わが師の法話のテープを解きおこし、記録したものです。
病いの因縁を断ち切る(3)
私は願わくは救いたい。
あなた方一人を通して、まずあなた方を朝晩に面倒を見てくれている人、
いっしょに生活をしている人、いっしょに助け合って励まし合って生きている人。
そして、この中に、
もし、例えば金を持っている人がいたら、子どもの世話にならんでいい・・・と、
例えば、病院でもどこでも好きな所がある・・・と、思うような方があったら、
一生病気は治りません。そこも忘れないように。
まず、相手を傷つけて、己れが救われるはずがないということです。
皆さんは、今日は一生懸命、祈願してもらおうと思って来られたと思います。
一生懸命祈願して、元気になって社会復帰しようと、また、
もしくは連れ合い、親戚もしくはそれに関わるところの親しい方、
その方に相成り変わって来られたことと思います。
根源は「病いは気から」ということ、
何かそこに悩み苦しみ、どうにもならない念いが存在するから、
人は嘆き、人は闇世に行くのです。
その霊たちは、生きている時代救われなかったら、
迷界という迷いの世界に行きます。
その迷いの世界に行った霊たちは何かの形で子孫の障げになります。
「生きている時代に救われよ」ということです。
そのためには皆さんご自身が、自分の心が清らかになるように、
体の痛さがあれば、心まで痛まないように。
そのためには一生懸命念いやりを周りに注げるように。
そして、ご自身を産んでくれた親、子供を産んだ経験のある方もいらっしゃる・・・、
私が見たところ一人かな、子供を産んでいない人・・・
あなたは替わりの子供がいるでしょう?
まず、親子というのは、自分のお胎を痛めた子供、
その子供を守るのは産んだ責任です。
それに対して愚痴を出すということは、子供自体を一生懸命一生懸命育てる
育て方が足りなかったということです。
肉体的に一生懸命に働く・・・、子供を育てる・・・、これは親の義務です。
かって、あなた方の親がそうしたように。
それを感謝に変えるか、それとも逆に愚痴になるか?
愚痴になる人は、子供もさぞ愚痴を出すことでしょう。
しかし、感謝の日々を生きる人は、子供も長生きしてもらいたいと念うことでしょう。
・・・つづく・・・