マイケルの通教生日記(Michael's Journal) -20ページ目

マイケルの通教生日記(Michael's Journal)

私の気ままな散歩道にようこそ♪
(Welcom to"My Promenade")

朝から晴天で気持ちいい朝を迎え、
ホテルの展望レストランで
那覇の町並みを眺めながら朝食をとりました。

海の向こうの“慶良間諸島”も見え、
空気が本当に澄んでいる感じです。

そして、ホテルの裏手側の丘の上に“首里城”が見えました。
今日は那覇から北に80キロのところにある本部町に行きます。

那覇から沖縄自動車道で北上し、名護で下り、
そこからエメラルドブルーの海岸線の道を走ること数十分、
年間250万人が訪れる世界一の水族館“美ら海水族館”に
到着しました!

水族館は海辺に建ち、遠くに伊江島が見渡せます。



この水族館のメインはなんと言っても「黒潮の海」という
巨大水槽(高さ8.2m/幅22.5m)で泳ぐ
全長7.5mの“ジンベイザメ”や、“マンタ”でしょうか。
その迫力ある泳ぎは圧巻です!!!
そして、この水槽のアクリルパネルは厚さ60cmもあるんですね。
ジンベイザメが体当たりしても割れることはなさそうです!はい。



沖縄の旅4ジンベイザメ






沖縄の旅5マンタ








でも、沖縄まで見に行けない!という方には、
銀座ソニービルで200インチのハイビジョンで、
この“美ら海水族館”の「黒潮の海」の映像を無料にて、
8月31日まで見せてくれていますので、
美ら海水族館を疑似体験したい方はお勧めです。

水族館の外では、イルカのショーもあり、
本当に楽しめる水族館ですね。
ここのイルカ達の中で、人工尾びれを付けたイルカの
“フジ”も元気よく泳いでおりました。

今、この“フジ”を題材にした
ドキュメント映画「ドルフィンブルー」が、全国上映中です。



沖縄の旅6イルカ・フジ






水族館を堪能した後は、
名護市にある“ナゴパイナップルパーク”へ。

ここは、パイナップルをテーマにしたパイナップル園ですが、
カートに載ってその園内を一周でき、
パイナップルがなっているところや
バナナがなっているとことも見れて、
一気に南国気分♪になれます!

関東地方では、みかんや梨はなりますが、
パイナップルやバナナはならないですからね。当たり前ですが・・
自分探しの旅で沖縄に行ってきました。

初めて訪れた沖縄は、見るもの食べるものが新鮮で、
私にとって♪癒し♪を与えてくれましたね。


1日の午後、真夏の太陽の下、飛行機は羽田を離陸し一路、
南へ向かって飛んで行きましたが、
江ノ島、富士山、奄美大島もバッチシ眺めながらの
気持ちいいフライトでした。

夕刻、コバルトブルーの海に隣接する那覇空港に着くと、
そこからマイクロバスでレンタカーの営業所へ。
レンタカー(トヨタbB)を借りて、
那覇市内の丘の上に立つ“都ホテル”へ向かいました。

初めて走る夜の那覇市内は慣れないので走りづらいですが、
車が運転しやすかったので助かりました。





沖縄の旅1フードコロッセ その日の夕食は、ホテルから近い、DFSギャラリアにあるフード・コロシアムへ。






沖縄の旅2海ぶどうそば そこで食べた、“海ぶどう”と言う海草が載った「海ぶどう山かけそば」は絶品で美味しかったです!







沖縄の旅3マンゴジュース 新鮮なマンゴジュースも濃厚でとろけるようでした!






この美味しい食事が出来、いや~沖縄に来て満足でしたね。
あっ、これで満足してはいけないのです!
まだまだミッション!?は待っているのですから
ここ数ヶ月忙しい日々を過ごしていました。
仕事、通教、諸活動、等々・・

でも、それはとても充実していた日々でしたね。

そして、特に思い出に残るのは、
多くの友人に会ったことでしょうか。

市内、県内、県外・・と学生時代の多くの
友人宅へ足を運びましたが、
10年、20年ぶりに再会するする友人も
いました。

しかし、懐かしの対面にしては学生時代にいつも
キャンパスで会ったときのような
感じで自然に会話が弾んでしまいましたね。

本当に学生時代の友人っていいなと感じました。

決戦の29日は、いろいろな想いで迎えましたが、
なんか、自分自身では、やり切った!し
自分に勝った!と感じています。

そして、また新たな挑戦も見えてきたしね。


創価高校甲子園1

それと、今日は、我がS大の弟分のS高校が夏の甲子園出場を決めました!





