韓国一周オートバイツーリング最終回
韓国一周ツーリングを釜山(Busan)で終了した後は、釜山から博多へのフェリーに乗るだけだった。韓国では約4週間で2,300km走行した。
(カメリア・ラインのフェリーは日本と韓国の間にある対馬の横を通過する。往路フェリーから見た対馬。)
釜山港での帰国通関手続き
約4週間前に博多から釜山にフェリー到着した際に、釜山港でオートバイの通関手続きを行ってくれたカメリア・ラインの職員が対応してくれた。流ちょうな日本語を話すシニアの職員だ。
帰国便フェリーが出航する日の15:30まで釜山港国際ターミナルの指示された場所にオートバイを持ち込んだ。
当日のフェリー運航スケジュール16:30~18:30が乗船手続きチェックイン、20:00に乗船完了で、22:30出航となっていた。そして翌日午前7:30にフェリーは博多港に到着した。
韓国入国時の税関関係書類(確認しなかったが,たぶん一時輸入許可書と本来なら韓国内でオートバイに張り付ける直径15cmくらいの通行許可ステッカーの2つ)をカメリアラインの職員へ手渡して出国通関手続きの代行をしてもらった。 当方は約30分間待つだけであった。
手続き終了後、オートバイをフェリー船が到着する岸壁付近まで移動して一旦終了。
約2時間後に一般乗客と一緒にフェリーへ乗船した後、フェリー会社の係員に先導されて一旦フェリーから下船して、岸壁に一時駐車したオートバイをフェリー船内へ運び込むだけだった。尚、通関手続き等の費用は一切なかった。
博多港での輸入通関手続き
博多港到着後、オートバイはフェリー船内から降して一旦港の保税地区に駐車する。
そして、他のフェリー乗客と一緒に下船して、入国手続きを済ませる。
その後、カメリア・ラインの係員へ4週間前に博多港にてオートバイを輸出通関した際の関係書類(一時輸出申請書、国内の車検証、パスポートと運転免許証)を手渡して、博多港国際ターミナルの待合フロアで約1時間待機。 オートバイの通関手続き終了後、係員に先導されてオートバイを一時駐車した場所に戻り、オートバイを保税地区の外へ移動させて全てが終了する。
オートバイの輸入通関でもフェリー会社の職員がすべて代行してくれた。費用は一切無し。午前9時には博多港から市内へとオートバイに乗って走り出した。
韓国ツーリングで感じたことを以下に記す。
韓国の道路事情
道路インフラが整備され、カーナビを使用すれば行先も分かりやすく、また走行しやすいと思った。
オートバイは高速道路の通行が禁止されているので、韓国専用のカーナビアプリ<NAVER>を使用して、オートバイが通行可能なルートをチェックしたり、あるいは同カーナビを使用しないとスムーズな通行は難しい。
韓国の幹線道路は、日本では高速道路と言ってもよいだろう。中央分離帯があり片側2~3車線で信号機が無く、制限速度が時速80kmとなっている。そのような道路が韓国全土をほとんど網羅している。このような道路は都市部では信号機があるが、いったん都市から抜け出すと日本の高速道路のような走行が可能だ。しかもソウル首都圏や大都市以外は車両の通行がスムーズだ。ただし、ツーリングを楽しむ道路ではない。
しかも、道路の分岐点の手前200m~300m付近から道路上に太い赤線が書かれており、その赤線に沿って走行すれば分岐点を間違えずに進める。
当初は何のために道路上に色線が引かれているのかわからなかったが、走行しているうちに、道路上に青線が描かれている車線は本線、赤線は分岐する車線だということが分り、当方には便利だった。
速度超過違反の取り締まりが厳しい為か、あるいは反則金が高いためか、ドライバーは制限速度をよく守る。制限速度が時速30kmとなっている学校付近の道路では皆が時速30km以下で走行する。また、郊外の時速80kmの制限速度区間の道路でもほとんどのドライバーが制限速度を守っていることには正直驚いた。
強いて言えば、車線変更をする際、半分ぐらいのドライバーはウインカー(方向指示器)を点灯させない。もっとも頻繁に車線を変更する車両は少ないので、慣れれば、走行上の問題にならない。
(韓国東海岸の幹線道路。韓国では高速道路ではないが、制限速度時速80kmと高速道路並みだ)
(束春=Sokchoから首都ソウル=Seoulへ向かう韓国北部の内陸横断国道)
(風光明媚な東海岸の海沿いを通る曲がりくねった地方道路。車の交通量が少なく景色も良かった。)
オートバイ走行時のカーナビアプリ
NAVERのカーナビアプリは携帯電話のデータ通信への接続が常時必要なため、当方は走行ルートを確認する際のみ使用した。常時はデーター通信への接続が不要なカーナビアプリであるOrganic Mapsのアプリを使用した。
