最初に手塚さんに「W3(ワンダースリー)」になるべき作品のスケッチを見せられた
ときにはまだボッコもリスのままでした。
しかし、数次の検討の結果、宇宙人の変装ということでボッコはウサギになり、
1匹でスパイに対峙するのはつらいのでカモとウマが仲間に加えられました。
3人組(3匹組?)には「ワンダースリー」というチーム名が与えられ、星光一から
主役の座を奪った関係で作品そのもののタイトルも「W3(ワンダースリー)」に
変わっていきます。
一方、ボッコと別れた星光一の方も、今度は宇宙人と対峙する存在として、むしろもっと
スパイらしいスパイである方が良いということで一新することになりました。
参考にしたのはやはり007。しかし当時は映像関係者といえど手軽に好きな映画を
好きな時に見ることはできません。007は既にシリーズ化されていたので1年も待てば
新作が来るでしょうが、そのような時間の余裕もありません。
そこで参考にしたのがさいとう・たかをさんでした。
さいとう・たかをの007。今日ではさいとうさんの代表作は疑問の余地なく「ゴルゴ13」で
しょうが、「ゴルゴ」以前にはそれは「007シリーズ」だったのです。
貸本漫画で活躍されていたさいとうさんが一般雑誌に進出したのは昭和38年(1963)、
作品は007シリーズでした。イアン・フレミングのライセンスを取得した正式な
コミカライズです。
それは、折からの007、スパイ・ブームとも相俟って大変人気を集めており、
リアルな絵柄と細密な描写を特徴とする、従来の子供向けの漫画とは一線を画す
大人向け漫画の新潮流としての「劇画」の代表的存在とも言える作品でもあったのです。
かねて劇画は手塚さんも大いに気に掛けているところのものであり、スパイ版
「ナンバー7」の段階で既に意識するところのものではあったようです。
「ちょっとタクさん、星光一描いてみてよ」
とりあえずさいとうさんのジェームズ・ボンドを参考にしながら、ブラック・スーツに
ソフト帽のスパイらしいスパイを考えて描き、手塚さんに見せました。
そうすると特に検討とかそういったことがあったような記憶もなく。もうそのままそれが
星光一になっていたのです(笑)
アニメ「W3(ワンダースリー)」の作画は完全ではないですがキャラクター制に
近いシステムが取られました。例えばボッコの原画は、当時、引退して専業主婦に
なっていた中村和子さんに特にお願いしました。
他のキャラクターにもそれぞれ主たる担当者がいました。
で、星光一はというと、私が自分で描きましたから、何のことはないアニメの星光一は
私がデザインして私が描いたキャラなのです。「海底少年マリン」のキャラは私のデザイン
ですけれど私は「ドルフィン王子」より後には作画に参加していませんから、
「私の描いたアニメーション」という意味ではマリン君より純度が高いことになります(笑)
私にも手塚さんにも「スパイ漫画と言えばさいとう・たかを」という認識があった訳ですが、
どうも「手塚治虫がさいとう・たかをを真似て描いてみる」ということはプライドの
問題だけでなくいろいろと政治的な問題もあったのでしょうか(笑)、とにかく手塚さん的にも
こもごも難しいキャラであったのは間違いないようです。
ワンダースリーの3人は「銀河連盟」から地球を観察に来た諜報員であり、
いわば手塚流のスパイ。
手塚流のスパイvs劇画的なスパイという構図もあったわけで、劇画的なスパイはなるべく
普段の手塚調からは離れたキャラクターにしたいという気持ちがあったのかもしれません。
さて、前回整理した通りこの年(昭和40年)の3月21日に発売された
「週刊少年マガジン」誌で手塚さんは漫画版「W3(ワンダースリー)」の連載を始めます。
この漫画を見てみると前述の通り真一少年の容姿やワンダースリーのメンバーの名前が
サンデー版やアニメと違っている訳ですが星光一については初回からほぼサンデー版と
同じキャラクターが出ています。もちろん絵の感じはアニメと違い(?)ちゃんと手塚風に
なってはいますが基本的にはアニメとも違ってはいません。
当時、手塚さんが1本の漫画を描く速度はとても早く、週刊連載用の漫画などは白紙から
せいぜい2~3日で完成していたものと思われます。いや、手塚治虫が生涯に生産した
原稿の分量から逆算したらそれはもっと短いのかもしれません。まあ当時の手塚さんは
アシスタント陣も充実していましたからアニメと同じように複数作の工程が重複しては
いたでしょう。しかし、それにしても漫画にも印刷や配送という逃げられない工程が
付随しますし、そもそも作画作業だけでなく、構想したり下調べしたりといった時間だって
必要です。
ところがそれにもかかわらず、「W3(ワンダースリー)」に関しては、バラバラのパーツ
だった状態から基本がアニメと共通である前提の漫画が雑誌に載るまで、
いや、もっと言うと手塚さんが私を呼び寄せるために集英社に電話を掛けてから
私のデザインした星光一を手塚さんが描いたのが出ている漫画が印刷されて店頭に
並ぶまでの全部がひと月と1週間くらいの間という計算になります。
これだけでもいかに急テンポな企画作業だったかが分かろうかというものです(笑)
星光一の秘密兵器や必殺技は手塚さんと二人でアイデアを出しながら纏めていったので
個々のアイテムをどちらが発案したとかはあまり細かく憶えていません。くさりがまのような
ハンマー・チェーンや通信機ほかさまざまな秘密兵器を仕込んだ万能腕時計とか、
漫画家を自称して持っているスケッチブックの紙を手裏剣のように投げるワザとか、
いろいろ二人で考えました。トランプを手裏剣代わりに投げるキャラクターはよく見る
気がしますが画用紙というのは珍しいかもしれません(笑)
「売れない漫画家」というのが本当なのか偽装なのかどうかははっきりしなかったように
憶えていたのですがマガジン版ではちゃんと持ち込みをやっているようですね(笑)
宇宙人が地球の国家同士の抗争に首を突っ込んでもオハナシが妙な方へ転がって
いってしまいますので、星光一の所属は国家機関ではなく、特定国家群による謀略を
排し地球の平和を守る謎の国際秘密機関となりました。
その名も「フェニックス」。フェニックスの全貌は作中では完全には解明されずに
終わりましたがその名前からすると後の手塚さんの「例の代表作」に繋がっていくの
かもしれません(笑)