事は二ヶ月ほど前に遡る。
 大陸中西部で散発する紛争は、国際社会においても戦争ビジネスにとっても軽視せざる物だった。AEGISは早くから、この地帯の戦争市場に名乗りを挙げていた。特に豊富な地下資源を握るA国は得意客であった。
 その日、シルバーとソラに出動命令が下された。反政府ゲリラによって占拠された郊外の村を開放する作戦の第一歩として、村の周囲に設置された警備ドロイドや巡回中のゲリラを、遠距離から狙撃して無力化。本隊の突入を支援せよというものだった。
 月もなく、日の出前の最も暗い時間の遠距離狙撃。しかも砂漠のような荒野にぽつんと作られた村の周りに、手ごろな遮蔽物はない。任務の難度から、傭兵長のカイはシルバーに狙撃を任せ、観測手(サポート)としてソラをつけさせた。
 ちなみに父であるカイに大任を外されたリクは少々ふてくされ、なぜか隊長であるキールも不機嫌であった。

 だがその人選は間違っていなかった。シルバーは他の狙撃手なら尻込みするような距離の狙撃を、難なくこなていた。

 ピスッ!

 サイレンサーをつけた狙撃銃が、何度目かの銃声を上げた。敵もとうに異変に気づいている頃だろうが、音も姿も見えない相手にやられてばかりである。
「うっし、一匹ダウン。これでえーっと、ロボット7台に監視カメラ4つ、ゲリラ兵が4人か」
「いや、5人だ」
 シルバーのカウントをソラが訂正した。
「だっけ?いつ5人目やった?」
「3台目のカメラを破壊した次。赤い建物の屋上にいた狙撃手だ」
「あーあー、忘れてた。お前がいると頭使わなくていいから、数の数え方も忘れちまう」
 いたずらっぽく微笑むシルバー。しかしソラは抑揚なく答える。
「緩みすぎだシルバー。敵戦力の把握は重要な要素だ。私がいなかったらどうするつもりだ?」
「へぇへ、以後気をつけますよセンセ…っと、6人目発見」
 シルバーがスコープを覗く。艶かしい獣のような狙撃銃が獲物の姿を捉えた。
「暗視ゴーグルもなしによく見えるな。私は一度も補足出来ていないのに」
 ソラが銃口の先に双眼鏡を向ける。温い闇が広がる中に、かすかに村の建物の輪郭が見えるだけだった。
「あれ嫌いなんだよ、重いし光反射するし。それに慣れだよこんなの。いるなーと思ったあたりに意識を尖らすと、大抵いるもので…」
 シルバーが呼吸を整える。獲物の動作に全神経を注ぐ。緊張がソラにも伝わる。

 バスッ!

 ソラは寒気を覚えた。それはシルバーの銃声ではなかった。いや、そもそも銃声などではなかった。双眼鏡から目を離すと、シルバーの右肩が血を吹いていた。
「があァっ!!」
「シルバー!?」
 銃弾、カウンタースナイプだ。ソラは銃弾が来たらしい方向を見る。真っ暗な闇があるだけだった。ソラは本能的に全神経を研ぎ澄まし、闇の中を探った。

 ガサッ

 かすかな物音を捉えた。ソラは刀を抜き、全身のばねを弾くようにして音の方へ飛び出した。

 パスッ!パスッ!

 サイレンサーでつぶされた銃声がした。視線の先に微かにマズルフラッシュが瞬いた。銃弾は当たらない。完全に獲物を捕らえたソラは、刀を一薙ぎした。
 闇の中で獣のようなうめき声と、何かが倒れる音がした。

「シルバー!大丈夫か!?」
 すぐさまシルバーの元に駆け寄るソラ。シルバーは自分で肩を縛って応急処置をしていた。
「なぁに、弾は抜けた。でかい血管も避けてるらしい。心配事があるとすりゃあ、シャーリーの手当てを受けなきゃなんねぇってことかな」
 気丈に笑ってみせるシルバー。ソラは無線を取り出す。
「隊長、こちらソラ。コード09!(緊急事態発生のサイン)」
 キールが無線に答える。
『どうした!?』
「シルバーが撃たれた。作戦続行不能。回収を要請する!」
『マジか!?お前らが揃っていながら…』
「私のミスだ。敵の接近を許した…」
 ソラは泣き出しそうな顔をしていた。
『…報告は後で聞く。本隊の接近は可能か?』
「撃破確認、警備ドロイド7、監視カメラ4、ゲリラ兵5」
『上出来だ。すぐ本隊を突入させる。だがそこでは敵に近過ぎて回収できない。シルバーを引き摺ってポイントB2まで後退しろ。いま回収班を回した!』
「了解。ソラ、アウト」