また、NAVERのアプリの使用方法については、使用方法に慣れる必要がある。
当方は韓国ツーリングの2泊目に慶州(Gyeongi)のゲストハウス(Doo-baki Guest House)のオーナーから教わった。同オーナーはオートバイでの世界一周ツーリング経験者であり、英語は堪能であった。
クレジットカード先進国
韓国ではクレジットカードの使用が普及しているとは知っていたが、ガソリンスタンド、スーパーマーケットやコンビニは当たり前だが、ほとんどの大衆食堂でも使用可能だった。
現金を要求されたのは、魚、野菜等の食料品市場内にあった屋台だけであった。
ただし、セルフで給油するガソリンスタンドでクレジットカードの支払い操作を当方一人で行うのは無理だった。
ガソリンスタンドでのクレジットカード対応の給油機はハングル文字(韓国文字)で表示されているので、オートバイへの給油の際は常時ガソリンスタンドのオペレーターにお願いして、給油機を操作してもらった。
近未来都市空間と裏路地の昭和時代的町
朝鮮半島には地震はほとんどないと旅行ガイドブックで案内されていた。地方都市からソウルのような大都市まで市民の住居となる30階建て以上の超高層マンションが文字通り樹林して近未来的都市の空間を形成している。
韓国では国民の半分以上の人々が集合住宅(マンション)で生活しているという。
地方の都市でも、農地や山林の横に突然超高層マンション群があるのを初めて見た時は違和感を覚えたが、韓国ではそのような都市の形が普通だと韓国を一周して分かった。
山が多く平野部が少ない国土には適した都市づくりだろう。
その一方では旧市街の裏通りには日本の昭和時代の裏通りのようにトタン屋根やブルーシートで軒先を延ばして、道路にはみ出した縁台に野菜や果物を並べている八百屋や日差し除けの天幕の下で野菜を売る露天商があったりと懐かしい裏通りの生活もある。

(首都ソウル近郊のニュータウンをPajuの統一展望台から望む。平野の中に超高層マンション群が樹林している光景には驚いた。)
(東海岸中央部の三歩=Samchek市内の高層住宅)
(東海岸最北部の束春の=Sokchoの市内を標高700mくらいの山から望む。写真右側に市内の高層マンション群が見える。)
(ビジネスホテルにはスマートクロゼットが装備されていた。最初見た時は冷蔵庫かと思った。)
(スマートクロゼットの内部。衣服の脱臭、しわの伸ばし、乾燥ができる。当方は洗濯した下着類を乾燥機として使用した。)
文化施設に力を入れる韓国
名刹として歴史が長い多くの寺院や博物館あるいはユネスコ世界文化遺産の名所旧跡の入場料が無料であったことに驚いた。
無料にはなっていない施設でも入場料が3,000韓国ウォン程度(日本円で約300円)と安く設定されている。 65歳以上は無料となっている場合が多い。65歳以上の入場無料制度は本来、韓国籍のシニアに適用されるのだが、外国人にも適用される場合があった。当方はパスポートを見せて外国人と身元を明かしているが、65歳以上のシニアということで多くの場合入場料を無料にしてもらった。
日本を含む世界の多くの国もこのように文化へのアクセスを容易にしてもらいたいものだと思った。
ハングル文字の食事メニュー
海外で食事をとるのはそれなりの労力を要する。
レストランや食堂はたくさんあるが、当方はハングル語文字が読めず、料理メニューが分らない。スマホのグーグル翻訳アプリを使用して韓国語から翻訳するのだが、翻訳した言葉が分らない場合が多い。他の客が食べている実際の料理をみて食事を注文していた。
当方は一人のため、鍋料理(チゲ、クッパ等)が多くなった。カルビ等の焼肉は2人前以上でないと対応しないことを知らなかった。鍋料理の価格は大体10,000~12,000韓国ウオン(約1,100円~1,300円)。
それでも副菜として無料で提供されるキムチ、カクテキ(大根の漬物)等の種類の多さや量には満足した。激辛の味付けも一週間すれば慣れ、韓国滞在3~4週間目となれば病みつきになる。
韓国滞在が2週間ほど過ぎた群山(Gunsan)では日本の博多ラーメンを食べた。
2週間の激辛食事のためか、ラーメンの味付けが甘く感じて、以後帰国まで日本食は一切取らなかった。
当方が韓国を初めて訪れたのは約50年前の大学生の時だった。
欧州から乗って来た大韓航空機から羽田空港行の便へとソウルで乗り換える事になっていた。しかし、乗り継ぎ便に乗り遅れて一夜韓国市内で過ごしたことがあった。
その時の印象ではソウル市内には漢字で表記した店や銀行の看板があり、少しは街中が分った。
しかし、今や漢字表記の看板は全く見かけなかった。全ての看板がハングル文字表記になっているのでどの店が飲食店なのかもわからない。
