1942年6月のミッドウェイ海戦では、日本軍の暗号がアメリカ軍に解読されていて、それだけが原因ではないだろうが、少なくともそれが原因の一つであったことは確かで、結果的には日本海軍の連合艦隊は4隻の空母を失い、同時に多数の熟練飛行士を戦死させて、太平洋における日米海軍の戦いの転換点になった。しかし、日本軍の暗号はもっと前から解読されていて、日本軍の行動は大体アメリカ軍に読まれていたのだが、日本軍兵士の人権を無視した超過労働やゼロ戦の性能の良さなどにより、また、1941年12月の真珠湾奇襲攻撃の貯金もあり、日本軍はアメリカ軍に優勢に、少なくとも互角に戦っていたのであった。
ミッドウェイ海戦の敗北はかなり厳しいもので、日本の戦争指導者は戦争の行方を再検討すべきであったのだが、彼らがやったことは日本国内に戦争の実態を知らせないことであった。その後、アメリカ軍の暗号解読はますます精度を上げたのか、連合艦隊司令長官の山本五十六が1943年4月に前線を視察する計画を暗号無線で通知したのを解読され、山本はアメリカ軍に待ち伏せされて戦死した。このあたりの情報というものに対するアメリカ軍指導部の実に洗練された巧みな取り扱いは、長年、私に強い興味、関心を抱かせるものだった。山本を殺害したときに、アメリカの同盟国であるイギリスの首相チャーチルは、アメリカの作戦行動に対し、日本軍に連合国側の暗号解読の状況を悟られる行動だといって抗議したという。作戦に成功して、敵のもっとも優秀な指導者を葬ったことに対し、そのような観点から批判するというイギリス人の考え方、行動様式というか、そういうものを知ったときに、これはほとんど私を魅了するものだった。いったい、どういう人たちなんだろうと、それを知りたいというのが、長い間の私の強い動機になっていたし、今でもなっている。
その欲求が満たされたのか、今後満たされる日が来るのかはよく分からないし、分からないほうがいいのかもしれない。情報の取り扱いについての、英米の謎めいているとも思える洗練に比べ、どうしようもないのが日本におけるそれである。海軍がこの方面でアメリカ軍に完敗したのは、いろいろ言われているので、付け加えることもほとんどないのだが、情けないのは彼らが日本国内に対し、戦争の状況を秘匿し、秘密を守っていたのに、敵であるアメリカ軍にはほとんどすべての情報が筒抜けになったいたという間抜けな状況である。ところがこういう状況は、当時から日本にありふれたもので、海軍の指導者が特にこの種の判断能力に劣っていたというものでもないようだ。
1931年の満州事変に始まり、「無謀」だといわれる対米戦争に発展した日本の第二次世界大戦は、日本国民の圧倒的な支持と協力のもとに遂行されたものだと思う。たとえば、メディアは戦争を批判するのではなく、戦争を煽る機関だった。その時期に、唯一戦争に反対した組織・グループが日本共産党である。日本共産党は、当時の日本の人材の中のかなり優秀な人たちを集める魅力を有する組織だったらしい。その創立過程などを詳しく書くと、それだけで話が終わらなくなるのだが、ここでは情報の取り扱いという面に話を限定したい。戦争に反対していた日本共産党も、情報の取り扱いという点で見ると、どうも海軍の首脳部のクローンのような同種のものだったように思える。
日本共産党の戦いは、日本の治安当局との戦いだった。思想信条としての共産主義はそれだけで罪悪であり、逮捕、投獄の理由になった時代、彼らの組織は非公然であり、秘密の保持が非常に重要だった。そして、共産党に限らないだろうが、こういう国内の批判勢力を取り締まっていたのが、当時の日本の秘密警察の特高警察であった。立花隆が評するように、日本共産党は特高との戦いに完敗してしまったのである。負けたのは力が足りなかったのだから、それ自体を責めるべきではないが、どうもその負け方が実に情けないのである。
