クロスカのブログ -12ページ目

クロスカのブログ

ブログの説明を入力します。

 夢というのは、睡眠中に無意識の世界が解き放たれることによって出現する世界で、すべて人の記憶を基盤にしているものであるという。また、人は頻繁に夢を見るけれども、多くは覚醒したときには忘れてしまうし、目覚めの直後に覚えている夢でも、しばらくすると記憶の彼方に消えていってしまう。夢というものに関する普通の認識はこんなところではないだろうか。

 この理論にたがわず、私も多くの夢を見てきたのだろうが、ほとんどすべて、忘却してしまった。しかし、いくつかの夢は、それを見たときから何年経っても忘れることがなく、ときに、夢と現実の区別がつかなくなることがある。そのひとつが、解き放った私の虎の夢だ。

 ヒュー・ロフティングという人がいて、彼が作り出したキャラクターにドリトル先生という獣医がいる。ヒュー・ロフティングは子供のころから動物が好きで、家の中に小さな動物園を作って、親を驚かせたという。このドリトル先生物語全集に夢中になっていた私は、潜在意識の中に、自前の動物園を自分の家の中に、ひそかに作りたいという願望を長く形成していたらしいのである。

 それを夢で見たのは、子供時代ではなく、相当年を重ねてからだった。それでも、もう数十年も前のことだと思うのだが、今となっては、正確な時期を確認することができない。その夢の中で、私は家の中に自分の動物園を作って、動物を飼育していた。ヒュー・ロフティングが子供時代に作った動物園は、ねずみとか、リスとか、そういう動物だったのだと思うが、私の場合には、なんと、その中に虎がいたのである。考えてみると、私の家の中にそのような動物園を作るスペースなどないのだが、そのあたりの合理的な批判の届かないのが夢なのである。その夢は、一回ではなく、何回にもわたって、連続的に見ていたと思う。そして、そこで飼っていた虎なのだが、ライオンもいたかもしれない、だんだん大きくなると、秘密に飼っていることが難しくなり、そのうちに動物園を抜け出して、どこかにいってしまった。このあたり、猫のような気軽さで、野良になってしまったのだが、虎やライオンが野良になって、日本で生きていけるのだろうか、とても心配だった。この心配が、ときどき、夢と現実の区別が取り除かれて、何度もぶり返してくるのである。

 30年以上も前のことだが、千葉県の神野寺という寺で住職が飼っていた虎が、不注意でか、檻の鍵を掛け忘れたために、街に出て行ったことがあった。その虎が、危険だからということで、繰り出してきたハンターによってあっけなく射殺されてしまったのだが、これは、とてもショックな事件だった。この事件の記憶がトラウマになっていたのだろうか、私が飼っていて、解放した虎が無事に生きていけているのだろうか、あるいは、虎が人間を襲ったりして、騒ぎにならないか、身の縮むような想いだったのだ。あの虎たちは、どうなったのだろうかと、今でも、夢か現かの区別がつかずに心配になることがある。

 この夢の中の虎は、どういう心理状態を反映する現象なのだろうか。とにかく、私の虎やライオンたちには、人間のハンターに虐殺されることなく、幸福に暮らして、子孫も反映させていて欲しいのだ。