ユダヤ人について興味を持ったのは、ウェブで盛んに情報発信をしている人たちの一部が、しかも私自身がかなり期待していた人たちのいわゆるネットメディアの発信主たちのかなりの部分が、ユダヤ人と言う疑似民族的な概念を用いて、その呼称は金融マフィアとかユダ金とかロスチャイルドとかフリーメイソンとか、イルミナティー、ニューワールドオーダー、とにかくいろいろありすぎて覚えいきれないのだが、とにかく、日本の不幸をユダヤ人の、あるいは偽ユダヤ人、あるいはユダヤ人の一部の存在に帰そうとする人々が多すぎるからだ。
ところが、ユダヤ人の問題に迫ろうとすると、ユダヤ教の問題に迫らなければならず、更にキリスト教の問題に迫らなければならない。これは、実に気の遠くなりそうな膨大な作業になる。
また、彼らの陰謀論はそういう根本的な知識を完全にパスしたうえで、金融資本の世界支配とかそういう怪しげな経済学を駆使して、自由自在に話を創作するものだから、追いかけても追いかけても、結局、追いつきそうもない。基本的な宗教的な知識を調査する余裕も奪われる。
結局、何ゆえにこういう陰謀論がまことしやかに語られるのか、その根っこを突き止めることはできそうもないような気がする。そういうことを言う人々たちは、特に自分の発言に何らかの節度を保証しようという気概もなく、いろいろな知識を表面的に搔きいれて、無責任に話をどんどん作っていくだけであり、そういう人たちとまともに議論しようとしたり、説得しようとすることはあまり意味がないようだ。この人たちの無責任さはどこか裁判官の無責任さに通じるものがあるのだろうか。しかし、私がずいぶん期待してきたインターネットやウェブによる情報発信に、このような低劣な情報が深く入り込み、それを議論や説得では払しょくできそうもないというのは、実に残念なことだ。結局その状況は、ウェブによる情報発信の能力や信頼性の根本的な瑕疵につながるからだ。