今日の午後は健康診断で検診センターに居ましたが
そこのロビーのテレビはBSでマリナーズの試合を
流していましたので、S高校の試合状況は分かり
ませんでした。

しかし、検診もようやく終わる頃に
私のワンセグ携帯で確認したら、
8回裏のS高校の攻撃で、3対3の同点の場面でしたが、
その直後、神宮のバックスクリーンに勝ち越しの
ホームランがあり、一気にS高校の流れに!!


創価高校甲子園2 そして、6対3で勝利し、S高校は12年ぶりの5回目の夏の甲子園出場が決定しました!
健康診断が無かったら、神宮球場へ応援に行きたかったな~!
夏の甲子園の試合は、テレビでしっかり応援させて頂きます!




でも、最近は自分の母校が甲子園行っていないので
寂しいですね。
私の母校:T二高は、その昔、清原、桑田率いるPL学園
に勝って、夏の甲子園で全国制覇!しているだけに、
その復活を願っています。

まあ、あのころは、名監督のK内監督が居たから
強かったんですけど・・


最後に、
タイトルにあるように、明日から少しの間、
自分探しの旅♪に出ます。


それでは、皆さん素敵な夏をお過ごしください。

マイケル

グラフSGI
「グラフSGI」8月号の表紙は、うちのS大学の姉妹校であるアメリカS大学での今年の卒業式の写真です。

「GRADUATING CLASS OF 2007」
の襷を掛けた卒業生が清々しい笑顔で輝いています。

2007年卒業の我々は彼らと同期なんで、共々に頑張って行きたいですね。
そして、みんな世界に羽ばたく大人材なんでこれから楽しみです。



グラフSGI学生歌 その「グラフSGI」ページをめくっていくと、後ろの方に、S大学生歌の楽譜が掲載されていました。

その楽譜の上に、今年のS大の卒業式典で、創立者と一緒に学生歌を歌った写真も載っていました。

この写真に写っている講堂の二階席で私も卒業生として学生歌を歌っていたんです。



なんか、無性に学生歌を歌いたくなり、
早速、押入れからギターを取り出ました。

その譜面を見ながら弾いてみましたが、
この曲を弾くのは、昨年の夏のスクーリング
での学光オーケストラ以来だったので、
初めは指もうまく動きませんでした。


しかし、この学生歌は譜面で見るとオリジナルの
Keyはかなり高いです。
サビは高いファ♪まで出ています。
歌いこまないとなかなかファ♪までは出ないですね。


何度も弾いていくうちに、
昨年の学光オーケストラでのステージの
ことが思い出して来ました。

指が痛くなるまで練習して望んだ
憧れの大学の記念講堂でのステージ!
思い出しただけで背中に緊張が走ります。




グラフSGI学オケTシャツ そういえば、昨年の夏のスクーリングから帰宅して、ず~~~~と!、
学光オーケストラで着た赤のTシャツが私の部屋には掛けてあります。
埃もかぶり、少し色あせたかな?






また熱い夏のスクーリングがやって来ます♪

今年は、どんなスクーリングになるのだろうか?

今からとても楽しみです。
「最後の言葉」表紙

川嶋あい著の自伝的エッセイ『最後の言葉』を読みました。
とても衝撃的な内容です。
そして、それ以上に感動的な内容です。
うまく言葉では表現できませんが、
あいさんの想いがズシーン!と心に伝わってきました。



川嶋あいさんにとって最後の言葉とは、お母さんが亡くなる前に
あいさんに言った言葉“ありがとう”のことです。
お母さんが夢に描いていた、娘あいさんの歌手デビュー、
その夢が現実のものになろうとしたとき、
その感謝の気持ちをあいさんに告げたのでしょう。

