〈ON GOSHO この一節とともに!〉 男子部教学室編
· 友の心に励ましの灯を
上野殿御消息(四徳四恩の事)
明「世界青年学会 開幕の年」へ、縁する友に仏法を語り広げる対話の実践が、真の報恩の道であることを学ぶ。
御文
法華経を持つ人は、父と母との恩を報ずるなり。我が心には報ずると思わねども、この経の力にて報ずるなり。(新1852・全1528)
通解
法華経を持つ人は、父と母の恩を報じているのである。自分の心には、恩を報じているとは思わなくても、この経の力によって報じているのである。
背景
本抄は建治元年(1275年)、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著され、17歳の青年門下・南条時光に与えられたお手紙である。
時光は7歳の時に父・兵衛七郎を病気で亡くし、信心強盛な母の支えのもと、若くして父の家督を継いだ。本抄を頂く前年ごろには、兄の七郎太郎を不慮の事故で亡くしたとも伝えられており、時光は一家の柱としても正念場にあった。
大聖人は儒教等の教えの観点から「四徳」、仏法の観点から「四恩」を挙げられ、社会の指導者として、また妙法流布の後継者として、兼ね備えていくべき人間的資質について述べられる。
そして、法華経を持つ人が父母をはじめ、あらゆる人への恩を報ずることができるゆえに、一筋に信心を貫いていくように呼びかけている。
解説
本抄の中で日蓮大聖人は、若くして重責を担った時光が勝利の人生を歩めるよう、現実に即した数々の指針を送っている。
冒頭では、古来、賢人らが人生の教訓として大切にした「四徳」と「四恩」についてつづられている。
まず「四徳」について、「父母への孝養」「主君への忠義」「友への礼儀」「弱い立場の人への慈悲」を挙げられている。これは、儒教の教えなどを踏まえ、仏法者の振る舞いを示すものとして、大聖人が独自に抽出し、位置づけられたと拝される。
次に、「四恩」について、仏法の観点から、人々のために尽くしていく生き方に直結する「報恩」の対象を四つ挙げられる。
第一に「父母への報恩」である。大聖人は、父の恩は須弥山よりも高く、母の恩は大海よりも深いので、何としても父母の恩に報いていきなさいと仰せである。
第二に「国主への報恩」。これは、衣食をはじめ、生活の営みが支えられていることへの報恩を指す。
第三に「一切衆生への報恩」である。生命は三世永遠であり、誰もが過去世において父であり、母であったと考えられる。ゆえに大聖人は、全ての衆生が恩ある存在なので、成仏するよう願うべきだと示された。
そして、第四に「三宝への報恩」である。三宝とは、仏教を構成する仏宝・法宝・僧宝であり、これらを大切に敬うことが修行実践の基本となる。
本抄では、「三宝の恩」の前提として、一切衆生にとって真に大恩ある経典、そして、四恩を報ずることのできる経典は何か、ということを示されている。
唯一、女人成仏を説き切っている法華経こそが、母の恩に報いることができる。ゆえに、法華経を持つことで、父も含めた親の恩に報いることができ、「四恩」の全てに報じることができるのだ。
大聖人は「我が心には報ずると思わねども」と仰せである。ましてや、時光は幼い頃に父親を亡くし、懸命に一家を支える母親の背中を見てきたので、母への恩返しを誓っていたことであろう。そんな時光にとって、法華経の信心を貫くことが親孝行になり、あらゆる人々への報恩にもつながるとの大聖人の励ましは、前進への希望になったに違いない。
私たちは誰しもが、家族や友人、職場の同僚、学会の同志など、多くの人々の力によって支えられている。なかんずく、万感の励ましを送り、進むべき道を指し示してくださった師匠の存在が、どれほどありがたいか。その大恩を知り、恩に報いようとする思いが、他者に貢献する行動につながり、自身を成長させる大きな原動力にもなっていく。
かつて池田先生は訴えた。 「『華果成就御書』には、『弟子が妙法を弘める功徳は、必ず師匠の身に帰する』(全900・新1211、趣旨)という原理が御教示されている。弟子が戦うことが、師匠への恩返しである。これが仏法である。人間の道である。ゆえに、広宣流布の拡大の闘争こそが、師匠への最大最上の報恩となるのである」
世界青年学会の構築へ本格的な出発の時を迎えた今、人間主義の哲学と創価三代の師弟の精神を語り広め、友の心に励ましの灯をともしていきたい。
その行動こそが、自身を支えてくれる人々、そして師匠への“報恩の証し”と確信する。