(キムチチゲ=鍋の料理。副菜は好きなだけ自由に取れる。この店にはニンジンやジャガイモの煮つけがあったので、当方にはありがたかった。)
(キムチチゲに飽きたので、豆腐チゲにしたが、味付けはキムチ味だった。)
(順天=Suncheonの料理の写真があった食堂は重宝した。当方は料理の写真を指差して注文した。)
(順天の食堂の豚肉のチゲ)
(木浦=Mokpoの麺類専門店で食べたアサリ風味のすいとんスープ。料理の中身を知らずに注文して、料理が出てきて、すいとんスープと分かった。すいとん入りとは知らずライスも別途注文したのだが、ライスは不要だった。)
(光州=Gwangjuで投宿したゲストハウス=Pedro’sHouse横の食堂で食べたサンパという焼肉定食。生にんにく=写真右下を味噌につけてまるごとかじるダイナミックさがある。)
公文書には漢字の使用が多かった。
(1969年当時朴大統領へのPOSCO=韓国最大製鉄所の建設の進捗状況を報告した文書はほぼ漢字表記だった。POSCO歴史博物館蔵)
(1980年の光州事件当時、光州の州知事室に掛けられていた韓国内務省の施政方針はほぼ漢字で書かれていた。)
(1978年のPOSCO記事を扱う新聞記事には漢字も使用されていた。)
便利な郊外コンビニのテーブルとイス
韓国の郊外のコンビニには店舗の外に必ず公園で見かけるような椅子とテーブルが備わっている。長時間のオートバイライディング途中の休憩時にコーヒーを飲んだり、軽食をとったりと貴重な場所であった。
(韓国で多いCUのコンビニ。群山(Gunsan)~光州(Gwangju)間の小さな町のコンビニ店長(33歳)は大学で日本語を習ったと言って、当方とは日本語で対応してくれた。 地方のコンビニ店舗の外には写真のようなテーブルとベンチが設置されている。)
若く見える韓国人
当方の印象では韓国人の男は実際の年齢より若く見えた。当方が30歳代かなと思った男が実際は50歳代であったり、大学生ぐらいの若者かなと思った人が40歳代であったことがしばしばあった。
一つには髪形にあると思った。昔のビートルズのようなマッシュルームのような髪型の男が多い。中学生から中年の大人まで多くの男がマッシュルームカットだ。
また、韓国人はキムチたくさん食べるので、そのキムチの効果で若く見えるのかとも思った。
実際、キムチに含まれるビタミンCは強い抗酸化作用を持ち、肌の老化を防ぎ、コラーゲンの生成を促すようだ。
(群山=Gunsanで宿泊したゲストハウスGunsan Wolmyeongdong & Guesthouseのオーナー夫妻のご主人ソン・イン氏(漢字では孫寅と書く)=写真右は54歳、夫人オ・セミさん(漢字では呉世微と書く)=写真中央は53歳と言っていたが、実際の年齢よりずいぶん若く見えた。)
(順天=Suncheonで知り合ったライダーJung Hyun Dongさんは大学生と高校生の子供がいる49歳の中年だと言っていたが、当方は30歳代の若者と思った。)
経済成長が著しい韓国
韓国の一人当たりの2025年の実質GDPは5,153万ウォン(約520万円)だった。日本は約480万円と韓国に抜かされている。
米国とのインフレ格差を考慮した購買力平価ベースでの一人当たりのGDPでは韓国は2017年に日本を抜き、2025年には約65,000米ドルとなり日本より2割弱多くなっている(日本は約57,000米ドル)。2カ国間の物価を考慮すると、韓国の方が豊かになっていることが分る。
理由の一つは経済構造の違いがあげられる。
韓国の輸出比率はGDPの44%と日本の2倍以上だ。日本は約18%だ。GDPは内需、設備投資、政府支出と純輸出(輸出額-輸入額)で構成される。
つまり純輸出額(数量や単価)を伸ばすことでGDPを増やすことが可能であり、内需を増やすより容易だ。
他方、日本の輸出額はあまり伸びない構造になっている。多くの製造業が中国や米国等の海外での生産比率を高め、日本から輸出を増やさない構造となっているからだ。日本は円安をあまり享受できない経済構造になって久しい。
首都ソウルで多くの超高層マンションが建設されている現場を見た以外、韓国の経済の成長を感じる場面には遭遇しなかった。
しかしながら、メルセデスベンツ、BMW、Audi等の高級輸入車や現代自動車(Hyundai )の高級ブランドGENESIS(トヨタのレクサスに相当する高級ブランド)の車両が数多く走るソウルの道路を見れば、個人消費が活発であることは窺い知れる。
(イタリア・マセラッティの四駆、ドイツBMWのセダン、米国Jeepと外車が並ぶ駐車場)
(現代自動車(Hyunddai)の高級ブランドGenesisのセダン)
(ドイツ・AudiのA7に似る現代自動車(Hyundai)の電気自動車)
以上






















