カイラシュ・サティヤルティさんに聞く2024年6月5日

  • 〈SDGs×SEIKYO〉未来を奪われた1億6000万人の子どもに自由と健康と教育を

©Kailash Satyarthi Children’s Foundation

©Kailash Satyarthi Children’s Foundation

 今月12日は「児童労働反対世界デー」。SDGsの目標8には「あらゆる形態の児童労働をなくす」ことが掲げられています。現在、世界の子どもの10人に1人、約1億6000万人が児童労働に従事しているといわれています。私たちは、児童労働の問題にいかに向き合うべきか――。児童労働撲滅のための戦いを続け、2014年にノーベル平和賞を受賞したインドの人権活動家カイラシュ・サティヤルティさんに聞きました。(取材=樹下智、山科カミラ真美)

 ――サティヤルティさんは26歳で電気技師の職を辞し、児童労働の問題に取り組み始めました。その動機について教えてください。
  
 私はエンジニアとして教育を受け、大学でも教えていましたが、幼い頃からずっと、子どもたちが直面する課題の解決に貢献したいと思っていました。しかし、何をすればいいのか全く分かりませんでした。1970年代から80年代の初めには、この問題に取り組む人など誰もいなかったのです。国連の「子どもの権利条約」も、まだ採択されていませんでした。

 電気工学を大学で教えていても、自分に正直に生きていないと感じ、仕事を辞める決断をしました。誰もやっていないのなら自分で道を探そうと決め、社会で最も搾取されている子どもや女性のための雑誌の刊行から運動を始めました。
  
 ――サティヤルティさんが80年に立ち上げた「子どもを救え運動」、その活動を海外に広げるため89年に設立した「南アジア子ども奴隷解放連合」では、どのように子どもたちを児童労働から救ってきたのですか。
  
 四十数年前、レンガ工場の強制労働から逃げてきた中年の男性と出会いました。レンガ工場のオーナーが、彼の娘を売春宿に売ろうとしていて、それを止めるために、助けを求めに来たのです。このことについて、雑誌で取り上げてほしいと彼から頼まれました。

 その話を聞いた時、彼女を何としても助けなければと思いました。何人かの仲間とレンガ工場を訪れ、強制労働を課されている人々を解放するよう迫りました。初めに計画していた通りにはいきませんでしたが、デリー高等裁判所に公益訴訟を起こした結果、35人の労働者を解放することができたのです。相談に来てくれた男性とその娘も自由の身となりました。

 以来、同僚と協力し、これまで13万人以上のインドの子どもたちを、学校にも通わせず、強制的に働かせ続ける奴隷状態から解放し、リハビリを行ってきました。奴隷状態や児童労働から解放された子どもたちの全面的な回復のためには、健康、教育、社会、文化、経済、心理、モラルといった、多角的な側面からのサポートが必要です。私たちは、子どもたちのために三つのリハビリ施設を運営しています。

 ここで、何千人もの子どもたちが、弁護士や教師など、何らかの専門家を目指すようになっただけではなく、慈悲の価値観を養い、責任ある市民となっていったことが、何よりの誇りです。

学校に行けずに働くインドの少年 ©Hindustan Times/Getty Images

学校に行けずに働くインドの少年 ©Hindustan Times/Getty Images

 その中から多くの若者が、児童労働、児童結婚、人身売買と戦うリーダーへと成長しました。

 今も何百万人もの子どもたちが、自分勝手な利益や他者の快楽のために劣悪な生活を強いられています。気付かないうちに、古い伝統、搾取的なシステム、大人たちの容赦なき貪欲さの犠牲になっているのです。

 児童労働は、教育を受ける権利に対する、最大の侵害に当たります。教育こそ、ジェンダー平等と社会正義、良い政治、包摂的な発展、効果的な民主主義のための鍵です。

 子どもたちの働く権利を主張する動きは根強いですが、児童労働を撲滅するための政府の責任を、世界中のどの国も否定はできないでしょう。児童労働の問題は、人権侵害に加担しない注意義務として、企業の社会的責任(CSR)に組み込まれています。さらに、大人たちの失業、世代間で引き継がれる貧困、そして健康被害が、児童労働が続くことによって永続的になっているとの国際的な学術研究もあります。

