〈危機の時代を生きる 希望の哲学――創価学会ドクター部編〉第20回 命を守る土台となるもの2024年6月14日

  • 社会医療法人若竹会「つくばセントラル病院」理事長 金子洋子さん

 ちょう寿じゅ社会の現代。りょうは多くの人々を支える重要なやくわりたしている。その最前線で働く友は、これからの時代を健康で生き生きとらすために必要なことを、仏法の健康のから、どう見ているのか。「の時代を生きる 希望のてつがく――創価学会ドクター部編」の第20回のテーマは「命を守る土台となるもの」。じんぞう内科がせんもんで、社会医療法人わかたけかい「つくばセントラル病院」の理事長を務める金子洋子さんの稿こうしょうかいする。

じんぞうは「ちんもくぞう

 べにこうじのサプリメントをせっしゅした人にじんぞうしょうがいが起こったことをめぐり、厚生労働省は5月28日、この製造過程で青カビがこんにゅうし、健康がいを引き起こす「プベルルさん」などの化合物が作られた可能性があることを公表しました。
 
 この問題が表面化した今春こう、私が所属する日本腎臓学会でも会員医師を対象にアンケート調査を行い、事態をちゅうしてきましたが、多くの人は摂取をやめることでじんのうかいぜんするようです。適切な対応を行った上で、心配な方は医師に相談していただきたいと思います。
 
 その上で、いっぱんに腎臓は「ちんもくぞう」とばれ、しっかんの初期には自覚しょうじょうがほとんどないことが知られています。
 
 特に日本では、成人の約8人に1人が「CKD」と呼ばれるまんせい腎臓病をわずらっているといわれ、気付かない間に腎機能が低下し、進行するととうせきじんしょくいたることもあります。腎機能の低下は血液や尿にょうの検査で分かりますので、けんこうしんだんを定期的に受け、じょうてきされたら、早めにりょう機関をじゅしんしてください。

人類の進化とみっせつに関係

 腎臓と聞いて、尿を作る臓器と思う人は多いかもしれません。それも正しいのですが、腎臓の機能はただ尿を作っているだけではありません。
 
 血液をろして尿を作る腎臓は、その過程で、体内の水分量や体液の成分が一定になるようにコントロールしています。
 
 具体的には、私たちが大量の水分を摂取した場合は、はいしゅつする尿の量を多くし、逆にあせをかいて体内の水分量が減った場合は、尿の量を少なくするといったことです。それとあわせ、体液にふくまれるナトリウムやカリウムなどの成分、体液の酸とアルカリのバランスも一定になるように調ちょうせいしています。
 
 また腎臓は、各臓器に酸素をとどけるためにせっけっきゅうを増やしたり、血圧を調ちょうせつする指令を出したりしています。
 ちなみに腎臓でろ過される血液の量は、健常な人で1日当たり約150リットル、およそドラムかん1本分にもなります。ですが、全身を巡る血液の量は5リットル程度。つまり血液は1日に何度も腎臓に流れ込み、ろ過されて、常にきれいな状態にたもたれているのです。また、実際に尿として排出されるのは1・5リットル程度なので、実に99%を再利用し、極力、ろうはいぶつだけを排出するようにしています。
 
 腎臓がこのようなやくわりを持つ臓器になったのは、進化の過程で私たちの祖先が海から陸へと生活の場を移してきたことと、みっせつな関わりがあると考えられています。
 
 陸上で生活するためには、体内で水分や塩分などを保持しながら、体内にたまった老廃物をはいせつする必要があります。その調節をになうのが腎臓なのです。事実、体液のせいは、たいの海に近いといわれます。腎臓の働きによって、そのかんきょうかげで保持されているからこそ、私たちは生きていくことができます。いわば、腎臓は生命のこうじょうせいする「命を守る土台」と言えます。

腎臓は、握りこぶしぐらいの大きさで、そら豆のような形をしている。自覚症状が出にくい臓器だからこそ、定期的に健康診断を受けることが大切となる ©sorbetto/DigitalVision Vectors/Getty Images

腎臓は、握りこぶしぐらいの大きさで、そら豆のような形をしている。自覚症状が出にくい臓器だからこそ、定期的に健康診断を受けることが大切となる ©sorbetto/DigitalVision Vectors/Getty Images

減塩の工夫がかんじん

 腎臓は“命の土台”だからこそ、異常が起きると、そのえいきょうは他の臓器にもおよび、健康の維持がむずかしくなります。まさに、人体のネットワークをえんかつに調整するかなめの役割を果たしているのです。
 
