ブラジルの世界的音楽家 アマラウ・ビエイラ氏に聞く2024年6月19日

  • 善性引き出す文化の力で「衝突」を「調和」の世界に

 ブラジル音楽学会会長、ブラジル古典音楽保存協会会長等を歴任した、世界的なピアニストで作曲家のアマラウ・ビエイラ氏。氏が手掛けた作品は600を超え、「A・オネゲル国際作曲賞」「フランス作曲財団国際大賞」など数々の国際的な栄誉に輝いています。池田大作先生とは1992年、95年、97年の3度会見。「池田先生の存在が音楽のインスピレーションの源泉」と語ります。会見のほか諸行事に参加するなど、先生と幾たびも出会いを重ねたビエイラ氏に、「音楽と平和」をテーマにインタビューしました。(聞き手=真鍋拓馬)

 ――ビエイラ氏のジャパン・ツアー30周年を記念する民主音楽協会(民音)主催のピアノリサイタルが全国11都市で行われ、大盛況のうちに幕を閉じました(5月23日~6月9日)。特に、民音創立者・池田先生への献呈曲「人間革命~音楽的印象と心情~」には、大きな拍手が送られました。

 本年は、池田先生の小説『人間革命』の執筆開始(1964年12月2日)から60周年を刻みます。そこでテーマを「人間革命」と定め、昨年から献呈曲の制作を始めました。
 そのさなかだった昨年11月、池田先生の逝去の報に接しました。先生は人類にとって偉大な存在であり、私のことも温かく見守ってくださいました。だから、とても悲しかった。でも、私は作曲をやめようとは思いませんでした。“先生の人間主義の哲学を、音楽で表現しよう”との不動の思いがあったからです。
 先生が亡くなられた今、残された弟子たちが何を決意し、どういう行動を起こしていくのか――。これが重要です。私は「音楽」という舞台で先生の遺志を受け継ぎ、平和実現に貢献していく決意です。
 今回の献呈曲の前半は、力強い和音を入れ、行進曲のような躍動感あふれる旋律にしました。これは、先生の世界平和への透徹した「一念」を描いています。後半は、先生の慈愛あふれる「振る舞い」を柔らかなタッチで表現しました。先生の尊き生涯を凝縮した、私の音楽人生の集大成の一曲となりました。

民音公演で、心躍る旋律を響かせるビエイラ氏(5月23日、大阪市内で)

民音公演で、心躍る旋律を響かせるビエイラ氏(5月23日、大阪市内で)

初会見の思い出

 ――これまでビエイラ氏は、池田先生に約20の献呈曲を贈っています。最初の献呈曲は、1991年8月の「平和の曲『人間世紀の夜明け』」です。池田先生と初めて会う1年前のことでした。

 私の友人で、サンパウロ美術館の館長を務めた、ファビオ・マガリャンエス氏を通して、池田先生が91年1月に発表された「SGIの日」記念提言「大いなる人間世紀の夜明け」〈注〉を読みました。
 そこには“世界平和の実現のために、社会を支える人間の思考、生き方そのものの根源的な変革が必要である”とありました。
 人間自身の変革――私が長年、音楽活動の中で考え続けながらも、言葉にできなかった哲学がそこにありました。
 提言を何度も読み返して感動を新たにし、熱い思いを込め、献呈曲「平和の曲『人間世紀の夜明け』」を制作しました。
 そして翌92年10月、東京で池田先生と初めてお会いしました。
 初会見は、今でも鮮明に覚えています。先生は、私の生い立ちや音楽家としての歩みについても聞いてくださいました。
 〈ビエイラ氏は6歳でピアノを本格的に習い始め、13歳で単身渡欧。フランスやドイツ、イギリスで学び、実力を磨いて25歳で名門「メニューイン・スクール」の音楽部長に推薦された。恵まれた地位や収入が約束されたポストだったが、母国の文化的発展に尽くしたいとの思いから就任を断り、ブラジルに帰国。その後、国内で未発表のクラシック楽曲の演奏や、新たな楽曲の作曲、若いピアニストの指導を積極的に行った〉
 私が目指したのは、エリートになる道ではなく、民衆に奉仕する道でした。何よりも母国ブラジルの発展を第一に考えました。
 この話を聞いた先生は、私の生き方を最大にたたえてくれたのです。自分の選択に対して周囲の批判も多かっただけに、先生の励ましは本当に心強かった。
 さらに、「音楽を通した“平和の大使”になってください」と語りかけてくださいました。世界中の識者と友情を結び、平和のために努力を惜しまなかった池田先生から、自分がどう生きるべきなのかを教えていただいた。この言葉が私の人生の指針となり、先生との出会いで、私の人生は一気に輝き始めたのです。
 会見の数日後、先生と奥さまが出席された創価大学での集いで、富士交響楽団と共に献呈曲「平和の曲『人間世紀の夜明け』」を披露しました。演奏が終わると、お二人が立ち上がって温かな拍手を送ってくださいました。先生の真心に触れ、私は“この人に会うために生まれてきたのだ”と確信しました。
 今回の民音公演では、あの時の出会いを思い出し、まるで池田先生が客席で見守ってくださっているような気持ちになり、胸がいっぱいになりました。

アマラウ・ビエイラ氏(中央)が池田先生と初会見し、文化の力などを巡り、心通うひとときを。ヤラ・ビエイラ夫人(右端)も同席した(1992年10月、都内で)

アマラウ・ビエイラ氏(中央)が池田先生と初会見し、文化の力などを巡り、心通うひとときを。ヤラ・ビエイラ夫人(右端)も同席した(1992年10月、都内で)

今こそ「平和のための音楽」を!