ILO条約に結実

 ――どれだけ子どもを救出しても、それ以上の子どもが新たに児童労働をさせられる現実を前に、サティヤルティさんは非営利団体「ラグマーク」も立ち上げ、カーペット業界における児童労働を大幅に減らすことに成功しました。
  
 ラグマークは現在、「グッドウィーブ認証」として知られています。この認証を受けたカーペットが、児童労働と無関係であることを証明するものです。消費者と生産者に広く受け入れられるようになりました。

 米国労働省の調査によると、80年代後半から90年代、南アジアのカーペット業界における児童労働者は100万人もいました。このうち多くの子どもたちが、人身売買に遭い、奴隷状態に置かれていました。その人数は15年後、20万人近くに減少したのです。

 グッドウィーブ認証は、他のビジネスセクターにも波及し、同じような認証システムが広がっていきました。経済界、政府、市民社会の組織が、社会の大義のためにいかに協力していけるかを示す好例です。経済発展も重要ですが、製品の供給網に人権侵害や児童労働があってはいけません。
  

児童労働に従事する子どもたち(提供元の要請で顔にモザイクがかかっています) ©Bachpan Bachao Aandolan

児童労働に従事する子どもたち(提供元の要請で顔にモザイクがかかっています) ©Bachpan Bachao Aandolan

 ――98年、「児童労働に反対するグローバルマーチ」を企画し、世界中のNGOや労働組合などに協力を呼びかけました。その結果、6カ月間、世界各地で児童労働撲滅を呼びかける行進が行われました。サティヤルティさんは、自身の活動について、非暴力の民衆運動をリードしたマハトマ・ガンジーの行動に触発を受けたと語っています。
  
 常にガンジーの教えを人生の指針として生きてきました。自由と教育の権利を奪われた奴隷状態の子どもが一人もいなくなった時、初めて人類は前進したと言えると、私は信じます。私はいつも、どれだけ不都合なことであろうとも、権力者に真実を言うことを恐れなかったガンジーの姿に鼓舞されてきました。

 「児童労働に反対するグローバルマーチ」は、「最悪の形態の児童労働」に対する国際法の制定を求めるものでした。

 〈児童労働の中でも、健康、安全、道徳面で有害な可能性が高い危険な労働、心身の発達を阻害する労働、人身売買や子ども兵士の徴用、強制労働などは、「最悪の形態の児童労働」と定義されている。その従事者は2020年時点で、児童労働に従事する子どもたちの約半数である7900万人にのぼる(日本ユニセフ協会の解説から)〉

 このマーチは、103カ国で総計8万キロを行進した、最大級の市民社会運動となりました。

 1500万人という、考えられないほど大勢の人に参加していただき、最終的には、スイスのジュネーブにある国際労働機関(ILO)本部にまで行進しました。それは、ILOが初めて市民社会に扉を開いた瞬間でした。

 一緒に行進した子どもたちは、「小さな手に仕事の道具はいらない。私たちは本が欲しい、おもちゃが欲しい。搾取はいらない、教育が欲しい」と叫んでいました。私たちの行進は、児童労働の問題を世界中に気付かせ、最も置き去りにされた人々の声を前面に押し出したのです。

 そして、1999年のILO第182号条約「最悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃のための即時の行動に関する条約」の採択につながり、それはILOの歴史で最も早く発効されました(2000年)。協力してくれた世界中の兄弟姉妹たちと共に、善の結果をもたらすことができたのです。

スイス・ジュネーブのILO本部へと行進した「児童労働に反対するグローバルマーチ」の参加者が、ステージ上でサティヤルティさんのスピーチを見守る(1998年6月) ©AP/アフロ

スイス・ジュネーブのILO本部へと行進した「児童労働に反対するグローバルマーチ」の参加者が、ステージ上でサティヤルティさんのスピーチを見守る(1998年6月) ©AP/アフロ

人類の進歩とは?