 シルバーの装備を肩にかけ、彼に肩を貸しながら、ソラは回収地点へ向けて歩いていた。
 朝日が顔を出し、後方では遠く銃撃音がした。
「すまない、私のミスだ。敵の接近に気づかないなんて、傭兵失格だ」
 つぶやくように謝るソラ。彼女に引き摺られるように歩きながら、シルバーは笑った。
「俺も気づかなかったよ。おあいこだ」
「シルバーは狙撃に集中していた。気づかなくて当然だ。そのために私がついているというのに…」
「命があっただけよかった。次から気をつけりゃいい」
「敵は…ハンドガンだった。肩を狙ってたわけじゃない。たまたま狙いがずれただけだ。次は…なかったかも知れない」
 聞いた事のない声色だった。押しつぶされそうな責任感が、ソラを襲っていた。
「ま、それも含めて結果は結果だ。帰ったらお互いこってりカイさんに絞られて、また一から勉強しなおしだ」
「それじゃあ…私の気がすまない」
「んじゃ怪我が良くなったらデートでも付き合え。あーそれからソラ。お前報告間違ってたぞ」
「?」
「倒したゲリラ兵は6だ。お前自分が倒した分カウントしてないだろ?」
 またいたずらっぽく笑うシルバー。ソラは少し微笑んで答える。
「シルバーがいると、自分が敵と戦うことが無い気がして…」

「はぃ!?」
 と、AEGIS本社の休憩室で素っ頓狂な声を上げたのはシルバーだった。周囲の視線が彼に集まる。
「聞こえなかったのか?デートをしようと言ったんだ」
 そう答えたのはソラだった。
「いやあの、そりゃなんだ、えーと、あ?」
 早回しのVTRのようにキョドキョドするシルバー。ソラは相変わらず平静に続ける。
「前のミッションのとき約束したろう?この任務が終わったらデートをするって」
「あぁ!いや確かにあれは、しかしなんだほら、それわわわわわわわわわわわ」
 話を遮るように、キールとリクがシルバーの襟を引っ掴んで引き摺って行った。廊下の陰に隠れてシルバーに食って掛かるキール。
「キ・サ・マ・は・いーぃ度胸してるなぁ?紛争地帯のど真ん中での作戦中に、ナンパなんかしてたってかヲイ!」
「おっ落ち着けキール!訳があるんだ訳が!」
「納得いく訳なんでしょうねー?」
 リクが自分の顔ほどあるハンドガンを、シルバーに突きつけて言う。
「銃をしまって話せ!お前が持つと洒落にならん!」
「ええ洒落じゃありませんよ。返答次第じゃ蜂の巣どころか、鳥避けネットみたいになってもらうつもりですから」
「それほぼ消し飛んでるし!!」
「いいぞリク。戦場での気構えが出来上がってるじゃねーか」
「煽るなキール!とっとりあえず話を聞いてくれ!」

 おなじみセクシャルサディスティックドクターことw シャーリー嬢のお話でございました。いかがでしたでしょうか?

 このお話はキャラ設定以外はほぼ私の独断で書き、プロットも切らずいきなり本編を書き上げ、不法様に送りました。
 結果大変気に入って頂き、私の持つ傭兵少女の観念は間違ってなさそうだと再確認しました。

 医師としての意義を果たせず、一度は地に膝をついた彼女が、再び戦場に戻る決意をする。
 その後痛がる患者を見るたび、痛みは生きている証拠であり治療の手応えだと捉えるようになり、こと屈強な男子がヒィヒィ言う様に至上の愉悦を覚えるようになった……というのは本編から真っ先に切った蛇足設定ですが、あながち有り得ない話ではなさそうですw


 さて次回は来週火曜日に更新させていただきます。ちょっと長めのお話。不法様のサイトをご覧になった方はお気づきでしょう。ある傭兵たちの休日模様をお送りします。

 お楽しみに。