 ――池田先生は文化による平和構築を訴え、民音を創立しました。ビエイラ氏は、平和と音楽の関係性について、どのようにお考えでしょうか。
 〈1961年2月、先生は長兄が戦死したビルマ(現・ミャンマー)を訪問。小説『新・人間革命』第3巻「平和の光」の章には、当時の模様が描かれている。山本伸一は、平和を築く方途を思索し、同行者に「真実の世界平和の基盤となるのは、民族や国家、イデオロギーを超えた、人間と人間の交流による相互理解です。そのために必要なのは、芸術、文化の交流ではないだろうか」と語った。この時の構想をもとに、2年後の63年10月18日に誕生したのが、民音である〉

 21世紀になってなお、いまだ各地で争いが続いています。とても悲しいことです。今こそ、「平和のための音楽」が必要です。
 民音は、平和構築のために世界の国や地域、人々と文化・芸術交流を行ってこられました。私自身についても30年前の94年から12回にわたり、日本でのツアーを主催していただき、感謝の思いでいっぱいです。また、“一流の音楽を民衆の手に”という、民音を創立した池田先生の理念に深い共感を抱いてきました。
 私は、音楽は「リズム」から始まり、「メロディー」「ハーモニー」が生まれたと考えています。音楽はハーモニー、つまり調和を重視してきました。それは、不協和音が騒々しい「衝突」の世界を、生命が希求してやまない「調和」の世界へと転換させゆく力が、音楽にはあることを示しているのではないでしょうか。
 例えば、楽聖ベートーベンの有名な「交響曲第九番」はとても力強くドラマチックですが、人々を団結させる象徴として披露されています。
 また、人間は音楽を通して、心の機微を感じることができます。演奏や合唱の場面を思い出せば、よく理解できるでしょう。
 心の機微に触れるとは、相手を気遣う、相手の立場になって考えることにとどまりません。「共に、美しい音楽を奏でるにはどうしたらよいか」「どうすれば、自分が他者により良い影響を与えられるか」など、相手に思いをはせられるということです。
 そうした機微を知る人間は、何か対立があった際に「対話」を選び取ることができます。お互いに消耗し合う争いはしないでしょう。一人一人の善性が響き合うからこそ、世の中に「ハーモニー」が生まれます。その善性を引き出す最も有力なツールこそ「音楽」なのです。
 音楽家は音楽に自身の生命を投影させます。ですから、人々に良い影響を与えるために、まず音楽家が自らの人格を磨かなければいけないと感じています。

特別顧問を務めるブラジルイケダヒューマニズム交響楽団と共演し、聴衆に笑顔で応えるビエイラ氏(2012年6月、アメリカ創価大学で)

特別顧問を務めるブラジルイケダヒューマニズム交響楽団と共演し、聴衆に笑顔で応えるビエイラ氏(2012年6月、アメリカ創価大学で)

 92年の初会見で池田先生は語られました。
 「音楽には、生命の『全体』に直接、訴える力があります。よき音楽は、人間性の奥底を揺さぶり、人間の善性を引き出します」「音楽にも生命を躍動させ、向上させる音楽と、境涯を低くさせ、享楽と安逸と不幸へと方向づけるような音楽があるのではないでしょうか」と。
 音楽はある意味、医療に似ています。適切な治療を施せば、患者は快方に向かいますが、処置を間違えたり、遅れたりすれば、状況は悪化します。
 同じように、音楽は人々を高める場合もあれば、エネルギーを奪う場合もあります。聴き手は、無批判に吸収するのではなく、自身を高める音楽を選び取るべきであり、音楽家も人々を高める音楽を純粋に模索するべきです。
 音楽や芸術を通して、一人一人が自らを磨き高めながら、周囲と調和する道を求め続ければ、きっと誰もが尊重し合える社会を築くことができるのではないでしょうか。
 平和を熱願された池田先生の思いを、私はこれからも音楽の世界で体現していきます。
 
 ※献呈曲「人間革命~音楽的印象と心情~」の初演動画がこちらから視聴できます。

 〈プロフィル〉 Amaral Vieira 1952年、ブラジル・サンパウロ生まれ。ピアニスト、作曲家。ブラジルを代表する音楽家ソーザ・リマや現代音楽の巨匠オリヴィエ・メシアン、ハンガリーの著名なピアニストのルイス・ケントナーらに師事。サンパウロ芸術評論家協会から「最優秀作曲家賞」、ハンガリー政府から「リスト賞」を受賞するなど、国内外で高く評価されている。

〈訳注〉

 注=1991年の池田先生の「SGIの日」記念提言 1991年1月26日に「大いなる人間世紀の夜明け」とのタイトルで発表。湾岸戦争の早期終結を訴えつつ、「平和を願う世界の民衆の団結した力で、カオス(混沌)への逆流を押しとどめ、新しい世紀の扉を開かねばならない」と呼びかけている。また、宗教が教育の進歩の土壌となってこそ、民衆の「知の力」の向上・強化が促され、「民意の時代」「民主の流れ」を加速させていけると強調。国連が世界平和の維持で十分な役割を果たすために、NGOなどの民間レベルの力を重視し、国家統合の新たなシステムを構築することを提案している。さらに、「正義に適った平和」の重要性に触れつつ、不戦の流れを拡大させるために、世界市民との自覚の深まりが不可欠と訴えている。