッゲホッ!」
 限界だった。白い砂に真っ赤な地を撒き、オールーは星空を仰いだ。
「父さん…ごめんよ……そっち行って、謝りたいけど……俺…他に行くところ……あるみたいだ……」
 自嘲するようなオールーの言葉に、ソラは答える。
「父さんの所に行きたいなら、最後にいいことをすればいい。恥もプライドもなげうって、今できる最高にいいことを。そうすれば、神様も許してくれる…」
 救いを見出したかのような目でソラを見るオールー。やがてオールーは微笑んだ。
「シル…母さん…こっちに…」
 二人はオールーに近寄る。と、オールーはその白糸のようになった腕で、二人を抱き寄せた。
 シルも母も、目から滝のように涙を零しながら、力いっぱいオールーを抱きしめた。
 八年ぶりの抱擁は、冷たく、悲しく、短く、そして、無限に暖かかった。
 刻が終わるのを悟ったオールーは、最後の力を振り絞り、静かに、波音のような声で別れを告げた。

「母さん…シル……ありがとう…………」



 二日後。岬の慰霊碑にソラとリク、そしてキールが手を合わせていた。
 慰霊碑の隣には、真新しい墓が立っている。空と海の色をした墓だった。

「ソラお姉ちゃん!」
 背後から声がして振り返ると、シルと母、それに島長がいた。
「もうかえっちゃうの?」
「ああ、ごめんねシル。仕事、入っちゃって…」
 母が明るい声で答える。
「なぁに今生の別れじゃないよぉ。暇ができたらおいでな。いつでも大歓迎だからぁ」
「……」
 ソラの顔がふいに曇った。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「シル、おばさん…ごめん。オールーを助けるなんて言っておいて、あんな事になってしまって…」
「こぉれ、謝るんじゃないよ」
 母がきっぱりと答えた。思わずソラは顔を見上げた。
「そりゃ悲しいさ、旦那も息子もなくしてさ。でも、息子がこの島苦しめてる姿を見ているのは、もっと辛いのよ。だからね、オールーを止めてくれたソラちゃんには、おばさん感謝してんだ。だからソラちゃんもリクちゃんも、二度とオールーみたいな子ができないように、がんばっておくれよ。それがおばさんの頼みだ」
 ソラは心が引き締まった。母の強さの前に感服した。自分にはないものだった。
 と、隣の島長が唐突にソラに頭を下げる。
「今までの無礼を詫びさせてくれ。本当、すまなかった」
「そ、そんな…」
「へっへー、ようやくお姉ちゃんのすごさがわかったんですね?島長さん」
「こらリク!」
「へ?島長!?」
 なぜかキールが素っ頓狂な声を上げた。
「いや、島長ってここであった時はもっとこう、若いというか…」
「なぁに言ってんだあんちゃん?俺はあんたになんか会ったことねぇよ?」
「隊長、飲みすぎてたんじゃないんですか?」
「?????」
 リクに突っ込まれ、キールは首をひねった。
「あ、お姉ちゃん!さっきね、ノートにこんなもんはさまってるの見つけたの!」
 シルはソラに一枚の写真を差し出した。
「わぁ…かわいい」
 そこには生まれたばかりのシルと、それを囲む三人が写っていた。
「旦那の写真なんてないって思ってたけど、探せばあるもんだねぇ」
「わー、シルちゃんのお父さんってこういう人なんだ」
 脇からのぞくリク。キールもつられてのぞいた。
「っんぁ!?」
 と、キールは不細工な声を上げた。
「なんですか隊長その声は?」
「顔、真っ白…」
 キールは顔をそらし、頭を抱えてつぶやいていた。
「俺は何も見ていない俺は誰とも会っていない俺は誰とも話していないそうだ酒だ酒が強すぎたのさあはははははははは」



 水上離着陸機のエンジンに火が入る。ヘリのローターがゆっくりと回りだす。別れの時を告げようとしていた。
 ソラはシルに言う。
「じゃあ、お姉ちゃんたち帰るから…」
「うん…」
 俯くシル。ソラはその頭をなでる。
「また来る。必ず」
 シルはうなづくだけだった。ソラはこれ以上話すとかえって辛くなると思い、ヘリに乗り込もうとした。

「お姉ちゃん!」
 シルが叫んだ。ソラは振り返る。
「アタシおっきくなったら学者さんになる!父ちゃんや兄ちゃんが大好きだったこの島が、もっと良くなるような研究をしたいの!それができたら漁師になって、この島で暮らすの!そんで…アタシにこどもができたら、ソラとリクって名前にするのー!!」
 ソラは微笑み、シルに駆け寄り、その体を抱きしめた。
「できるよ。だから、まっすぐ、いい子になるんだよ?」
「うん……元気でね?お姉ちゃん!」


「あれまぁ、あの子ったら…」
 家に戻った母は、居間のテーブルに置かれたそれを見て嬉しくなってしまった。
 麻紐で作った丈夫そうな袋だった。


『おーいお二人さん、本当に金置いてきたのかよ?安くないんだぜ今回の経費』
 無線でキールがソラたちのヘリに呼びかける。
「ああ、いいんだ」
「ですって隊長。隊長だけ引き返して取ってきます?」
『リク、向こう着いたら覚えてろよ?でもソラよぉ、やっぱり多少はもらってもバチ当たんないんじゃない?』
「いいんだ。もっといいものもらったから…」
『あれ?そうなの?ねぇ何もらったの?ソラ教えろよ。リクも知ってんの?おい答えろって!おーい!』

