〈危機の時代を生きる 希望の哲学――創価学会ドクター部編〉第19回 「薬」と向き合う
- 薬剤師 宮崎信一さん
長寿社会を支える医療。その最前線で働く友は、これからの時代を健康で生き生きと暮らすために必要なことを、仏法の健康の智慧から、どう見ているのか。「危機の時代を生きる 希望の哲学――創価学会ドクター部編」の第19回のテーマは「『薬』と向き合う」。調剤薬局を事業展開する会社に勤務する薬剤師の宮崎信一さんの寄稿を紹介する。
薬の飲み合わせに注意
現行の健康保険証は12月に廃止され、マイナンバーカードと一体化したマイナ保険証に移行される見通しです。
マイナ保険証には一人一人の健康診断の結果や病院での受診情報、薬剤の処方歴といったデータが蓄積されていくので、医師がそうした情報をもとに、適切な治療につなげていくことが期待できます。
また災害時の避難で処方薬を置き忘れたとしても、マイナ保険証を確認することで、被災地で適切な薬を改めて処方できるようになります。
もちろん、そうした情報を管理することは情報漏洩のリスクとも隣り合わせで、不安を感じる人もいるでしょう。そうした問題が起こらないような対策や、持たない人への柔軟な対応を進めていくことは当然とした上で、私たち薬剤師の立場からは、このマイナ保険証の導入によって一人一人の健康が守られるメリットの方を感じています。
例えば、さまざまな疾患を抱え、複数の病院で受診しているような患者さんの場合、これまでは各病院や診療所でどんな薬が処方され、何種類の薬を飲んでいるのかは、お薬手帳の提示といった本人の情報提供がなければ分かりませんでした。実は、ここにリスクが潜んでいます。薬の中には相互作用を起こすものがあり、結果として人体に悪影響を及ぼすことがあるからです。御書にも「病人に薬をあたえるには、前に服用した薬のことを知らなければならない。薬と薬が(体内で)ぶつかって、争い、人の体をこわすことがある」(新1829・全1496、通解)とある通りです。
研究では、高齢者は薬の種類が増えるほど身体に異常が起こりやすく、6種類を超えると、そのリスクがより高まることが分かっています。そこでマイナ保険証で処方歴を知ることができれば、医師または医師への薬剤師の提案などで薬の種類を減らしたり、副作用のリスクを低減する方法を考えたりすることができるようになります。
その上で今は花粉症の季節ですが、処方された薬との相互作用は市販の花粉症の薬でも起こり得ますし、健康食品として扱われるサプリメントでも薬との飲み合わせの悪いものがあり、副作用のリスクが高まる可能性があります。
そうした情報は、マイナ保険証では分かりませんので、医療機関にかかる際は、飲んでいるサプリメントなどの情報についても積極的に提供していただければと思います。このほか、薬の服用について悩んだ時は、医師や薬剤師に相談してください。
患者に薬の説明をする医師 ©SDI Productions/E+/Getty Images
人体は“一大製薬工場”
薬には病気を治し、症状を軽くする力がありますが、分量を間違え、服用のタイミングを誤ると毒にもなります。
それは最近、若者たちの間で問題になっている市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)によって死に至ったり、重い障がいが残ったりしていることからも分かるでしょう。
そもそも、創薬の歴史を振り返ると、毒から生まれた薬は数多くあります。
その一つが抗がん剤で、第2次世界大戦で使われたマスタードガスという毒ガスが開発のきっかけとなりました。マスタードガスを浴びた人は白血球が減少してしまうのですが、これを応用すれば、白血病やリンパ腫といった血液のがんの治療に使えるのではないかと考え、類似構造の化合物を作ったことが抗がん剤の開発につながりました。
また、トカゲの持つ猛毒が糖尿病の薬に、植物の毒が心臓病の薬の開発につながったこともあります。
このように、薬と毒は紙一重だからこそ、用量を守ることが大切なのです。また飲むタイミングで効き方に差が生じ、場合によっては副作用として出ることもあるので、用法を守ることも大切です。
