ジストニア
- 「自分の意思通りに筋肉が動かない」
- 脳の神経回路の障害
近年、イップスという言葉で、その症状の一端が知られるようになった神経疾患の「ジストニア」。同症で最も効果的な薬物治療を取り入れた草分けとして知られ、診療ガイドライン作成委員長も務めた徳島大学の梶龍兒特任教授に詳しく聞きました。
〈症状〉
無意識の運動ができなくなる
――ジストニアとは、どのような病ですか。
筋肉に異常な緊張や収縮が起き、自分の意思通りに動けなくなったり、動きが過剰になったりする疾患です。名前は、英語で「ジス(異常な)+トニア(緊張)」という意味で、病名にも症状にも使われます。
最も多い症状は「痙性斜頸」で、首が傾いたり、不自然にねじれたり、上下左右など一方向に首を回しにくくなったりします。頑固な肩凝りが起き、痛みが伴うこともあります。
次に多いのが「眼瞼けいれん」です。常にまぶしさを感じてまばたきが増え、次第に目が開けられない、パサパサする、などを訴えるようになります。手が震えて字が書けなくなる「書痙」や、前へ歩けなくなる脚のジストニアもあります。
スポーツや音楽におけるジストニアでは、それまでできていた反復運動が困難になります。
スポーツでは、ゴルフのパッティングができなくなる症状に「イップス」という言葉が使われますが、野球の送球、テニスのサーブなどの際に、手がしびれたり、こわばったりします。
――「イップス」は、ニュースなどでも聞いたことがあります。
ピアノなどの楽器演奏では、手や指の動きが、自分の意思で制御できなくなります。
なお、これまで挙げた症状は局所性のジストニアですが、「痙性斜頸」「眼瞼けいれん」が併発するなど、病状が周囲に広がるケースもあります。全身性のジストニアでは、体がねじれて寝たきりになったり、連日のように体がエビ反りになって救急車で運ばれたりします。こうなると生活の質(QOL)の低下にとどまらず、命にも関わります。
異常を来すのは、普段なら“無意識で動かせている運動”です。
――無意識の運動?
首を動かす時、“筋肉をこう動かして”などとは考えませんよね。まばたきも“まぶたを開閉しよう”などと考えず、無意識で行っています。字を書く時も、何の字を書くかは考えても、“どの指をどの程度動かして”とは意識しません。
代表的な症状
首が傾く
目が開けにくい
字が書けない
スポーツや音楽の症例
〈原因〉
筋肉を動かす伝達物質の過剰
――なぜ起きてしまうのでしょう。
局所性ジストニアの多くは、「動作の反復」「ストレス」「体質・性格」という三つの要因が引き金となって起こります。「同じフロアに苦手な上司がいて、日々、その席の方を向かないように動く」などでも発症します。
全身性ジストニアも含め、脳内では、筋肉の動きを命じるドパミン(ドーパミン)という神経伝達物質が分泌過剰になり、運動の脳神経回路に異常が起き発症します。過剰になる原因は分かりません。
全身性の場合、局所性から進むこともありますが、多くが薬剤や遺伝が要因です。遺伝性ジストニアは、国の指定難病になります。
精神疾患の治療ではドパミンの作用を抑える薬を多く処方しますが、その薬をやめたり減らしたりした後、しばらくして発症するケースが多くみられます。
――どういった方に起きやすいのでしょう。
男性より、女性に多く起こる病です。きちょうめんな性格の患者が多く、ストレスを感じやすいため、発症するとさらに悪化する傾向があります。年齢は、「痙性斜頸」は30~50歳代、「眼瞼けいれん」は40~70歳代に多く発症します。
病院では、症状の出方などを確認して診断します。
〈治療〉
効果の高いボツリヌス注射
痙性斜頸、眼瞼けいれんの治療は、筋肉の緊張を緩める「ボツリヌス菌(毒素製剤)」を2~3カ月に1回、局所注射します。繰り返し打つことで神経回路の改善を図り、約5年で半数の患者が完治します。効果は高いのですが、1回1万5千円~5万円(3割負担時)と、費用は安くありません。
――副作用は?
体に害が出ないように薄めてありますが、必要以上に多く体内に入れると、筋肉の力が弱くなりすぎることがあります。
――その他の治療法は?
抗コリン剤など、他の薬を内服することもあります。全身性のジストニアで救急搬送されるなどの重症者にはやむを得ず、神経回路を正常に戻す電極を、脳内に埋め込む手術を行うケースもあります。
他にも、生活指導でストレスのかかる「環境」「習慣」「動作」の改善を提案したり、筋緊張を和らげる呼吸法を試したりします。
禁煙で「書痙」が治るケースもあります。
――禁煙?
分泌が過剰になっているドパミンは、脳内の快楽物質をつかさどるといわれ、タバコに含まれるニコチンは、ドパミンを多く分泌させます。
ニコチン中毒は、ドパミン中毒ともいえますので、ジストニアを悪化させます。禁煙は有効です。
なお、ジストニアは、患者がスティグマ(社会的偏見)に悩まされることの多い疾患です。「字は書けないが、箸は使える」「右手ではピアノを弾けないが、左手では弾ける」「前へ歩けないが、後ろには歩ける」――こういった特徴が、ともすれば“本人の心の持ちようで、動かせるようになるのでは”と周囲に思わせてしまうからです。
しかし、同様に心のストレスが引き金で起きる胃かいようなども、治療法は薬物や手術等です。ジストニアも、本人の“心の持ちよう”では治療できない、複雑な神経疾患なのです。
〈注意点〉
肩凝りの人に同症の可能性も
――他に注意点は?
ジストニアは希少疾患といわれていますが、近年、悩む人が非常に多い「頸椎症(首の骨の変化などで痛む症状)」「肩凝り」「ドライアイ」などの症例で一定数、ジストニアの患者がいることが分かってきました。
「1カ月以上、首をいずれかの方向に回しにくい」「まぶしさが原因で、目が開けにくい」などで悩んでいる方は、ジストニアの可能性があります。お近くの脳神経内科や、日本ボツリヌス治療学会ホームページで検索できる「認定施注医」への受診を検討してください。
〈取材こぼれ話〉 知覚のフシギ
「ハンガー反射」と呼ばれる現象がある。針金ハンガーの三角形の内側を広げて頭の上から通し、こめかみ辺りを挟むと、三角形の底辺が圧迫した方向へ、首が意図せず旋回するというもの。
これは、ハンガーと接した感覚を、脳が“頭を回そうとする力が加わった”と勘違いして、筋肉を動かすからなのでは、と考えられている。
◇
触覚や視覚など、別の知覚を新たに“入力”することで、筋肉を動かす“出力”が変わることがある。このことは、1900年ごろから写真付きで文献に紹介され、ジストニアの治療に取り入れられている。
「頰や顎に手を触れることで、首の傾きが改善するケースがあるんですよ」と梶先生。一時的な改善がほとんどだが、他にも「サングラスをかけると、目のけいれんが治まる」といった例などがあるのだそう。
全く関係のない知覚を加えることで起きる、人体のフシギ。医療の現場では、さまざまな知見を駆使し、患者の負担を減らす努力が、今も続けられている。(聡)