漏斗胸
- 「みぞおちなど“胸”が凹む」
- 骨の矯正で治す先天性の病
学校の健診などで見つかることがある「漏斗胸」。長年この病を診断・研究し、診療ガイドラインの作成統括責任者も務めた、香川大学医学部附属病院の永竿智久教授(形成外科)に聞きました。
〈症状〉
あばら骨が変形
心臓の圧迫も
――どういった病気なのでしょう。
肋骨(あばら骨)に起こる、先天性の変形症です。「みぞおち辺りが凹んでいる」「胸の形が左右非対称」「乳房の形に“ひずみ”がある」などの症状が現れます。
小さい頃は、外見以外で痛みなどの身体症状がない場合が多いのですが、変形を気にして外遊びがしづらく、本人の意に反して内向的な生活や性格になってしまう、といった影響も大きく出る疾患です。
体内では、凹んだ肋骨が心臓や気道を圧迫しているケースが多く見られます。変形の度合いが大きかったり、長年放置したりすると、「動悸、息切れ」「不整脈」「胸の違和感、痛み」「冷え性」などの症状が現れます。
漏斗胸は、直接命にかかわる病とはいえません。しかし、心臓が圧迫されているケースでは、体に負荷がかかり続けていることは間違いありません。
発症は、ほとんどが小児期です。以前は千人に1人といわれていましたが、現在では200人に1人がかかっている可能性も指摘されています。
〈患者〉
人知れず
悩むことが多い
――聞き慣れない病名ですが、患者は多いのですね。
男女比は約4対1とされていますが、この病は“胸”に起こる疾患です。人知れず悩んでいる女性は多く、実際はもっと多くの方が罹患していると考えられています。私どもの病院に来られる患者に、男女差はほぼありません。
患部や患者の悩みを見聞きする機会も少なく、患者数の割に知られていない疾患です。
――どのような方に発症しやすいのでしょう。
根本の原因は分かっていませんが、約半数は体格や骨の柔らかさ、気道の狭さといった、体質の遺伝が関係しているといわれます。
凹む箇所で圧倒的に多いのは、みぞおち周辺です。体の前方中央付近の肋骨は、子どもの頃は軟骨(肋軟骨)で、大人になるにつれて硬くなります。例えば、「肩幅が狭い段階でみぞおちの肋軟骨が成長し、横に伸びられない分、体の内側に伸びて凹む」といった複合的な要素も、原因として考えられています。
〈治療〉
胸にバーを入れ
骨を持ち上げる
――診断は?
胸の状態を確認すれば、ほぼ確定できます。CT検査を行うと、肋骨が心臓を圧迫している度合いも分かります。
肋骨の凹みを改善する効果が最も高い治療法は、「ナス(NUSS)法」と呼ばれる手術です。両脇を数センチほど切開し、湾曲したチタン製の金属バーを挿入して、体内で肋骨を押し上げて凹みを戻します。バーは数年後に抜きます。
ナス法は1998年に発表され、日本では翌年、保険適用となりました。手術には1~2週間の入院が必要です。術後3カ月~半年は運動を控える必要がありますが、それ以降はほぼ生活上の制限はありません。
――手術は早く受けた方がよいのですか。
大人になる前の肋軟骨は柔らかく、竹のような“しなり”があるため、凹みを解消しやすいといえます。とはいえ、あまりに早い段階で行う手術は、重症者以外には勧めておりません。
――なぜでしょう。
手術後に肋骨などが成長し、体内に入れたバーがずれたり、骨格に合わなくなったりして、体内を抑え付け、凹みが再発する場合があるからです。
また、手術では少なからず胸を切開します。特に女児では、後に乳房となって膨らむ位置が分からぬまま切開したことで、成長後に傷痕が目立つ位置に残ったり、乳房にひずみや左右差が生じたりして、再び悩んで手術を検討する方もいます。
学校を休み、運動を控える期間も発生します。総合的に考えると、手術に適した年齢は高校進学前、女児は13~14歳、男児は15歳ごろだと考えます。
なお、ナス法以前の主な治療法は、胸の正面を切開して骨を切るなど、負担が大きい手術でした。当時の技術では、胸に大きな傷痕が残る上に、効果も高くはありませんでした。
そのため、学校健診で指摘されたものの、医師から「漏斗胸は命を取られる病ではないから、治療しなくてもよいでしょう」と言われ、そのまま新たな治療法ができたことを知らずに、長年悩んでいる成人の方も多くいます。そういった方は、治療すれば、長年の心身の不調を改善できる可能性があります。
――心身の不調?
心臓の圧迫を取り除くことは血流を良くし、胸の締め付け感も解消させます。「冷え性で悩まなくなった」「胸の苦しさが消え、イライラしなくなった」といった患者の声はよく聞きます。
手術の前(画像左)と、手術後(同右)のCT画像。肋骨の凹み(上部)も、真ん中の心臓(白い部分)への圧迫も解消されている
〈注意点〉
矯正する対象は
乳房でなく“骨”
また、漏斗胸という病を知らない女性患者は、胸の形にひずみが生じている原因が“乳房”にあると捉えています。その場合、胸の形の矯正を、豊胸などと同列の、乳房の“美容整形”と考えているため、抵抗感が大きく、受診をためらいがちです。
――美容整形であれば、保険の利かない自由診療になってしまいますね。
漏斗胸は肋骨の先天性疾患であり、原因は乳房や乳腺でなく、“骨”の変形です。手術も、患者の希望がなければ、乳房には手を加えずに肋骨を矯正します。
乳房に手を加える美容整形は、保険適用外の治療であり、肋骨は矯正しません。“胸の形”という悩みは改善が可能ですが、心臓の圧迫と、それに伴う体の不調がある場合は、それを取り除けません。
胸の形は、おおむね「肋骨」と「乳房」から成り立っています。形にひずみがある場合は、どちらが原因なのか、本人が丁寧に触れば、おおよそ分かります。肋骨が原因だと思える場合は、漏斗胸の可能性を考えて、受診を検討してください。
〈特徴〉
目指すゴールに
個人差がある病
――どこに受診すればよいのでしょう。
一般的には「小児外科」「形成外科」「呼吸器外科」ですが、専門医は多くありません。漏斗胸は現在、凹みを治しやすくなったものの、個々の症例や要望に対応した幅広い治療が求められる病でもあります。
――要望に応じた治療?
患者が治療後に要望する“ゴール”は、「胸や骨の形」「傷痕の位置、大小」など、一人として同じではありません。そしてその症状や体の特徴は、「胸の凹みや左右差の度合い」「肋骨や肋軟骨、心臓の形、大きさ」「骨の柔らかさ」「身長と胸囲のバランス」など千差万別です。年齢も考慮しつつ、手術の時期や方針、例えばナス法でも、バーをどこから、計何本入れ、どの程度湾曲させるのか、などを総合的に検討します。
幅広い要望に応えるためには、外科の手術経験や臓器に関する理解も、少なからず必要となります。また、傷痕を目立たなくしたり、女性患者の多くが求める、乳房を美しくしたりするスキルも求められます。
特に、女性にとってはデリケートな病であり、医療側は“男性の漏斗胸とは別の治療である”と思って臨むくらいの、丁寧な配慮が必要になります。
ただ、そこまでのスキルがあったり、配慮が可能だったりする医療機関が少ないのが現実です。漏斗胸に関する情報は、日本形成外科学会や香川大学医学部附属病院形成外科などで公開しています。
日本形成外科学会
香川大学医学部附属病院形成外科