当時の日本共産党の組織は、厳格なピラミッド型の組織で、上層部がいて、その上層部の直下に上層から指示を受け取る人がいて、さらにその人が下位の人に指示を連絡するというような、ねずみ講のような形態、別の言葉で言えばツリー構造の組織だったらしい。こういう組織の強みは、構成員が組織に関する余計な知識を持たないので、ある秘密の構成員が当局に捕まって組織のことを問いただされても、当局が得られる情報が限られていることである。そうでなく、仲良し同好会のような組織で、メンバーがそれぞれお互いに知らぬものがいないというような形態だったら、あっという間に一網打尽にされてしまうことにもなる。いわば、情報の管理と秘密の保持を目的にする組織のあり方である。
1966年の「アルジェの戦い」という映画は、こういう組織の活動を生々しく描写している。そして、治安当局がこういう秘密組織を破壊するために実施する攻撃方法についてもである。その方法はそれほど複雑なものではない。当局は、とにかく一人の構成員を逮捕する必要がある。組織が大きくなってくると、大勢の構成員が集まってくるので、その中の一人を捕まえることは不可能でない状況になるものである。そして、その構成員のもっている情報をとにかく聞き出すのである。秘密組織に加入している人間であるから、それほど簡単に情報をもらしはしないが、そこは拷問でも脅迫でも、自白剤でも何でも使用すれば、秘密を完全に隠し通すことは難しいだろう。その構成員の知っている組織に関する情報というのは、上から指示を伝える人員と、下に指示を伝える人員だけであるとしても、そこで治安組織はその上の人員を逮捕し(もちろん下の人員もマークするだろうが)、今度はその人員に拷問などを施してもう一つ上の人員を聞き出し、その人員を検挙する。この繰り返しによって、結局は最高指導部に行き着くことができるのである。
もちろん、これは抽象化した論理であり、実際に組織をそういう風に裸にできるかどうかは、組織自体の頑強さ、大衆の組織に対する支持の度合い、治安部隊のマンパワーなど、多くの要因が絡まりあって左右される。この点、戦前の日本共産党は組織もあまり頑強でなかったようだし、特に上層部の人間がか弱かったようで、大衆の支持も限定的で、組織を守り抜く事ができなかった。「アルジェの戦い」でも、1950年代のアルジェリア独立運動における民族解放戦線は治安部隊の攻撃に耐えることができず、この映画では最後まで抵抗した解放戦線の最高指導者のアリ・ラ・ポワンが建物ごと、家族ごと治安部隊に爆破され殺害される場面で、組織が壊滅してしまう。アリ一家を殺害した後で、フランスの治安部隊の指揮者たちが仕事帰りのサラリーマンのように結果について話しながら帰っていくとき、頭部を切り取られたサナダムシという。サナダムシは頭部が残っていると、何度でも再生するらしいのだ。このようにして、フランス治安部隊の弾圧により、いったんはアルジェリア民族解放戦線は壊滅するが、数年後にアルジェリア民衆の広範な反抗を抑えきれなくなり、結局アルジェリアは独立する。
戦前の日本共産党も、多分同じような特高警察の攻撃により、壊滅したのだが、組織は温存された。特高警察は日本共産党を根絶やしにせず、掌握した最上層の部分にスパイを送り込み、みずから日本共産党の組織を管理したのである。これがスパイMである。なぜこんなことができたのかというのは、それほど簡単に説明することはできない。しかし、そのときの共産党員の状況を考えると、どうにもいやになってしまう。彼らは、自分が秘密組織で活動していると自覚しており、そのことは秘密にしなければならない。職場の同僚にも、場合によっては家族にも秘密にしていたのだろう。そうしなければ、密告されて、検挙される危険性がある。しかし、彼らが秘密にしている情報は、実は彼らが対決しているはずの権力には完全に筒抜けになっており、彼らが味方にしなければならないはずの同僚だけが知らないということになっているのである。崇高な使命感で活動すればするほど、喜劇的であり、また悲劇的である。こんな情報の取り扱い方が、日本の社会ではずいぶん繰り返されており、沖縄返還時の密約とかを見れば戦後の社会でも基本的には変わらずに続いているようなのである。秘密とは教えてはいけない人間に情報を伝えないことで、共有すべき相手には情報を公開することだ。日本の秘密ではこの情報の公開先と秘匿する相手がまったく異常である。実にやるせない話だ。