 この腎臓とともに、人体にとって有害な物質を分解するかんぞうの役割は、生命活動のみなもととなることから、中国の伝統医学でもじゅうようされており、「かんじん(=大切な)」という言葉が生まれました。

 じんぞうやくわりは、仏法でも着目され、てんだいだいは「かん」で「体に気力がないのは腎臓がしょうじょう」と記しています。
 
 「気力がない」とはつかれが残り、だるさを感じることからしょうじるものだと考えられますが、こうしただるさや疲れやすさは、腎臓病の症状の一つです。その意味で、天台大師のどうさつは、腎臓の症状を正しくとらえたものと感じます。
 
 では、腎臓を悪くしないために、どのようなことに気を付けたら良いのでしょうか。
 
 基本的には、日々の生活習慣のかいぜんが大切です。
 
 すいみん不足や不規則な生活は、腎臓にたんがかかります。疲れを感じた時は、無理をせず、身体を休めるように心がけてください。
 
 食事に関して、注意していただきたいのは、塩分の取り過ぎです。腎臓は、食事でせっしゅした塩分を尿にょうとしてはいしゅつする働きをしていますが、塩分を取り過ぎると腎臓に負担がかかってしまうからです。
 
 厚生労働省は、日本人の1日当たりの塩分摂取量の目標を、成人男性で7・5グラム未満、成人女性で6・5グラム未満としていますが、実際の摂取量は、成人男性が10・9グラム、成人女性が9・3グラム。多くの人が取り過ぎている状態です。塩分がじょうになると、高血圧や動脈どうみゃくこうなどにつながり、しんぞうのうの病気を引き起こすリスクも高まります。しょうゆをかける量を少し減らす、めんるいしるひかえめにするなど、実行できるところから摂取量を減らす工夫をしていただきたいと思います。
 
 また腎臓の健康には、運動も効果的です。まんせい腎臓病のある人が1日5000歩ほど歩くと、腎機能の維持・向上がみられたという報告があります。日々、もくもくと働く腎臓への思いやりの心を持って、少しずつでも運動習慣を身に付けてください。

塩分の取り過ぎは、腎臓や心臓、脳などの病気のリスクを高める。できるところから少しずつ減塩の工夫を ©Peter Dazeley/The Image Bank/Getty Images

塩分の取り過ぎは、腎臓や心臓、脳などの病気のリスクを高める。できるところから少しずつ減塩の工夫を ©Peter Dazeley/The Image Bank/Getty Images

他者にくして身心ともすこやか

 腎臓は一度悪くなってしまうと、なかなかかいぜんめない臓器です。ですので、早期発見・早期りょうのために定期的にけんしんを受けること、何よりだんの心がけで悪化させないように予防していく大切さを感じています。
 
 それらは、医学全体の流れでもあります。医学の進歩によって、病状が早期であるほど、治療できる可能性が高まっていますし、日々の生活習慣はもちろん、その人の考え方や心の持ち方が病気とみっせつにつながっていることが明らかになってきたことで、予防も重要であるとのにんしきが広がってきたからです。
 
 そうしたことは、仏法でも教えています。
 
 例えば、「天台小止観」には、“病気にかかった時、すぐに治療することに努めよ。時間がたつと完全に病気になってしまい、治りにくくなる”と説かれています。これは早期発見・早期治療の大切さを教えていると感じます。
 
 また仏法の思想には、病気にかからないようにするための、予防のがちりばめられています。
 
 一例を挙げれば、「ぶんりつ」という仏典では、歩くことの効用として「病気が少ない」「消化がよい」「よくさくできる」等とあり、これは現代医学の見解ともいっします。
 
 その上で私が健康という観点で仏法のてつがくが大事だと思うのは、周囲の人にくす大切さを教えていることです。
 
 実は、の行動が健康に良いことを証明するような興味深い研究があります。こうれい夫婦を5年にわたりついせきし、「えんする生き方」と「支援される生き方」というちがいによって、ぼうりつがどう変わるのかを調べたものです。
 
 その結果、他者に対して精神的な支えとなる生き方をつらぬいた人は、そうしなかった人に比べて長生きで、調査期間中の死亡率が2分の1となっていたことが分かりました。
 
 また現代はストレス社会といわれますが、周囲のために動いたり、やさしくしたりするといった利他の行動で、のうないではオキシトシンというホルモンがぶんぴつされます。このオキシトシンには、ストレスの軽減に大きな効果を持つことが分かっています。
 
