憧れのプレスライダーになり、日々先輩にドヤされながらも楽しい毎日を過ごしていました。

平日のルーティーンとしては、朝夕は納本。ようは新聞配達です。官庁街にある各省庁の中にある記者クラブへ、出来立てホヤホヤの新聞を配るのです。当然、ガブではなく持ち込んでいる自分のオートバイです。バイク便みたいにリヤに箱なんて積んでいないので(絶対に積まない!)リヤシートに常時装着しているチューブを切ったゴムでしっかりと固定し、当然全て積めないので、コロナのタンクバックの上に積んでから同じくゴムバンドで固定するとほぼアゴの高さまできます。



ので、落ちないように両腕で挟みながら走ります。今でこそあまり見られませんが、俗にいわれた「プレス乗り」というのはここらきていました


肝心のオートバイは、当時は圧倒的にRZ250かCBX400。YAMAHAかホンダが支流で、SUZUKIやカワサキは少なかったです。そしていじり方は、ハンドルは出来る限り短くカット。ミラーはSRの純正をステーをこれまたカット。またはナポレオンのラジカルミラーをやっぱりカット。ウインカーは小さい社外製の物に交換。車種は何であれ、すり抜けの為にとにかく幅を狭くするのが第一!

あとは、さりげいステッカーをセンス良く貼ってましたね~

ALBIやyuzo等メジャーではないレース関係の物で、ヨシムラやモリワキはまず貼っていませんでした。

そして、社旗・コロナのタンクバック・ワニ口クリップの三点セット!社旗は普段は上下から三角折にしてからグルグル巻いてクリップで固定。決まりはなかったが、緊急で急ぐ時に広げてなびかせてカッコつける(笑)。コロナのタンクバック。命よりも大事な原稿やフィルムを入れるのに必須です。コロナからはシルバーのビニール製の物を出ていましたが、プレスの業界では、幌布でカーキ色の物しか使いません。本来の使い方ととは前後逆向きに付けてゴムバンドで固定し、社旗を棒に付けない人はビニールの中に入れていました。ワニ口クリップ。これは首都高券(当然ETCなんてナイ)をミラーのステーに挟むために必須。

こんなスタイルで走る官庁街。

近所だけど楽しかったのが、宮内庁行き。その都度、社から支給される腕章を腕に付け、通行許可証をタンクバックに入れて行くのですが、一般車は(人も)入れない広~い宮内庁に馬場先門から入り、修学旅行の団体さんの注目を浴びなが疾走出来るのです!屈強な門の前には沢山のお巡りさんがいて、腕章と許可証を確認すると「ご苦労様です!」と門を開けてくれます。この瞬間が一番気持ち良かったですね~。野球。僕は野球には興味がなかったのですが、デスクの配慮で野球好きな人を優先して行かせてくれていました。後楽園、横浜球場、たまに西武球場まで行き、記者席の真横の特等席で待機。記者さんが撮ったフィルムと原稿を預かり全速力で社に戻ります。

と、色々な仕事があるのですが、(細かくいえば他にも沢山)一番緊張するのが「追っかけ」です。今でもたまに見る、芸能人や有名人が拘置所から出て車で移動するを沢山のオートバイで追跡するのではなく(当時もありましたが)記者さんが乗るハイヤーの後を付いて行き、事件・事故現場まで行くのです。今ほど報道規制が厳しくなかったので、現場ギリギリまで行き、生々しい場面に遭遇します。ここで原稿とフィルムを受け取り、全速力で社に戻るのです。時間帯によっては入稿の締め切りに間に合いません。他社に負けないスクープが特ダネになるかならないかは、全て自分のライディングに掛かっているのです!幸い?残念?ながら自分が在籍していた時には誰でも知る大きな事件・事故はありませんでしたが、自分が入社する少し前に、羽田沖の日航機墜落事故と、ホテルニュージャパンの火災がほば同時に起きて、先輩方は1日中、羽田と赤坂を往復していたそうです。

社旗をなびかせていれば白バイも見逃してくれるとよく言われていましたが、それは自分達よりももっと前の話で、自分の時代ではしっかりと捕まってくる先輩も結構いました。でも、白バイさんとはお互いにオートバイ乗って仕事をしている間柄か、街中で遭うと必ず挨拶をしていましたね。

あと、「すり抜け」。

何故に報道がオートバイを使うか?。

単純に、急ぐ案件が多いからです。その為には当然すり抜けをします。ただ、彼らにもそれなりのプライドがあり、どんなに飛ばしてもスマートに。事故を起こさないのはもちろんの事、車のドライバーを驚かせないように気を使っていたのです。と、言ってもはたからみたらどう見てもムチャな運転してるな~と思われていたと思います。

インターネットが普及して、原稿はおろか写真まで瞬時に送れてしまう現在では、プレスライダーの仕事はほぼ無くなりましたが、官庁街や皇居周辺ではまだ走られていますね。ただ、昔みたいにすり抜けはせず、信号待ちでもちゃんと車の後ろで並んでいますね。


憧れが叶ってようやくなれたプレスライダーですが、たったの半年で事故を起こして退社しました。。