マタイの福音書 17章20節
イエスは言われた。
「あなたがたの信仰が薄いのです。まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。」
☆ 創世記が教える、山をも動かす5つの信仰心☆
【一覧】
1 真心からの礼拝、精一杯の捧げもの(献金・献品)、誠心誠意ある奉仕
2 神のみことばを優先順位の第1に置いた生き様(生活習慣)
3 自分の生活向上や問題解決だけでなく、神の国拡大のためにも、毎日を費やすこと
4 何もかも神様に明け渡すことができる姿勢と生き様。
神様に対する絶対的信頼。
5 神のみことばの超常識や奇跡を、自らの常識とするパラダイムシフト。
【みことば&メッセージ】
1 真心からの礼拝、精一杯の捧げもの(献金・献品)、誠心誠意ある奉仕
【信仰の型】:アベルの信仰(創世記4:2~17)
アベルは、信仰により、神様に対し、
・真心からの礼拝、神のみことば通りの礼拝
・精一杯の捧げもの(献金、献品)
・誠心誠意ある奉仕
を捧げ続けた。
弟アベルは、最高の子羊の初子を捧げたが、兄カインは、普通の農作物を捧げた。
このように、アベルは、大切な生活の糧をみことば通りに、さらにはそれ以上に最高なモノを捧げて、神愛と神礼拝を表した。
これに対し、カインは、みことばの解釈を誤り、自分本位に考えて農作物を捧げてしまった。
その結果、神様のみことば通りに、真心からの礼拝、最高の捧げ物をしたアベルは、神様から最高の報いと永遠の栄誉を手に入れることができた。
これに対し、みことばを自分の都合で曲げ、身勝手な礼拝や捧げ物をしてしまったカインは、特別恩寵ではなく一般恩寵を受けるにとどまり、さらにはアベルへの嫉妬心を刈り取ってしまい、結果、永遠の呪いをも引き出してしまった。
ヘブル人への手紙11:4
信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。
2 神のみことばを優先順位の第1に置いた生き様(生活習慣)
【信仰の型】:エノクの信仰(創世記5:21~24)
神のみことばを優先順位の第1に置いた生き様(生活習慣)。
エノクは、毎日、何よりも、誰よりも、みことばに従順に生き続けることを、人生と生活の優先順位の第1として生きた。
神様は、その報いとして、人生で一番辛いとされる病の痛み、死の苦しみ、人生での最悪の試練を全て免除され、エノクは生きたまま、神の国へと携挙された。
創世記5:24
エノクは神とともに歩み続けた。神が彼を取られたので、彼は(苦しまず、死なずに)いなくなった。
☆ポイント
みことばに従順な人は、必ず、痛み、苦しみ、試練を短くされて取り去られる。
そして、いつも幸福を感じる人生や、神の奇跡さえも引き出すことができる。
3 自分の生活向上や問題解決だけでなく、神の国拡大のためにも、毎日を費やすこと
【信仰の型】:ノアの信仰 (創世記6:5~9)
神の国拡大のために、毎日を費やした。
創世記6:22
ノアは、すべて神が命じられたとおりに(生活)し、そのように行った(=箱舟を作り続けた)。
ノアは、毎日、2つのことを決して怠らずに、行い続けた。
①神のみことばの警笛を宣べ伝え続けた
②箱舟を作り続けた。
このように、ノアは、世界人類の罪悪と神の裁きの終末のみことばを素直に信じて、家族ともども祈りつつ、生活習慣を悔い改め、
毎日、神のみことばの警笛を伝え続けながら、大洪水から救われるための箱舟つくりだけは怠らなかった。
※なお、新約聖書の教える箱舟とは神の教会のこと。
☆ポイント
ノアのように、みことばの終末の預言を堅く信じて、隣人に福音を語り続けながら、毎日の仕事と現代の箱舟である「教会」形成をしっかり立てあげようとする人々とその子孫たちに、あなたの父なる神様は、特別な助けと最大の報いを与えられる。
自分の生活リズムと神の国拡大の働きを、バランス良く生きることが重要。
4 何もかも神様に明け渡すことができる姿勢と生き様。神様に対する絶対的信頼。
【信仰の型】:アブラハムの信仰(創世記17:3~14)
何もかも神様に明け渡すことができる姿勢と生き様。
神様に対する絶対的信頼。
アブラハムは、みことばを聞いた時、昨日までの住み慣れていた町、人間関係、仕事、家、生活のすべてを手放す信仰を持っていた。そして、自分の行きたいところではなく、みことばの示すままに、行き先の分からないまま、自分だけのためではなく、未来の子孫や神の民のための約束の地を探す旅に出かけた。
さらには、アブラハムにとっての一番の宝物であるイサクさえも捧げられる信仰をも持ち、それを生き様にした。
この信仰が、神様に義と認められ、アブラハムは現在でも世界中の「信仰の父」として敬愛されている。
ローマ人への手紙 4章19~22節
19 アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。
20 彼は不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、
21 神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。
22 だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
ヘブル人への手紙 11章17~19節
17 信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。
18 神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、
19 彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは(信仰の)型です。
ローマ人への手紙4章18節
アブラハムは望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。
創世記17:6
(神は、アブラハムに約束された。)
わたしは、あなたの子孫と民族をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民の父とする。また、あなたの子孫から、王たちが出て来よう。
☆ポイント
アブラハムのように、
この世の人生や自分のしたいことばかりに捕われ過ぎず、
神のみことばの約束を堅く信じ、未来の子孫や神の民のための行動を選択するとき、
その人と子孫たちには、伝説になるほどの神の恩恵が注がれる。
ただただ、神様に信頼すべき。
5 神のみことばの超常識や奇跡を、自らの常識とするパラダイムシフト。
【信仰の型】:サラの信仰(創世記17:15~19)
神のみことばの超常識や奇跡を、常識として堅く信じた。
サラは、一般常識よりも、みことばの奇跡や超常識を、常識として受け入れて生きた。
アブラハムの妻であるサラは、高齢であり、医学的には妊娠出産はあり得なかった。
しかし、常識よりも、超常識的なみことばの約束を100%信じることができたために、人生最高の喜びとなった 子イサクを生むという奇跡を手にした。
創世記18:14~15
14 主に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、高齢のサラには男の子ができている。
15 サラは「私は笑いませんでした」と言って打ち消した。(主のみことばが)恐ろしかったのである。
☆ポイント
主に不可能はないと、心から信じて告白できる者にだけ、現代医学や科学を超越した神の奇跡が任される。
あなたの主イエスに不可能はないと信じることが、信仰なのである。
以上。