 ソラとリクは顔を見合わせて笑った。
 ヘリの後部には、島の漁師たちが半ば押し付けるように積み込んだ、大量の初物のウムギ貝が積み上げられていた。
 しかしそれより嬉しかったのは、リクとソラの腕に巻かれた、シルが青と白のガラス玉をつなげて作ったブレスレットだった。



(了)

「8年前、ウムギ貝の漁の最盛期を迎えたころだった。父さんはいつものように漁に出て、そのまま帰らなかった。この時期の早い潮の流れに飲まれたんだ。でも、俺は見ちゃったんだ…あの日港の無線室に、人がいなかったのを…!あそこには必ず人がいなけりゃならない。それなのに…丘にいた島長や他の連中は、家に酒をとりに行ってたんだと!それだけじゃない!誰もいない間ずっと無線で父さんが助けを求めてたんだ!俺は無線機に飛びついて、他のみんなに助けに行ってほしいって言ったんだ!でも誰も行かなかった!珍しいことじゃない、すぐ流れも収まるとか言ってね!でも結局…父さんは…」
 オールーの目に涙はなかった。代わりに黒い炎が見えた気がした。
「それだけじゃなかった!父さんの葬式のとき、寄り合い所で呑んだくれてた猟師仲間が言ったんだ!せめて…せめて港で水揚げしてから死んでくれればって!!笑っちゃうよねぇ!!自分たちが助けなかったせいで、港に帰ることもできなくなったってのに!!」
 男衆はみな、目を伏せたままだった。まるで全員が被告人であるかのようだった。
「俺は気が狂いそうになるのを必死で抑えたさ。そして小さいころ父さんと見つけた、海底の洞窟に逃げ込んだ。叫びたくなるのを抑えて考えたんだ。島の奴らに思い知らせてやろうって。父さんの味わった苦しみを何倍にもして返してやろうって!そして思いついた。怪物を作り出して島を襲い、ウムギ貝を取れないようにしてやればいいって。この島の生命線が断たれて、他所からの救援もなくなったら、島を出るか飢え死にするしかないだろう?じわじわと締め上げてやろうって!そしてスサノオを作ったんだ!持ち出した父さんの遺産と、密漁したウムギ貝のお金でね!どう?苦しかったでしょう?このまま貝の漁ができなかったらどうしようって、連絡船がずっと来なかったらどうしようって?心配で心配で心配で心配で心配で心配で夜も眠れなかったでしょう!?ざまぁみろだ!ハァッハッハッハッハッハッハ!!」


 パシィッ!


 乾いた音が、オールーの笑い声を断ち切った。
 シルがオールーの頬を叩いたのだ。呆然とするオールー。シルは耳まで赤くして怒っていた。
「兄ちゃん…知らないくせに…!父ちゃんのこと、何も知らないくせに、かってにカン違いして島のみんなをいじめたんだ!」
「ば…馬鹿言うなシル。俺はお前よりずっと長く父さんと…」
「うるさい!!待ってて、今…持って来る!」
 シルは一目散に走り去った。
 そして戻ってきたシルの手には、一冊の古びたノートが抱えられていた。シルはそれをオールーに突き出す。
「これしってる?父ちゃんがずっとつけてたノート。海のことも船のことも、アタシや母ちゃんのことも、兄ちゃんのことだって書いてあるの!知ってた?父ちゃん、この島で生まれたんじゃないんだよ?遠いよその国で生まれたの。この島に来たとき、この島がきれいで、母ちゃんが好きになって、それで住むことにしたんだって。でもはじめはみんな、よそからきた父ちゃんに冷たかったの。でも父ちゃんがんばったんだって。島の仲間になれるように、一生懸命漁や船のこと勉強したんだって。そんでね…ほらこのページ見て。ここ。母ちゃんと結婚する前の日のことが書いてあるの。子供の名前を結婚する前から考えていた。それを母ちゃんに話したらあきれてたけど、名前を聞いてすごくよろこんでくれたって。父ちゃんの生まれた国の言葉で、この島の空と海の色はオールーって言って…砂浜の色はシルって言うんだって…」
 オールーは顔を伏せた。シルはオールーをまっすぐ見据え、告白を続ける。
「父ちゃん…この島が大好きだったんだって…それと同じくらい兄ちゃんや…アタシのことも大好きになってくれたんだって……。だっだから…グスッ……父ちゃん……こんなのうれしくない…よ…。大好きな兄ちゃん…がっ…大好きな島、とか…ふぇっ…しまのみん、みんなのこといじめて………ケフッ…。父ちゃん……あの岬のイレイヒ…から…ずっと見てたんだよ?兄ちゃんが……島を、いじめるの……ずっと…見て……うううええええええええええええ!」
 シルは泣いた。大きな声で、叫ぶように泣いた。
 そこにいた誰もが泣いた。ある者は天を仰ぎ、ある者は砂浜に蹲り、ある者は謝罪の言葉を叫びながら、ひたすら泣いていた。