インタビュー 東北大学災害科学国際研究所 くりやま進一所長2024年1月20日

  • だれりにしない この姿せいが今こそ必要
  • 〈危機の時代を生きる 希望の哲学〉

 元日に発生した「令和6年半島しん」からもなく3週間。がいの全容がじょじょに明らかになり、さいしゃを支えるけんめいな活動が続いている。今後、被災地ではどのような課題が想定され、どういうたいさくが必要となるのか。災害科学などの研究を行うとともに、東日本だいしんさいきょうくんを国内外に発信する「東北大学災害科学国際研究所(災害研)」の所長で、災害こうしゅうえいせいがくせんもんとする医師のくりやま進一氏に聞いた。(聞き手=水呉裕一、村上進)

 ――東北大学災害科学国際研究所として、「令和6年半島しん」が発生した直後から、さいしゃの命を守るための情報や東日本だいしんさいきょうくんを次々と発信されていますね。
  
 「令和6年能登半島地震」のがいじょうきょうは、13年前の東日本大震災のこうけいかさなり、むねいためています。まずは東北大学災害科学国際研究所を代表し、地震でくなられたかたがたつつしんでおやみもうげるとともに、被災されたみなさまに心よりおいを申し上げます。
 
 私たち災害研では、地震発生直後から情報しゅうしゅうや情報支援を行ってきました。具体的には、工学、理学、医学、人文社会科学、情報科学、防災教育じっせん学などにわたる分野のせんもんが学外の関連機関とれんけいし、地震と津波のメカニズムの解明、被害状況のすいけいを行い、被災地への正確な情報ていきょう等につとめてきました。

ていたいおんしょうふせ

 ――今月9日には、災害研として、被災地調査を行う研究者の状況報告をはじめ、各分野の専門家が過去の教訓や最新の研究をまえ、どのような支援が必要となるかを発表する「そくほうかい」をかいさいされました。正確な情報をいち早く伝えるということが、大きなポイントだったと思います。
  
 速報会には、オンラインもふくめて2100人をえる方々が参加しました。“今、被災地では何が起こっているか”“今後、どのようなたいが予想されるか”に、大きな関心が集まっていると実感します。
 
 その上で、どのような支援を行うにしても、まずは正確な情報をもとにしなければなりません。“東日本大震災を経験した東北だからこそできる支援を”との思いで、被災地の状況をてきかくあくしつつ、過去の教訓を踏まえて、必要となるたいさく等をお伝えしました。
 
 中でも、発災当初からうったえてきたのは、被災地が冬のかんれい地域でもあり、「ていたいおんしょう」をふせぐことです。低体温症とは、たいしゃによって発生する熱と、体からげていく熱のバランスが取れず、体温が低くなってしまう状態のことです。最悪の場合、しんぱいていとなってしまうけんもあります。歯がカチカチとふるえる状態は、低体温症の初期症状ですので、注意が必要です。
 
 特にこうれいしゃの場合は、だんぼうのあるなんじょなどにいても、ざいたく避難をしていても、十分に食事が取れていないと、低体温症になる可能性があります。また避難所の様子などを報道で見ても、まだゆかの上に直接、とんいていたり、たたみの上でをしていたりする状況があります。たとえ布団を敷いていても、冷たい床や畳によって体温はうばわれてしまいます。支援が十分にとどいていない地域もあるでしょうが、可能なら「だんボールベッド」を活用してもらいたいと思います。だんねつ性能が高い段ボールベッドは、ぼうかんこうがありますし、高さがある分、高齢者は立ち上がりやすくなります。また、床に落ちたまつやホコリなどをむリスクもるので、かんせんしょうなどを防ぐことにもつながります。

「令和6年能登半島地震」に関する災害研の速報会。栗山所長が参加者の質問に答える(今月9日、東北大学で)

「令和6年能登半島地震」に関する災害研の速報会。栗山所長が参加者の質問に答える(今月9日、東北大学で)

デマ情報に注意

 ――を飲んだり、上着の下に新聞紙をめたりするだけでも低体温症の対策になるとびかける専門家もいます。これまで聖教新聞としても、電子版などで「避難生活中の健康を守るポイント」など、被災後の生活で注意する点をしょうかいしてきましたが、支援物資がなかなか届かない地域でも、そうした情報をもとに、一人一人が身近なところから対策を取ることが必要だと思います。
  
 まずは、そうした正しい情報をもとに、自分自身の命を守るための行動を続けていただきたいとせつに願います。その一方、正しい情報を得る上では、フェイクニュースがおうこうしていることもにんしきしておかねばなりません。
 
