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クロスカのブログ

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 子供のころ、家も結構お金がなく、母親はよく内職などをしていた。本当はお金があったのかもしれないが、その辺の事情は子供のときもわからなかったし今もわからない。

 面白かった内職が、豚足の毛剃りである。父がどこからか豚足をもってくるのだが、現在店で売っている豚足のように、毛がすべて処理されているものでなく、荒い毛が生えていたままのものだった。それをかみそりで剃って、商品として売りやすくするのである。子供だった私も手伝わされたが、あまりきれいに剃れずに、大分、毛が残ったままの不完全な仕事をしていた。あれで、内職のお金はもらえたのだろうか、よくわからないが疑問である。どうも、そのころから、私は仕事に対する忠誠心とか責任感が希薄で、いい加減な事ばかりしていたし、そのまま体だけは成長してしまったので、社会に出てからいろいろトラブルを起こす事になるのである。

 ところで、商品として加工していた豚足であるが、納品時には必ずいくらかを手元に残し、料理して我が家の食事にした。あの分の代金はどうなっていたのだろうか。豚足の料理法としては、韓国・朝鮮料理では味をつけずにそのままにて、ジャンをつけて食べるものだが、台湾風の場合には煮るときに醤油をベースにして味をつける。子供時代から、私の家の食事は肉食系だったが、ご馳走といえば、鶏を丸ごと塩茹でにして、ぶつ切りにする料理だった。ぶつ切りにするのだから、いろいろな鶏の部位がすべてそろい、肉の豊富でない部分もある。つぶした鶏を家族で食べていくと、食べやすい部分がだんだん消費されていき、食べにくい皮と骨だけのような部位が残るのだが、それでも、全部がなくなるまでそれが食事のおかずとして出続けるのである。食べにくいから、食べないと、文句を言う人がいて、骨と骨の間の肉をきれいに食べるように躾けられた。だから、少し大きくなったときに、鶏をきれいに食べることで友人に驚かれたりした。

 豚足に関してであるが、これも割りと骨が多く、食べる部分はそれほど多くもないし、相当苦労しないときれいに食べる事ができず、気を抜くと骨の間の肉を食べずに捨ていることになり、これは、そういう食生活を習慣とする人から見ると許されない振る舞いである。だから、豚足をたべるときも、行儀よく箸でつまんで食べるわけに行かず、結局は手づかみにして、骨の間の肉をしゃぶったり、そぎ落として、きれいに骨だけが残るまで食べる習慣がついた。骨と骨の間の筋のような部分は、確かに、切り身の豚肉なんかよりもおいしい。

 もっと大きくなって、会社に入り、みんなで朝鮮・韓国料理を食べに行ったとき、豚足を注文したのは、私の好物だからだ。そこで、いつものように食べていたら、会社の先輩が「骨までしゃぶっている」と私の食べ方を気味悪そうに評したので、とてもショックだった。同じようなシーンが、パッチギ2という映画で描かれていた。

 おいしんぼうという漫画で、フランスの有名なシェフが和牛を食べる話がある。和牛を提供する店の人が、自信満々で肉を出し、感想を聞かれたシェフが、「この牛の内臓を食べてみたい」というと、店の人が、「内臓はありません、そういうところはすべて捨ててしまいます」と答える。それを聞いたシェフが、いきなり大笑いに笑い出し、「内臓を捨てるなんて、日本人の肉食の文化は未熟だ」と感想を述べる。最後は主人公のおいしんぼうが誤解を解くのだが、その結末はどうであれ、内臓を捨てて得意になっているその店の人の無知を笑うこの漫画の部分は我が意を得たりというものだった。

 日本で四足の動物を人々全体が積極的に食べるようになったのは、多分、第二次世界大戦後のことだと思う。戦後間もないころは、前述の漫画のエピソードの状態が一般的で、豚や牛の内臓は捨てるようなところだった。ホルモンなどといって食べていたのは、食肉の文化が長く続いている中国や朝鮮の出身者だった。そのころは、日本では内臓は捨てるものだから、商品価値がなかった。だから、文字通り捨て値で販売されていたのだから、植民地やら侵略戦争やらで、戦争直後の日本にたくさん住んでいた朝鮮、中国、台湾の出身者から見たら、その不当な価格の格差から利益を得る事ができたのだ。つまり、そういう肉食文化が浅くない人たちから見ると、内臓でない部分の肉と内臓の肉はほぼ同価値なのに、内臓が不当に安く売られている。だから、このころの在日朝鮮人や在日中国人は内臓肉ばかり買ってきて食べていたということになる。

 ところが、最近は日本の肉食文化もすっかり成熟してしまったようで、内臓の肉も安くなくなってしまった。食肉の文化の貴重な情報が一般の日本人にも知られてしまったのだ。