その言葉を、今、あいさんが、亡き愛するお母さん、
支えてくれるスタッフ、そして、応援してくれるファンの皆さんに、
“ありがとう”を、沢山の歌という形で、CDやコンサートで、
伝えています。



「最後の言葉」本文






----------『最後の言葉』 はじめに(抜粋)------------

私は、生まれたときの名前は川島愛ではなかった。

1986年2月21日。この世に生を受ける。
この月の誕生花はスミレ。「愛」という意味を持つ。
だから愛という名前がつけられたのか? 
人にとって、もっとも尊い“愛”を託したかったのか、
わからなかった。

なぜなら生んでくれた母さんは、もうこの世の中にいなかったから。
            ・
            ・
 
私の記憶にあるのは、その後の、温かい、温かい家族のぬくもりだけ。
私は3歳になったある日、新しい家族の下で暮らすことになる。
それが私を育ててくれた両親だった。
「あいの笑っている顔が施設でいちばんかわいかったから
私の子供にしたんだよ」
 12歳のとき、私はこの事実を知った。
衝撃的だった。壊れそうなくらいの現実だった。
「たった2人の家族だよ」
 母さんは涙浮かべながら言ってくれた。
「血はつながってないけど、世界一の家族だよ。
どこにも負けない……。私はあいを世界一愛してるから」

言葉のとおり母さんは命をかけて私を育ててくれた。
歌手になるという夢を与えてくれた。

私が10歳のとき、父さんは亡くなった。

生活は瞬く間に立ち行かなくなった。
でも母さんは私の夢にかけてくれた。
そのすべてをかけて私を歌手にさせるためにがんばってくれた。
           ・
           ・

私の夢を叶えるため。2人の夢。私が歌手になるため!! 
全部を捧げてくれていた。

2002年8月20日、母さんはその命を閉じた。

私はこの世でたったひとりっきりになった。

天涯孤独という宿命を選択させられた。

母さんが亡くなって2ヵ月後、“あいのり”(フジテレビ系列)の
主題歌として、私の歌が全国に流れた。
その4ヵ月後に発売された“明日への扉”は音楽チャート1位になった。

ずっと目指してた頂点だ。でも、むなしかった。悲しかった。
なぜなら母さんにその姿を見せてあげることはできなかったから。

母さんがいちばん楽しみにしていた、
母さんの人生をかけた夢だった〈私が歌手になる〉姿を
見せてあげることができなかったから。

川嶋あい

-----------------------------------------------------

「最後の言葉」裏表紙

“川嶋あい”という路上ライブからデビュー
したシンガーがいます。

数年前、テレビ番組「あいのり」の主題歌「明日への扉」で、
彼女の歌声を初めて聴きましたが、印象に残る歌声で、
とても新鮮に感じたのを覚えています。

この『明日への扉』は、I wishというユニットの曲ですが、
彼女は、ソロの路上ライブと平行して、
ソニー・ミュージックが彼女をバックアップして立ち上げた
ユニットのI wish のヴォーカルで、
”ai”という名前で歌っていました。

この曲は、90万枚を超える大ヒットとなり、
世の中に、I wishというユニットが知れ渡ることになります。

現在、ソロとなったライブでは、
『明日への扉』(恋愛バージョン)の原曲で、
路上ライブ時代の『旅立ちの日に・・・』
(卒業バージョン)をメインに歌っています。


彼女の生い立ちは、生まれた時から波乱万丈で、
以前、テレビ番組「徹子の部屋」に出演した時、
生い立ちを語っている彼女を見ました。

実父は出生前に行方不明、実母は3歳の時に亡くし、
児童養護施設で一時期生活した後、
裕福な家庭に養女として引き取られ、
幸せな日々が続くように思えた矢先に、
10歳で養父を亡くしました。

彼女は、演歌歌手として中学生の時にデビューしており、
15歳で福岡から単身東京に上京して大手芸能事務所に
所属していましたが、途中で、事務所のバックアップを
打ち切られるという状況に置かれました。