 まさに、利他の行動こそ、身体も心も健康にするものであり、日蓮大聖人が「人のために火をともせば、がまえあきらかなるがごとし」(新2156・全1598)とおおせの通り、他者に尽くすことは、自分のためにもなっているのです。

他者のために!――その心と行動は自分だけでなく、周囲の人々も健康にする力となる ©Pramote Polyamate/Moment/Getty Images

他者のために!――その心と行動は自分だけでなく、周囲の人々も健康にする力となる ©Pramote Polyamate/Moment/Getty Images

やまいに向き合った母のちか

 私自身、母のとうびょう姿すがたを通して、利他の心に生きくことが、どれほどのちからになるのかを身近に実感したことがあります。
 
 母は9年前、多発性こつずいしゅせんこくを受けました。完治がむずかしい血液のがんで、いっぱんしんだんから5年間で約50%の人がくなるといわれています。薬で進行をおさえてきましたが、7年をし、ついにじゅうらいやくは全て使用し尽くし、効果が得られない状態になっていました。
 
 そのような中でも母は、前を向いて強く祈り抜いていました。そして弱まるどころか逆に私たちをはげまし、精神的な支えとなっていたのです。
 
 そんな母を身近で見ていると、周りを励ます中で母自身が励まされ、それが生きる力となっているのだと感じてきました。また、母がじょうな心でやまいと向き合えたのは、池田大作先生の折々の言葉はもちろん、同志から励ましを受ける中で、むねの中に「絶対に治してみせる」とのるぎないちかいが燃えていたからだと思います。
 
 そして家族で祈りを深める中、母は幸運にも新薬によるけんに参加することができ、それがこうそうして昨年6月に完全かんかいとなりました。
 
 闘病を経験した母は今、これまで支えてくださった同志への感謝を胸に、ますますはつらつと、周囲の人が幸福をつかんでいけるよう、励ましを送っています。

信念をつらぬいた人のかがや

 病気が回復する方がいる一方、だれしもしょうろうびょうからのがれることはできませんので、いつかは死をかくしなければならない時も来ます。そうした時にあってなお、さいまで人々のために尽くす信念を貫き、命をねんしょうさせた人には、その生き方に自らも続きたいと周囲に思わせるそうごんかがやきがあるというのが、これまで多くのりんじゅうの場に立ち会ってきた私の実感です。
 
 私がよく知る方は、びょうしょうにあってもいにおとずれる方々に励ましを送り、最期までぜんとし、あんじょうとしてりょうぜんへと旅立たれました。その臨終にれ、悲しみが込み上げながらも、安らかな顔を見て、“私もその方にじないよう、目の前の一人の人に尽くしていこう”という思いがき上がってきました。
 
 他者のために最期まで生き抜く学会員の姿は、一人から一人、また一人へと利他に生きる心を周囲に広げていく力になっていると確信します。

「健康の世紀」開くかぎの行動に

 かつて池田先生は「利他という行動にしょくはつされて、あらゆる生をはぐくむ、生命ほんげんの力が、や英知のエネルギーとなって、絶え間なくわきあがってくるのです」と指導されました。
 
 みなさんも、周囲の励ましにれて心が前向きになり、生きる力が湧いてきた経験があると思います。他者のために心をくだき、他者に勇気とかんあたえる行動には、自分だけでなく、周囲も健康にする力があるのです。
 
 まさに他者に尽くす行動こそ「命を守る土台」であり、その心が広がっていくことこそ「健康の世紀」を開くかぎであると思えてなりません。
 
 私自身、創価高校に通っていた時代、創立者である池田先生が目の前の一人一人の成長のために心を砕くいを目の当たりにし、利他の心の大切さとらしさを学んだことがしょうがいの財産となっています。そして、その出会いが、人々の健康を守る医師をこころざす原点となりました。
 
 自他共の幸福の道を開く最高の生き方を教えていただいた師への感謝を胸に、どこまでものうかかえる方々にい、真心の励ましを送りながら、地域の同志と共に利他の心を広げていく決意です。

〈プロフィル〉

 かねこ・ようこ 医学博士。専門は腎臓内科。創価高校卒業。筑波大学医学専門学群卒業。信州大学大学院博士課程医学研究科修了。社会医療法人若竹会「つくばセントラル病院」で腎臓内科部長、副院長などを経て現職。日本内科学会認定内科医・総合内科専門医。日本腎臓学会腎臓専門医・指導医。日本透析医学会透析専門医・指導医。創価学会関東ドクター部女性部長、女性部副本部長。