〈医療〉 糖尿病(2型)2024年7月8日
- 「重い合併症を招く“サイレントキラー”」
- 〈今日のポイント〉症状なくても治療を進めよう
生活習慣病というと、真っ先に名前が挙がる糖尿病(2型)。この疾患について、富山大学学術研究部医学系の戸邉一之特別研究教授に聞きました。
〈特徴〉
血管の中が傷み
動脈が硬化
――糖尿病とは?
慢性的に血糖(血液中のブドウ糖)の量が多くなってしまう病です。
――血糖が多くなると、体に良くないのでしょうか。
血管は、全身に酸素や栄養を運ぶ“道路”です。
重い荷物を載せたトラックがたくさん往来すると道路が傷むように、血液が栄養過多(高血糖)である状態が長く続くと、血管の内側が傷み、動脈が硬化して血流が悪くなります。
すると、臓器などを構成する細胞に酸素が行き渡りにくくなったりして、「網膜症」「腎症」「神経障害」をはじめ、全身に合併症が出やすくなります。失明や人工透析、足の切断を招く場合もあります。
※別掲「糖尿病で起きやすくなる病や症状」
「糖尿病で起きやすくなる病や症状」
網膜症
腎症
神経障害
脳卒中
心筋梗塞
認知症
膵臓がん
肝臓がん
大腸がん
歯周病
感染症
肺炎
排尿障害
〈患者〉
発症すると
徐々に痩せる
――なぜ血糖が多くなるのですか。
健康な人の場合、人間の体内では、炭水化物などの糖質を摂取して血糖が多くなると、膵臓から「インスリン」というホルモンが分泌されます。
インスリンは、血糖の値を下げる唯一のホルモンです。増えすぎた血糖が、肝臓や骨格筋、脂肪組織などの細胞に吸収されるよう、働きかけてくれます。血糖は、送り出された先でエネルギー(グリコーゲンなど)として貯蔵されます。
――ありがたいですね。
しかし、糖尿病の患者はインスリンの分泌量が減り、働きも悪くなるため、慢性的に高血糖となります。また、血糖を送り込む先である肝臓などの細胞が、すでに多くのエネルギーを貯蔵していれば、血糖を送り込めません。あふれかえる満員電車には乗れる余地がないのと同様です。なお、血糖をそれ以上、体内にためられなくなるため、多くが発症時を体重のピークとして、徐々に痩せていきます。
病院では問診や合併症などの確認、食後や空腹時の血糖値の測定などを行い、診断します。
糖尿病になる仕組み
〈正常〉 インスリンが血液中のブドウ糖(血糖)を細胞に送る
〈糖尿病〉 インスリンの分泌異常などによりブドウ糖が正常に細胞に送られない
〈原因〉
高脂肪食や遺伝
運動不足で発症
――インスリンが減ってしまう原因は?
大きな原因は「生活習慣」と「体質の遺伝」です。
具体的な生活習慣としては、「高脂肪食」「過食」「運動不足」などが挙げられます。
――高脂肪食?
脂肪を多く摂取して「内臓脂肪」が蓄積すると、肝臓や骨格筋などにストレスがかかり、血糖が取り込まれにくくなります。逆に「皮下脂肪」は、蓄積しても糖尿病の発生を抑える働きをすることが分かってきました。
――「遺伝」も関係しているのですね。
診察では、家族の病歴を必ず確認します。“糖尿病になりやすい遺伝子”は、とても多く報告されています。その遺伝子を数多く持った上で、内臓脂肪を蓄積していると、発症の確率が高くなります。「一卵性双生児で一人が発症すると、もう一人も8~9割で発症する」という報告もあります。
そもそも、日本人を含む東アジア人は「インスリンの分泌量が少なく、働きも弱い」「内臓脂肪が蓄積しやすい」体質です。血糖をエネルギーに変えて貯蔵しにくいため、患者の多くは小太りの段階で発症します。
欧米人は、インスリンの分泌量が多い“エネルギーをためやすい体質”で、糖尿病になりにくいとされています。東アジア人が発症するレベルの肥満では、糖尿病はあまり発症しません。
――患者数は?
国内で約1千万人がかかっているとされます。年齢が高くなると、なぜか皮下脂肪が内臓脂肪に置き換わり、食後血糖値も上がりやすくなります。そのため、男性では50代、女性では60代が発症のピークです。20代など若くして発症する人は遺伝性だったり、高度の肥満と家族歴があったりするケースが多くみられます。
――男女差は?
男性に多く発症します。女性はもともとインスリンが作用しやすい体質です。更年期以前は女性ホルモンが内臓脂肪の蓄積を抑えているという説もあります。
治療
食生活の改善や
運動、薬物療法
――治療法は?
「食生活や生活リズムの改善」「有酸素運動などの運動療法」等を行い、血糖のコントロールを図ります。効果が出ない場合は、「薬の服用や注射」を行い、インスリンを補ったり、その働きを助けたりします。
診療では、「早食いである」「肉食が多い」などの項目が記された「食行動質問表」を使って、患者に自分の癖や好みなどを認識してもらいます。その上で「食べた物は、30回かんでからのみ込む」など、血糖を上がりにくくする具体的な生活指導を行います。
運動療法は、仕事や家庭状況の変化、天気などで途切れやすいのですが、粘り強く続けることが大事です。
治療の強度や優先順位は、個々の血糖状態によって変わります。医師や管理栄養士の指導の下、適切な治療を進めます。
――他に留意点は?
糖尿病は、病状が進んでも症状が出にくく、“サイレントキラー”とも呼ばれます。治療中に通院をやめる患者も少なくありません。
ふだんから生活習慣に気を付け、血糖値が高いと思ったら、できるだけ早く内科を受診してください。
〈取材こぼれ話〉“甘い”ささやき
「“締めのラーメン”という言葉がありますよね」と戸邉先生。
――飲酒後、最後に食べたくなる麺類のことですね。
「糖尿病でない人の場合、アルコールは血糖値を下げる働きもします。そのため、お酒を飲むと体は血糖値を上げようとして、糖質の多いものを食べたくなるんです」
「やっかいなことに脂や糖質は、口に入れると、脳内で麻薬と同様の神経回路が刺激されることが分かっています。“別腹”ともいわれますが、糖質や脂っこいものを食べすぎたり、満腹でも好きな物なら食べられたりするのは、常習性の中毒症状に近いともいえます」
◇
飢えないために、カロリーの高い脂や糖質を“もっと食べろ! 蓄えろ!”と命令する私たちのカラダ。飽食という言葉さえ存在する現代社会、“甘いささやき”に、くれぐれもご用心を。