15歳の少女にとっては、絶望的といわれる立場に
立たされますが、そのとき、路上ライブを目の当たりにし
自身も路上で歌うことを決心する。

しかし、立ち止まる人はなかなかいない。

三回路上ライブに立っが、やはり現状は変わらなかったが、
「1000回ライブやってダメならあきらめよう」と
目標を立てる(後に達成)。 

ある日、渋谷で始めてお客さんに声をかけられる。
そこで、渋谷公会堂でワンマンライブをやる
ことを決意(後に達成)。  

そこから、自主制作CD 5000枚を手売りするという目標を
設定して実行する(後に達成)。 
 
16歳のとき、ユニットのI wishで『明日への扉』にて
念願のデビューするも、一番最初に、デビューを伝えたかった
愛する養母は、すでに半年前に亡くなっていました。

17歳のときの養母の命日に、目標だった渋谷公会堂での
ワンマンライブを行い、そこで、
初めて、I wishのヴォーカル”ai”であることを告白する。

渋谷公会堂でのライブの翌日、
ソロで『天使たちのメロディー/旅立ちの朝』にてデビュー。


そして、最近、エチオピアに児童養護施設を、
またブルキナファソにも学校を、
私費を投じて建設したことを表明して話題に。



川嶋あい
川嶋あい さんは、以前、K新聞のインタビューで、「わたしが15のときの挫折感、絶望感は今思い返しても、すごく胸を締め付けられる。
しかし、わたしが伝えたいことは、ネガティブを超えた前向きさということ。それを発信していくことは、これからも変わらないと思います。」と語っており、

そして、スペシャルテレビドラマ「再会~横田めぐみさんの真実~」の主題歌『もう一つの約束』では、「あきらめないっていうことと、どんなことでも前を向いて歩いていくっていうことを一番、伝えたかった」と語っていました。



川嶋あい さんには、
これからも、皆に、勇気と希望を与える歌を
歌い続けて欲しいと心から願っているし、
彼女なら、きっとそれを叶えてくれると信じています。

国立新美術館1  先日、六本木に新しく完成した国立新美術館で、『モネ大回顧展』を観てきました。場所は東京ミッドタウンから歩いて数分ととてもアクセスしやすい場所です。





新美術館&ミッドタウン2 国立新美術館の建物は、建築家の黒川紀章氏が設計しましたが、その外観は、斬新なガラス張りですが、モダンに仕上げてあり、目を惹かれましたね。今、注目の六本木にマッチした美術館です。




『モネ大回顧展』は、国立新美術館のオープニングを
飾る一大イベントであり、連日、報道されているように
沢山の入場者が来ているそうですが、私が訪れたのは、
平日の午後で雨も降っていたこともあり、
入場制限も無く、場内でゆっくり鑑賞出来ました。

モネは私の好きな画家のひとりで、昔、パリの
オルセー美術館で、モネの絵画を観てから、
その色彩の素晴らしさに魅了されていました。

モネの絵画は風景画が多いですが、
その描いた場所は百年前ぐらいのパリやその郊外、
またロンドンなどですが、パリやロンドンも今も
その百年前の町並みを留めているし、また、
パリの郊外の のどかな風景が今でも見ることが出来ます。
ですから、モネの絵画を観ると、パリやロンドンで、
出会った風景を思い出してしまいます。

今回のモネ展では、国内外の美術館や個人所有の名作を
約100点展示しており、モネの傑作と言われる作品
も集められています。中でも、オルセー美術館にある
「日傘の女性」は、オルセー美術館から他の美術館に
貸し出されることが少ない作品であるため必見の一点
です。

展示室は、新鮮さをアピールするように白い壁を
基調にしており、その白い壁に豪華な額に縁どられた
モネの絵画は、一点一点引き立っていました。


すべて鑑賞して、その作品の素晴らしさに感動を
覚えたのと同時に、よくこれだけの作品を
一堂に集めることが出来たことに感心しました。

そして、この美術館の“本気”を体感出来た
瞬間でもありました。



新美術館モネ展3  『モネ大回顧展』は、7月2日まで国立新美術館で開催していますので、印象派絵画に興味のある方は、ぜひ足を運んで頂き、モネの絵画を堪能してみてはいかがでしょうか。
本日、神宮球場で行われた全日本学生野球選手権大会
の準決勝、うちのS大と早稲田大が対戦しました!

私の予想通りの組み合わせとなり、はやり早稲田大の
先発はハンカチ王子こと斉藤祐樹投手でした!