薬の中には、食前(食事の20~30分前)、食後(食事の20~30分後)など、飲む時間を指定しているものもありますが、その時間は食事によって変化する胃の状態や体内への吸収の度合いを踏まえて決められていますので、可能な限り、守っていただきたいと思います。
加えて、薬は水よりもお湯で飲んだ方が、吸収が早いことも分かっていますので、ぬるま湯で飲んでいただくことをお勧めします。
多彩な食材をバランス良く
ここまで述べてきた薬は私たち薬剤師が扱う「医薬品」のことで、用法・用量が文書で定められているものですが、もともと薬は自然界にある植物や鉱物などから、さまざまな病気や痛みなどの治療に役立つものを経験的に見つけ出したのが始まりです。ここからは、そうした“広義の薬”という観点で話を進めます。
まずは「食事」です。
第2代会長・戸田城聖先生が人体のことを「一大製薬工場」と言われた通り、体内では、さまざまな病気と闘うために、薬の働きをする多彩な物質を作り出していますが、それも原料となる物質がなければ作られません。その原料の多くが私たちが摂取する食物であることから、日々の食生活を健康につなげる意味でも、魚や野菜、キノコ、発酵食品など、「多彩な食材をバランス良く食べること」が大切です。
とりわけ、日本では魚を食べなくなってきているので、日々の食事の中で意識的に取り入れていただきたいと思います。魚に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)といった脂肪酸には、血液をサラサラにして動脈硬化を抑える働きのほか、体内の炎症やアレルギーを抑える作用があることが知られています。
加えて野菜を食べることも必要です。緑や黄色、赤、オレンジ、紫、白と、色とりどりの野菜がありますが、そうした野菜にはビタミン、ミネラル、食物繊維が含まれ、老化予防や美肌効果などが期待できますので、さまざまな色の野菜を組み合わせて摂取することを心がけてください。
多彩な食材をバランス良く――この食事の心がけが健康の力に ©fcafotodigital/E+/Getty Images
仏教が教える「食」
仏教でも「食」を「薬」と捉え、食事の重要性を教えてきました。例えば「九横経」という仏典では、人間が寿命を全うできない理由を九つの点から明らかにしていますが、そのうち四つが食事に関することです。
一つ目は「食物としてはならないものを食物とすること」。毒キノコなどを思い浮かべるかもしれませんが、今日では人体に悪い食品添加物なども分かってきているので、そうしたものを控え、過剰に摂取しないようにすることも含まれるでしょう。
二つ目は「食べる量を測らないこと」。食事の分量のことで、暴飲暴食への戒めです。食べ過ぎは、肥満や生活習慣病を助長するので注意が必要です。
三つ目は「慣習に従わないで食事をする」。気候や風土に従わないことへの注意です。
それぞれの地域には、その地ならではの食材や季節に応じた恵みがあります。現在は保存技術や流通の発達で、年間を通して多彩な食材を手に入れることができるようになりましたが、それぞれの食材には旬の時期があり、その時期に栄養価が高いことが知られています。また、例えば夏に旬を迎えるキュウリには、身体の熱を冷まし、喉の渇きを潤す効果がありますが、冬に食べてしまうと、逆に身体を冷やしてしまうことになります。このように、旬の時期に食べるということは栄養面のみならず、身体の調子を整える作用もあるのです。
四つ目は「消化しないのに食すること」。十分かまずに飲み込んだり、不規則な時間に食べたりすれば、胃腸に負荷がかかります。
最近では、食べたものが消化され、空腹を感じるくらい時間を置いた方が身体に良いことが明らかになってきました。空腹の時、体内では「オートファジー(自食作用)」といって、細胞内にたまった古い酵素や不要なタンパク質などを掃除しているのですが、時間を置かずに食べてしまうと、不要なものが体内に残ってしまい、細胞の機能を保てなくなってしまうのです。
年齢を重ねると消化機能も衰えてきますので、おなかがすいていなければ、1食抜いたり、軽めの食事にしたりするといったことも意識していただきたいと思います。