 災害研では、能登半島しんが発生した今月1日から7日間のX(旧ツイッター)で発信された情報をぶんせきしました。「地震」をふくむ発信数は250万件をえ、「津波」や「低体温」「能登+とうせき」「地震+薬」などに注目が集まっていることが分かりました。しかし同時に、今回の地震は“じんてきに起こされたものだ”と不安をあおる情報も見られ、「人工地震」を含む発信数は7万6000件を超えています。
 
 こうしたこんきょのないデマを流したり、ほかの人と共有したりすることは、どうかつつしんでいただきたい。またSNSエスエヌエスには、そうしたデマ情報が含まれていることも理解していただき、必ず「発信元」をかくにんし、正しい情報かをたしかめていただくことが大切です。

関連死へのねん

 ――さいについては今後、どのようなことをねんしていますか。
  
 いわゆる「災害関連死」の増加です。災害によるしょうの悪化や、なん生活などによる心身のたんによって命を落としてしまうことですが、2016年に起きた熊本地震では、この災害関連死が地震による直接死の4倍をえました。地震からたすかっても、まだまだ命を落としてしまうけんせいがあるということです。この災害関連死が起こらないようにすることが、今後の第一の課題です。
 
 現時点で心配なのは、せまい車中などでの避難生活でけっこうりょうを起こし、けっせんはいまってはいそくせんなどをゆうはつする「エコノミークラスしょうこうぐん」です。トイレに行く回数を減らすために水分きゅうひかえるというかたもいらっしゃいますが、それでは血流が悪くなり、エコノミークラス症候群のリスクを上げてしまいます。健康を守るためにも、必要な水分は取り、小まめな運動も心がけてください。
 
 また、かんせんしょうのまんえんによるはいえんなどの症状や、高血圧やとう尿にょうびょうなどのまんせいしっかんの悪化も心配されます。中には、ごろからふくようしていた薬を避難生活でちゅうだんせざるを得なくなった方もおられるでしょう。これが長期化すると、重大な健康被害を起こすことも懸念されます。「お薬手帳」を持っている方はけいたいしていただき、被災地をおとずれているりょうきゅうはんえんりょなく相談してください。

決して無理せず

 ――被災者の中には、2次避難(※1)でしたしんだ土地をはなれることにストレスを感じたり、きょうで仕事を続けることに対し、なやみをかかえたりしている方もいます。生活のさいけんを急ぐあまり、自分の健康状態をかえりみずに無理をする人もいるのではないでしょうか。そうした方々の心身の健康も懸念されます。
  
 災害関連死の過去の事例では、震災後のろうなどによって心不全や肺炎などを発症したり、地震のショックやしんへのきょうが原因で急性しんきんこうそくを起こしたりしたことがげられています。被災地でらす方々には、決して無理をしないでいただきたいと思います。
 
 災害研では、東日本だいしんさいの教訓をもとに、「災害後のこころの健康のための8ケ条」を作成しましたが、その中で強調していることも“自分を追い込まないようにして休みを取ること”“つらいことは一人でまんしないこと”などです。自分自身の健康を守るためにも、決して無理をせず、悩んでいることは家族や周囲の人に話し、気持ちを分かち合うことを心がけてください。
 
 また、災害がおよぼすえいきょうは、決していっせいのものではありません。東日本大震災の被災地では、おくそんかいの程度が大きいほど、まんみんきつえん、うつ、さん高血圧のリスクがじょうしょうすることが報告されています。家の再建や仕事のことなど、自分のしょうらいとおしを持てるかどうかがメンタルヘルスに大きく影響することから、行政には生活再建も含めた一日も早い対策を期待したいと思います。
 
 そのほか、被災地の子どもたちに対するけいぞくてきな教育支援をはじめ、あらゆる分野で課題がき上がってくると思いますので、支援をれさせないことが必要となるでしょう。
  
 (※1)被災地の避難先から、インフラの整ったホテルや旅館などの安全な場所に移ること。

災害じゃくしゃはいりょ

 ――くりやま所長は、速報会で“だれりにしない”というてんが大切だと強調されていましたね。
  
 東日本大震災では、災害関連死の4人に1人がしょうがい者だったことが分かっています。これは避難生活の中で、障がい者が意見をべる場がなく、適切な対応を受けられなかったことが原因です。その教訓をまえ、「仙台防災わくぐみ2015―2030」(※2)がさいたくされた第3回国連防災世界会議をきっかけに、「インクルーシブ防災」の必要性がさけばれるようになりました。これはろうにゃくなんにょわず、障がいがある人もない人も、誰も取り残さないことを目指した防災の理念です。災害関連死を起こさないためにも、この防災のあり方が今こそ大切であると確信します。
 