私は神宮球場の入口でS大の応援席学生券を
頂いて、いざ球場内へ入ると、
回は一回裏の早稲田大の攻撃でしたが、
S大の立ち上がりを攻め、一挙に6点を
奪ってしまいました!!

S大は一回表に斉藤投手から1点を奪ったのに、
思わぬ大量失点です。




ハンカチ王子1 斉藤投手は140キロ台のストレートと120~130キロ台の変化球をうまく使い分け五回まで好投し、1失点でマウンドを降りました。





応援団2 ※余談ですが、試合後のテレビインタビューで、斉藤投手は、”(S大の応援曲の中で)のれる曲があって楽しかった”と言っていましたが、その"のれる曲"とは、大塚愛や騎士団の曲だそうです。ですから、斉藤投手が投げている時は、対戦の応援団は、大塚愛や騎士団の曲は応援で演奏しない方がいいみたいですね。はい。
 
 チアリーダー3
また、S大のチアリーダーの素晴らしいパフォーマンスもまた、S大だけでなく相手に勢いをつけたしまったと思ったのは私だけではないはず!




そして、
斉藤投手が退いても、
早稲田大の後続の投手もまた好投し、
S大は打ち崩せず、結局、1対10の大差で
負けてしまいました。


そういえば以前、私のもう一つの母校RK大学が
強打者の岡田(現阪神監督)率いる早稲田大学と
対戦した時も応援に行きましたが、その時も
RK大は早稲田大に実力の差を見せつけられ
負けたことを思い出しました。


早稲田大は実力のある選手が揃っている時期は
無敵というほど強いですから、今がその時期で
あるような気がしますね。そして、斉藤投手が
まだ一年生ということを考えると、早稲田と
対戦する大学は相当実力がないと勝つのは
難しそうです。


S大は試合には負けてしまいましたが、
以前、創立者が野球部に贈った指針
「心で勝て 次に技で勝て 故に 練習は実戦 実戦は練習」
の通り、心ではけして負けてなかったと思います。
そして、これからもS大野球部の〝全員野球″
〝人間野球″の伝統を築いて行って欲しいし、
そして、いつか日本一の栄冠を勝ち取ってもらいたいと
願ってます。




試合終了4 色々なドラマがある大学野球ですが、また、秋の神宮大会でS大が活躍してくれることを信じて神宮球場を後にしました。




神宮球場5 その後、神宮教場から信濃町へ向かって歩いていると、思わぬ再会が待ち受けていました!





それは、絵画館前の広場で、起こったのです!

その方は、S大の留学生で今年の3月に私と一緒に
卒業しているはずですが、
今年になってから連絡がつかなく
卒業式やその後も何度も彼の携帯に電話しても
繋がらないままでした。

私は彼が母国に帰国したのではと思って、
母国の実家の連絡先を聞いていなかったことに悔いを
残していました。

そして、その彼が、スーッと私の横を通ったのです。
私の人違いと一瞬思いましたが、
だめもとで、以前の彼の携帯に即座に電話しました。

そうすると、そのすれ違った彼がカバンから携帯を
取り出し、”はい、Pです”と言ったではないですか!!



再会6 その彼に、”ちょと後ろを振り向いて!”と電話で話すと、劇的な再会が待っていました!
S大卒業後、住まいをその寮の近くのアパートに移しており、日本に滞在出来るビザも半年延長出来たとのことで、今はアルバイトをしながら日本での就職活動をしているそうです。そして、電話がつながらなかったのは、ビザの関係で携帯の契約変更をしており、その時期が卒業式前後だったことのこと。



S大在学中に日本語能力検定試験1級に合格しており、
日本語が堪能な彼ですが、いざ日本で就職となると
まだまだ壁は厚いと言っていました。

そして、彼に一番伝えておきたい事があったのです。

それは、私の作成した卒業アルバムに、彼と一緒に
撮った写真を彼の名前入りで何枚も載せてあるのです。
そのアルバムをS大創立者にお届けして、
創立者から「拝見しました・・・」との伝言を
頂いていることを、どうしても彼に会って伝えた
かったのです。