こうした四つの食事の注意点は、現代科学に照らしても説得力があります。
心の持ち方も病と闘う“薬”に
“広義の薬”という観点では、食事だけでなく、運動や睡眠も大切です。運動には動脈硬化や心筋梗塞などの予防に効果があることが知られていますし、睡眠には疲労回復はもちろん、認知症のリスクを抑えるなどの効果があります。まさに、生活習慣が薬のようになるのです。
加えて、心の持ち方も薬となります。この点について、科学でよく指摘されるのは「プラセボ効果」です。プラセボとは「偽薬」のことで、例えばデンプンや乳糖でも、患者が効くと思って服用すれば、本物の薬を飲んだかのように痛みが止まったり、体調が良くなったりと臨床的に良い効果が出ることです。
このプラセボ効果を最初に調査結果として発表したとされる麻酔実験学者のヘンリー・ビーチャーによれば、約1000人のうち35%、実に3人に1人の割合で、そうした効果があったとしています。
心の持ち方が健康に影響を与えるということは、さまざまな角度で研究が進んでいます。例えば、カナダの大学の研究では、がんの自然寛解、つまり治療を行っていないのに、がんが消滅した患者について調べ、その患者の行動パターンなどから、「信じる気持ち」が寛解と関係すると結論づけています。
またアメリカの研究者は、心と身体のつながりを示す実験を行っています。
それは被験者を三つのグループに分け、第1グループには指などを動かす運動を3カ月間、実際にやってもらい、第2グループには頭の中だけでやってもらい、何もしない第3グループとの間で、どのような差が生まれるのかを調べたものです。その結果、実際に運動を行った第1グループは、第3グループと比べて指の強さが向上したのは当然のこととして、頭の中で思い浮かべた第2グループの人でも、指の強さが35%も向上したというのです。
強い気持ちさえあれば、全ての病気を乗り越えられるとは思いませんが、少なくとも心の持ち方が身体に変化をもたらし、病に立ち向かう上での力になるということは言えるのではないでしょうか。
空のカプセル。プラセボ効果はこうしたものでも起こる可能性がある ©Peter Dazeley/Photodisc/Getty Images
妙法こそ「第一の良薬」
御書の中にも、「薬」という字が多く登場します。その一つが「諸薬の中には南無妙法蓮華経は第一の良薬なり」(新155・全335)です。
妙法は、生命という根本の次元から人間をよみがえらせ、救っていく良薬である。この日蓮大聖人の確信の言葉に触れ、私自身も病を克服することができました。それは20歳の時に突如として起こったパニック障害です。
いつ発作が出るのか分からないという恐怖と、この先、どう生きていけばいいかという不安……。先ほどの御文に触れたのは、そんな時です。
そこから御本尊への向かい方が変わり、やがて最良の医師に巡り合い、私にとって最適な処方をしてもらう中で、体調も安定していきました。
その後も唱題を重ね、同志から励ましを受ける中で、自分の心が前向きに変わっていくことを実感しました。
発作が出たとしても、少しの間だけ我慢すれば治まるじゃないか。薬で症状も落ち着くのだし、この病気と上手に付き合っていけばいいじゃないか、と。
振り返ると、そう思えたことが薬になったのかもしれません。それまで病気の苦しみから目を背けてばかりでしたが、病気と真正面から向き合えるようになり、自分の力を信じられるようになったからです。その中で、いつの間にか不安がすっと消え、病を乗り越えることができました。
なぜ、大聖人は「第一の良薬」と仰せなのか。私の経験から言えば、それは題目によって最適な薬と出あい、題目によって心が薬のような役割を果たしたように、妙法には全ての“薬”の働きを自然と伸ばし、結果として最高の効果を引き出す力があるからだと思えてなりません。
かつて池田大作先生は、ドクター部のことを「二十一世紀の薬王菩薩」と呼びかけ、「医学で人を救う。そして、仏法で人を根本的に救う。これこそ世界の誰人もなし得ぬ、生命尊重の究極の道であります」と最大の期待を寄せてくださいました。
この限りない使命を胸に、人々が健康で生き生きと暮らしていける社会を目指して、力強く歩んでまいります。