 インクルーシブ防災については、じょじょに理解が進んでいますが、まだまだ課題も残っています。
 熊本地震を経験した育児中の女性へのアンケートを見ても、小学校に避難している時に、「おにぎりをくばりますので、ならんでください」とアナウンスがあったが、1歳と3歳の子どもを一人で見ている状況では並ぶことができず、食事が手に入らなかったという声がありました。また今回の能登半島地震の被災地からも、医療的ケアを必要とする方から「周囲も大変なじょうきょうの中なので、支援や協力を申し出ることにもうわけなさを感じている」との声がとどいています。
 
 こうした“災害弱者”から順番に取り残され、命を落としてしまうのが災害のげんです。
 まずは、自らの行動や努力だけでは、自分の命を守ることができない人がいることを、周囲の人たちが知ることが重要です。
  
 (※2)2015年に仙台市で行われた国連防災世界会議で採択された、2030年までに災害の被害者数低減などを実現するための指針。

苦しむ人にうため
求められる地域社会のちから

 ――そうしたはいりょが大切とは分かっていても、被災地の最前線では、自分や家族のことでせいいっぱいで、他者のことに気を配るのがむずかしいという状況もあるかと思います。
  
 そうした状況にあることも、よく分かります。だからこそ、まずは支援活動にたずさわる人や、2次避難先で受け入れるがわの人などに“誰も取り残さない”との意識を持っていただき、一人一人の声にていねいみみかたむけていただきたいと思います。
 
 私自身、これまでインクルーシブ防災をすいしんする上で、さまざまなケアが必要な方に、だんの生活や震災の時、何にこまったのかなどを聞いてきましたが、話を聞く中で、初めて気付く課題も少なくありません。
 
 医療的ケアを必要とする仙台市在住の20代のある女性と、そのお母さんに話を聞いた時のことです。
 この女性は、車いす生活をなくされているのですが、人工きゅうなどの必要不可欠な荷物が8個もあり、車いすも含めると90キロもの重さになることを教えていただきました。
 そうした状況も踏まえ、これからの災害にそなえる「個別避難計画」をいっしょに作ってきましたが、その中で、一番困っている人を守ろうと思って考えたしゅだんもちいれば、より軽い障がいの人はもちろん、あらゆる人を救っていけることを実感しました。今では、それが“誰も置き去りにしない”一番のちかみちだと信じていますし、そのために必要なことは、それぞれが自分のいる場所で、そうした身近な一人一人の声に耳を傾け続けていくことだと思っています。
 
 もちろん、そうしたコミュニケーションは、災害が起こる前も大切ですが、災害が起きてからのほうがもっと重要で、今こそ必要になっています。

被災地の同志は、池田先生が東日本大震災の折に贈ったメッセージを手渡しながら励まし合っている

被災地の同志は、池田先生が東日本大震災の折に贈ったメッセージを手渡しながら励まし合っている

 ――今後、県外でも避難者を受け入れる「こういき避難」が進んでいくことがほうじられています。身近な人の声に耳を傾ける姿勢は、決して被災地だけの話ではなく、他地域に住む人々にも求められているのではないでしょうか。
  
 「広域避難」などで被災者を受け入れる地域のかたがたには、一人一人の多様な状況に、少しでもっていただきたい。
 その上で、身近な人の声に耳を傾ける姿せいというのは、たとえ被災者を受け入れている地域でなくても、また障がい者が身近にいなくても、必要なものだと思っています。
 例えば今回、しんせきや家族が被災した人が身近にいるかもしれません。また、今回の被災地でなくても、過去の災害での経験がフラッシュバックして、心身の調ちょううったえる人もいます。
 
 そういった意味では、創価学会をはじめとする、さまざまな地域社会のちからが必要です。
 “誰も置き去りにしない”“苦しんでいる人のためにくす”という思想は、創価学会の考え方でもあるとにんしきしていますし、現実として人の生きる力をささえていますよね。
 今こそ、みなさんには、身近な人の声に耳を傾け、なやみ苦しむ人がいれば、気持ちを受け止めていただきたいと思います。
 立場や役目はことなりますが、私たち災害研としても、被災地の方々のために総力を挙げ、“誰も置き去りにしない”支援を続けていく決意です。
  

プロフィル

 くりやま・しんいち 1962年生まれ。医学博士。専門は分子疫学、災害公衆衛生学。東北大学理学部物理学科、大阪市立大学医学部医学科を卒業。大阪市立大学医学部附属病院第3内科医師、民間企業医師、東北大学大学院医学系研究科環境遺伝医学総合研究センター分子疫学分野教授などを経て、2012年に東北大学災害科学国際研究所災害公衆衛生学分野教授に就任。2023年から同研究所所長。