その願いは本日、やっと叶いました。

それから、
彼とその友人たちと一緒に信濃町にまで歩いて行きました。

共々に勝利の夏を迎えられるように、
頑張って行くことを決意し、
8月の再会を約束してわかれました。

今日は本当に暑い一日でしたが、
心は充実感で一杯の一日となりました。


先日、自宅近くの学習進学塾(HS)の先生(室長)と
懇談してきましたが、話題は、この塾の室長が
書いて発行している冊子の編集後記に。

その編集後記に以前このようなことが書いてあったからです。


---------------室長の編集後記(抜粋)-------------------

5月X日
・・・・・HSにきた生徒さんですが、その一言。
「HSの先生はちゃんと授業をやるんだね。
前いたところはプリントばかりだった」
HSは授業にこだわります。
だからこそ黒板です(ホワイト・ボードでは勢いのある
板書は出来ません)。
だからこそ一斉授業です。
だからこそ解説もしっかり行います。
そしてだからこそ室長は全日程、授業に入ってます。
HSは<商売>ではなく<教育>としてこだわりを
もちつづけてます。


5月△日
・・・・・いつも11時、下手したら12時近くまで
残ってやる生徒も。
あんまり一生懸命なのでつい聞いてしまった一言。
「部活とかやって、(塾でも残って勉強じゃ)大変じゃないの?」
それに対する答えは衝撃でした。
「勉強は別に大変じゃないよ。
わかるようになったらうれしいじゃん」
どうも、教員である私自身が基本を忘れていたようです。
勉強は楽しいもの。わかることはうれしいこと。
基本に立ち返ってそのことを生徒に伝えたいと思います。

-------------------------以上-------------------------


ビジネスではホワイトボードが主流で、
それに慣れていた私ですが、S大通教に入学して、
授業で黒板に先生が書く文字が、やけに新鮮に映りました。
昔、学生時代に教室で真剣に?勉強したことを思い出し、
通教でもやる気が出たのは確かです。

そして、「わかることはうれしいこと」、
確かに、初め通教で法学部という私にとって
“未知のとの遭遇?”のような学部に入りましたが、
ひとつひとつ苦労して法律を勉強していくうちに、
法律がこんなに生活に密着していて、おもしろい学問!である
ことを感じてきました。

勉強は理解できると、その先へ進みたくなるのです。
再び、どんなものに遭遇するかが楽しみであり、
またそこで考え答えを見つけていく。
この繰り返しが学問を深めて行くんだろうし、
それは子供でも同じなんだと思っています。



この室長といろいろと懇談しましたが、
生徒の教育について真剣に考えており、
日々、試行錯誤している様子でした。 
そして、もし希望の学校に入学できたら、
「その学校で何がしたいのか?」を
生徒たちに説いているそうです。


志望校の入学のための受験勉強は大変だが、
それは、あくまで手段であり、
目的は、その学校で何がしたいのかで、
その目的のために、“今、頑張ろう!”
と励まし続けているそうです。


3487a22d.JPG

そして、室長との有意義な懇談が終わり、外に出てみると、夏の訪れを告げるように、入道雲が出ていました。




今年も、私にとって“熱い夏”が来そうです。
みなさん、こんにちわ!マイケルです。

本日より日記をlivedoor Blogで書くことにしました。


mixiの方では、2005年10月より、
マイケルの通教生日記として書かせて頂いており、
沢山の方々からご支援を頂いております。

しかし、mixiに加入していない方は見ることが
出来なかったため、その要望にお答えする為に、
このlivedoor Blogにも平行して日記を書いて行くこと
にしました。

タイトルは、mixiと同じで、「マイケルの通教生日記」
ですが、通教以外のことも書いていきます。

更新は不定期になりますが、マイケルの本音トーク!
で語って行くつもりですのでご期待下さい。

まず最初は、通教生日記ということで、
大きな行事でもある今年の3月の卒業式、
4月の入学式、卒業旅行、そして
5月のスクーリング、6月の卒業アルバムのことなど、
mixi書いたものを、こちらのブログ用にアレンジして
書いてみました。


それでは、みなさん!宜しくお願いします。


2007年6月6日

我が大学の創立構想の父である牧口先生のご生誕の日にて、

マイケル

新緑スク本部棟前にて