クロスカのブログ -9ページ目

クロスカのブログ

ブログの説明を入力します。

 男女の恋の基本はひと目ぼれ。結婚と恋愛は別物で、恋愛の基本はひと目ぼれだ。なぜか知らないが、初めて見たときに、たとえ遠くから眺めただけでも、ドキッとする何かがあり、惹かれあう。まあ、そうありたいという願望も入っているのだが。

 映画『シンデレラ』でも、シンデレラと王子様がお見合いをして、結婚してから、家庭を築いていく中で愛が芽生えてくるなどということは言わない。意地悪な継母とその連れ子のブスの姉妹にさんざんいじめられて、亡き実母から言われた「勇気と親切」の心を抱き続けるのが苦しくなったシンデレラが、裸馬に乗って(すごい女優)森の近くを走り回って、気晴らしをしていると、家来を連れて狩猟をしている王子様に出合い、シンデレラは王子様の身分に気付かず、王子様も自分の身分をあえて明かさず、二人は惹かれあいながら、バイバイする。王子様はシンデレラのことが忘れられず、王様や宰相に政略結婚のお見合い話を押し付けられそうになるが、何とかそれを断っている。そんな感じ。それで、王子様はシンデレラにどうしても再会したいので、舞踏会を開いて、国中の未婚女性をすべて招待するのである。

 この映画は、そこからが伝統的なシンデレラの物語の話になるのではないかな。継母は王子様に娘が見初められることを期待して、舞踏会に出かけるが、苛め抜かれているシンデレラは連れて行ってもらえない。家に残って泣いていると、魔法使いが現れて、カボチャを馬車に、ネズミを馬に、トカゲを御者に、アヒルだったかな、とにかく、魔法で馬車を用意して、ドレスもガラスの靴も用意してくれて、舞踏会にいくのだった。そして、ガラスの靴が片方脱げたまま、魔法が解除されてしまう午後12時の鐘が鳴る前に大急ぎで宮殿を去り、宮殿に残されたガラスの靴を頼りに王子様がシンデレラを探し出す。ほんとにうらやましい話だ。

 で、問題なのは、シンデレラが舞踏会にいって、王子様に見初められたのではなく、その前に二人は森の中であっていて、そこで互いにひと目ぼれをして惹かれあっていたということだ。実は二人の恋愛はこのときにはじまり、かつ完成していたのである。しかし、互いに惹かれあう純愛は、いろいろな障害に邪魔をされて、成就しないことが多い。それが悲恋物語なのである。シンデレラの話はハッピーエンドで、その純愛を妨害する要因を、二人の強い絆と、王子様(のちに王様)の絶対権力と、魔法の力によって、取り除いて、愛する二人が結ばれるのである。純愛を妨害する要因の象徴として表現されているのが、継母と、ブスの連れ子の姉妹である。

 さて、ここで問題なのは、人間の男女は、どうしてそういう風に強い恋愛感情を抱いて、惹かれあうのかということだ。その感情は、ときに死の恐怖よりも強い。ロミオとジュリエットとか近松の心中ものとか、男女は愛を貫くために死を簡単に選べるのだ(簡単じゃないかな)。

 NHKのドキュメンタリー番組で、その問題を謎解きしているのがあり、すごく感動したことがあるので、ここではそのまま書いておく。その答えは、二足歩行とドーパミンである。人間は、進化の過程で二足歩行をするようになり、そのために骨盤が小さくなり、女性の産道も狭くなったので、赤ちゃんをお母さんの胎内で十分に大きくしてから生むことができなくなったという。そこで、赤ちゃんは非常に未熟な状態で生まれてくるので、育児がものすごく大変で、お父さんとお母さんがすべての生活をそのために費やして、数年間、赤ちゃんを育てないと、赤ちゃんは生き残れない。これを実現するためには、人間の男女、いや雄雌というべきだろうか、そのペアが強い絆で結ばれて、子供が安全なくらい大きくなるまで二人で子育てに専念しなければならない、このような事情で、人間の男女は、いや、雄雌は、遺伝子レベルで、少なくとも子育ての間、離れられないくらいの恋愛感情に支配される特徴が形成されたのだということ。

 さらに、NHKの番組は、脳科学によって恋愛感情の機能的な解明も行なっている。恋をした人間が好きな異性を見たり、考えたりすると、脳のある機関がドーパミンという物質を生成するという。これは快楽物質であり、この物質が体にしみてくると、人間は気持ちがよくなるという。まあ、合法どころか、自然な正常な危険ではないドラッグというところだろうか。恋愛の切ない感情というものは、この脳内物質の分泌によって、説明することはできるのである。

 それで、考えたんですけど、人間は異性にそういう気持ちを感じて、恋が芽生えるのだけど、社会を形成して、制度が複雑に定まっていると、赤ちゃんをペアの雄雌で育てるという本来の目的のための恋愛が、そのまま機能しなくなり、またある意味では不要になる。だから、多くの恋愛が成就することなく、悲恋になってしまうのである。たとえば、初恋、初恋は成就しないものだという考え方が常識だけど、でも、初恋のときに、その人の人生の最も大事なことがすでに完成しているんではないかと思う。初恋は結ばれなくって当然なんて、不幸な話である。自分の人生を考えても、最初に好きになった女の子と、結ばれて、子供を育てて、そんな人生だったら、本当に幸せだったと思うのである。しかし、それだと、30歳くらいで孫ができて、今時分は死んでるかな。

 あるいは、いくら初恋が成就するのが人間の正常な生物環境だといっても、競争はあるんだろうし、競争に弱い自分なんかはそもそも勝てなくて、そのまま死んでるだろうか。どうなんでしょうね。