〈My Drama 世界の体験〉 先天性の病を抱える娘と共に――シンガポール

2024年1月26日

 

左から鄭婉鈴さん、娘の光慧さん、夫の杜達偉さん

左から鄭婉鈴さん、娘の光慧さん、夫の杜達偉さん

 12年前の1月、家庭にやわらかな光がともった。


 それは女の子だった。出産を終えた鄭婉鈴さんは、喜びに浸っていた。娘は家族を照らす太陽。いつの日か、周囲を照らす光になってほしい――。そんな思いを込め、「光慧」と名付けた。だが、やがて、娘が他の子と違うことに気付き始める。
 「お座りもできないし、首もグラグラのまま。1歳を過ぎても、歩く気配がなくて……」医師は「検査上、異常はない」と首をかしげた。経過観察の日々。小さな光が、かすんでいった。
 当時、鄭さんが暮らしていたのは故郷のマレーシア。ある日、病院で知り合った人が教えてくれた。
 「南無妙法蓮華経と唱えると、どんな悩みも乗り越える力が湧きますよ」 彼女は、マレーシア創価学会のメンバーだった。
 「それだけで、効果があるんですか?」。早速、題目を唱え始めた。
 「最初は、唱題の“簡明さ”に魅力を感じたんです。願いがかなうなら、と」入退院の日々ほどなくして「信心の功徳」だと感じる出来事が起きる。
 エンジニアである夫・杜達偉さんの仕事の都合で、隣国シンガポールへの移住が決まったのだ。同国で良医に恵まれ、娘が「コフィン・シリス症候群」だと判明した。
 重度の知的障がい、成長障がいをはじめ、濃い眉や厚い唇など、顔に特徴が出る先天性の病。抱いていた“違和感”の理由がはっきりした。と同時に、不安に打ちひしがれた。
 「娘の将来は、どうなるのでしょう?」医師は、この症例は極めてまれだと言った。民間のサポート体制はない。今後は、運動、言語のセラピーを進めていくしかない――。
 「つらい毎日でしたが、マレーシアの婦人部の方々が、私をシンガポールの学会員につなげてくださり、励まし続けてくれました。唯一の救いでした」2017年、鄭さんは心を定めた。
 娘のため、一家のため、御本尊を受持したのだ。夫と共に、シンガポール創価学会の会員となった。
 だが翌年、6歳になった娘に、さらなる病が襲いかかる。
 「周期性嘔吐症候群」。食事を取ると、すぐに吐いてしまう。それが何日も、長い時だと1週間も続く。
 「正直、娘と生きていくのがつらいと思うほど、落ち込みました。娘はコミュニケーションを取るのが難しく、表情を見て、状況を思い量るしかありません。嘔吐が続くと脱水症状になるため、すぐに病院に行かないといけないんです」
 入退院が続いた。病室のベッドに横たわる娘。小さな鼻には、栄養を体内に送るためのチューブが装着されている。
 “娘には、明るい未来はない……”。そう感じられてならず、胸が張り裂ける思いだった。
使命ある人生
 そんな鄭さんの手を固く握ったのは、学会の同志だった。
 娘の入院先へ、何度も来てくれる婦人部員がいた。その人には、幼少期に余命宣告を受けるも、信心根本に治療を重ね、今では学会の青年リーダーとして走る息子がいた。
 その先輩は、娘のベッドの横に身を寄せて、小声で共に題目を唱えてくれた。
そして言った。「折伏こそ、宿命を転換する直道です」。確信の響きがあった。
 ここから、鄭さんの対話への挑戦が始まる。
 「光慧、行ってくるね」
 友人をはじめ、同じ病院で仲良くなった患者たちに話をした。「南無妙法蓮華経って聞いたことありますか」「私が今、悲しみに負けず、前を向いて生きていられるのは、この信心のおかげなんです」
 対話した相手から、「ありがとう。元気をもらいました」と言われた時、不思議と自分自身も勇気づけられているように感じた。
 鄭さんは、学会では未来部メンバーの担当者も務め、多くの若い友を親身にサポートしていった。夫も黙々と働く傍ら、会合運営等を担う「王城会」に入り、活動に駆けた。
 夫婦で学会活動に励む中にあって、ふと胸に湧き上がるものがあった。
 “光慧が私たちに、多くの人たちと仏縁を結ぶ力をくれているんだ” 鄭さんの眼前に、再び光がともった。
 やがて、一家の「信心の実証」が大きく花咲いた。
 「念願だった、シンガポールの市民権を得ることができたんです」 これにより、医療費の補助が受けられるようになった。
 「さらにマイホームも手に入り、娘と暮らす最高の環境を整えることができました」また、娘の嘔吐症候群の症状は、時を経るごとに和らいでいった。わが子との、ささやかな日常の中に希望を抱けるようになった。そのこと自体に、信心の確かな力を実感する。
 鄭さんには、大事にしている小説『新・人間革命』の一節がある。
 「子どものなかには、難病にかかって、生まれてくる子もいる。その宿命に真正面から向き合うことは、親にとっても、あまりにも辛く、苦しいことにちがいない。しかし、皆が尊極の『仏』の生命をもち、偉大なる使命をもって誕生しているのだ」
 鄭さんは「まさに使命ある娘のおかげで、この仏法と出合うことができた」と感慨を込めて言う。
 「娘がこの私を、何があっても負けない、強い母親に成長させてくれたんです」
 そして、生き生きとした笑顔で、こう決意を語る。
 「これからも、たくさんの苦難があると思います。でも絶対に勝ってみせます。人々の幸福のために尽くす人生を、夫と、光慧と一緒に歩み抜きます」取材協力/シンガポール 「Creative Life・創価人生」誌