クロスカのブログ -22ページ目

クロスカのブログ

ブログの説明を入力します。

 どぶろくと言う酒は、なんだかおいしいという噂だ。しかし、どぶろくは一種の生鮮食品の様で、大量生産して販売するのにはあまり適していないのだろう。色々な酒専門店でも、私のイメージしているどぶろくを取り扱っているところはない。
 濁り酒ともいうが、単に、濾過されていない透明でない乳白色の酒ならば、たとえばマッコリとかいう酒は売っているだろう。しかし、どぶろくは、もう少しプリミティブな酒だと思う。出来立てのどぶろくは、まだコメの粒が残っていて、ドロドロしているのを飲むのだというのだが、考えてみるだけでおいしそうだ。
 どぶろくを味わうためには、自分でどぶろくを作るしかないようだ。ものの本によると、誰でも簡単にどぶろくは作れると書いてあるのだが、実際に試してみると、いろいろ、聞いたことのない必要な材料とかを要求され、初心者が簡単に作れるものでもない。
 もう一つ、どぶろくを作るときの障害は、酒税法と言う悪法があって、どぶろくの私的製造が禁止されていることだ。前田俊彦と言う人の著書によれば、農耕民族としてコメを栽培してきた日本人は、古くから、米を食用にし、年貢を納めたりいろいろ売ったりしたりするのだろうが、さらに米から酒を造っていた。江戸時代はそうだったらしいのだが、酒税法ができたのは明治時代、日露戦争の戦費を調達するために、農民のどぶろく製造を禁止して、酒を製造する業者を免許制にしたのだという。これがどういうことかと言うと、ある日突然、自分でご飯を炊くことが禁止され、政府が指定したご飯製造業者の提供するご飯を買うことを強制されたようなものだという。これはたまらないので、当然、反対の声が大きかったのだが、明治の日本は力でその反対を抑え込んで、私的な酒の醸造を禁止してしまった。まったくの悪法である。
 帝政時代の中国では、塩の販売に高い税金をかけて、財政を賄ったという。塩は生活必需品で、これがないと人間は生きていけない。日本のように、海がたくさんある国では感覚が違うのかもしれないが、広大な大陸国家の中国の内陸部では塩を自給することはできず、税金を課されても、それを買うしかない。究極の消費税だといえようか。日本でも、内陸の戦国大名の武田信玄に、上杉謙信が塩を提供したという「敵に塩を送る」の例もあった。酒税法も塩に対する課税と同じ発想だったのだろう。中国では、塩の密売商人が政府に対する反乱の主体になって、王朝を滅ぼすことがたびたびあった。残念ながら、酒税法を強行しても、日本の民はこれに反抗して覆すことができないまま、現在に至っているのだ。結局、だからどぶろくも、幻の酒になっている。色々な緩和措置もあるというのだが、こちらにはいきとどいてこない。
 酒を自分で作るべきだという人たちの説得力のある根拠に、三倍増醸酒というのがあった。これは、第二次大戦のときに、穀物が不足するようになり、十分な材料で酒を造ることができなくなったので、米を醸造した酒に、醸造アルコールを混ぜて、日本酒として提供するようになったのだが、戦後もその製造手法が残存し、米の1に対してアルコールを2の割合で混ぜることが法的に認められていたというのだ。この状態が、米の生産力が十分に回復して、古米、古古米の貯蔵が問題になっていた時代にも継続していたのだから、酒を愛する者が、こんな酒は飲めない、飲める酒を自分で作りたいと欲したのも当然のことである。最近では、店頭でもそういう酒も少なくなったと思うが、三倍増醸の時代には、防腐剤とか調味料とか、いろいろな怪しい添加物が酒に混入されていたというのだから、民の怒りは当然である。

 もちろん、三倍増醸製法でも、それなりのうまい酒を造ることはできるのかもしれないから、そういう酒を完全否定する必要はないのだが、本物の酒はこんなものでないという感覚のある人から、選択肢を奪ってきたのが酒税法だったのである。
 とにかく、どぶろくはビンに詰めたり、パックに詰めたりして、大量生産して販売することができるような酒ではないようだ。だから、どぶろくを味わうためには、自分で作るか、あるいは、豆腐屋さんのような小規模な製造者が少量生産して、早々に販売し切ってしまうという体制を整えなければならない。それが実現しなければ、どぶろくを味わうことは幻のまゝになってしまう。早く、酒税法なる悪法を改正してほしいものだ。