 ――サティヤルティさんが主導した国際的な運動が強力な後押しとなり、世界の児童労働は、2億5000万人(2000年)から1億5000万人(2015年)にまで減りました。
  
 98年の行進に参加した若者たちの、最も強く大きな正義の声が、今でも聞こえてくるようです。その場にいた多くの政府関係者は、こうした新たな英雄たちの声に涙していました。

 第182号は、わずか1年後に採択されました。全会一致で、これほど早く採択された条約はほかにはないでしょう。

 条約の効果は具体的な結果として表れました。99年から2015年の16年間で、1億人の児童労働者が救われたのです。この1億人の子どもたちだけではありません。搾取的な労働環境に陥るかもしれなかった多くの子どもたちに、教育の道が開かれたのです。

 2000年、初等・中等教育を受ける世代の子どもで学校に通えない人数は3億7600万人でしたが、15年には2億6300万人にまで減りました。世界の児童労働者数と、学校に通えない子どもの人数が、同時に大きく減ったのです。これは多くの関係者、また一般の方々による、継続的な協働の努力によって成し遂げられたものです。

サティヤルティさん(2列目中央)が、「児童労働に反対するグローバルマーチ」に参加する子どもたちと ©Global March Against Child Labour

サティヤルティさん(2列目中央)が、「児童労働に反対するグローバルマーチ」に参加する子どもたちと ©Global March Against Child Labour

 ――創価学会第3代会長の池田大作先生は、「子どもの権利条約」を巡るチョウドリ元国連事務次長との語らいで、「私たちは子どもの『声なき声』を拾い上げ、社会に反映できる仕組みを、さらに真剣に考え、迅速に手を打っていく必要がある」と述べました。これまでSGIは、子どもの権利の向上のため、展示の開催など、さまざまな取り組みを行ってきました。児童労働を撲滅し、「子どもの権利」が認められる社会を築く鍵は何でしょうか。
  
 私たちが直面するこの現実の中で、個人と社会において平和を育んできたインド創価学会の平和運動は注目に値するものです。創価学会の貢献は、公正、平和、持続可能な世界を促進するものだと考えます。

 1億6000万人(2020年時点)が、いまだ児童労働から解放されていません。これはただの数字ではなく、そこには子どもたち一人一人の人生があるのです。自由になりたいという願いや要求を、子どもたちは表現できないかもしれない。だからこそ、私たちがその「声」を拾い上げていかないといけません。

 数年前、コートジボワールの地方の村を訪れ、10歳から16歳の子どもたちと話す機会がありました。その全員の手や足に傷痕やけががありました。カカオ栽培農園で働いているのです。

 15歳の少年に私は尋ねました。「わが息子よ、チョコレートは好きかい?」。彼は他の少年を見ながら、「チョコレートって何?」と聞きました。彼らは「チョコレートなんて見たことないや!」と言うのです。

 巨大なチョコレート産業は、何十億ドルもの利益を生んでいますが、自由と健康と未来を犠牲にしてそこで働く子どもたちは、自らが栽培したものの味さえ知らないのです。これが、私たちが子どもたちに残したい世界でしょうか? これが、私たちの誇る人類の進歩と言えるのでしょうか?

 こうした子どもたちを“自身の子ども”なのだと感じられなければ、公正な世界などつくれるわけがありません。こんなに悪が満ちた世界に平和をもたらすことなどできないのです。

 子どもたちの苦しみに寄り添う慈悲を持つことから始めましょう。この世界を、もっと安全で、持続可能な場所にするために。それ以外に道はありません。慈悲の精神をグローバル化する必要があります。情報や市場、製品だけではなく、慈悲を全世界に広げなければならないのです。

ノーベル平和賞授賞式でスピーチするサティヤルティさん(2014年12月)。けがを負い、家族も脅迫されるなど、幾多の迫害にさらされながら、児童労働撲滅のために人生をささげてきた ©Nigel Waldron/Getty Images

ノーベル平和賞授賞式でスピーチするサティヤルティさん(2014年12月)。けがを負い、家族も脅迫されるなど、幾多の迫害にさらされながら、児童労働撲滅のために人生をささげてきた ©Nigel Waldron/Getty Images

 Kailash Satyarthi 1954年、インド生まれ。インド独立の父マハトマ・ガンジーの流れをくむ非暴力主義による人権活動家。「子どもや若者への抑圧と戦い、全ての子どもの教育を受ける権利のために奮闘している」ことを評価され、2014年にパキスタンのマララ・ユスフザイさんとともにノーベル平和賞を受賞した。その他、米国「ロバート・F・ケネディ人権賞」など受賞多数。