貪(とん) 瞋(じん) 癡(ち)Ⅱ 懺悔文(8)
貪(とん) 瞋(じん) 癡(ち)
これに従ってきた自分の行動、
自分の身で行ってきた行動、
そしてまた言葉に述べて知らず知らずに犯した罪咎、
また、念い違い・考え違い・とらえ違いによって出してきた言葉、
自分の勝手のいいように解釈しようとする心・・。
これらに、感謝の心があれば、
すべてが赦され生かされます。
しかし、己れという殻にだけ閉じこもっているときは、
これがみな悪い形になって出てきます。
あれだけ一生懸命やってきたのに、
なぜ自分は満たされないのだろうか?・・と。
その心が消えない限り、それに気づくまで、
また同じことを与えられます。
なぜならそれに気づかないことには、
自分自身の悪い面の煩悩が消えないからです。
※聖大志様の法話のテープを
そのまま書いている部分があります。
口語を文語にしている部分は
多少理解し辛いと思います。
ご容赦願います。