スコボルディーノからウランウデまで約1,600km(2017/6/1~6/5) | インベストメントライダーふるさんのブログ Investment rider Seiji Furuhashi travelling around the world by motorcycle

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オートバイで世界を駆け回るインベストメントライダーを目指す個人投資家。
オートバイでのユーラシア大陸横断と南北アメリカ大陸縦断、アフリカ大陸とアラビア半島横断、東南アジア・インド・中近東等走行後、2025年4月~9月欧州・中央アジアを周回ツーリングを行う。


 

 

2017/6/1(木)スカボロディーノ~モゴチャ(Mogocha) 345km

 

スカボロディーノの町でSberbank(ロシア国内では最大の預金量を誇る元国営銀行)の支店を見つけたので、支店備え付けのATMSMBC信託(旧CITIBANK)ATMカードで預金の引き出しをを行う。女性店員に手伝ってもらって限度額の10,000ルーブル(約2万円)を引き出す。

 

ウラジオストック到着当日、市内の銀行のATMで預金を引き出そうとしたところ、カードがATM機に入ったまま出てこなかったことがあったので、銀行店員がいるときにATMを使うようにしている。

 

スカボロディーノの町を出たのを10時を回っていた。道路わきの崖が切り取られて興味深い地層が現れていた。

 

シベリアの木々はなぜ細いのだろうと不思議に思っていたが、切り取らた地層断面が教えてくれた。地表の土の厚さは1mほどしかなく、その下が岩の地層になっていた。これでは木が根を張れないことが判る。

(土の部分が少ない地層)

途中Cafe(ドライブイン)で昼食をとる。定番のサラダ、スープのほかに肉と野菜の煮物にごはんを加える。どうやら肉の煮込みが、後で軽い腹痛の原因になったようだ。(国道脇の小さい木立の陰に隠れて用を足す)

 

Cafeのトイレは15ルーブル(約30円)と有料だ。有料の洗濯機もシャワー、サウナもある。長距離トラックの運転手にはありがたい存在だ。

 

本日の宿泊地はモゴチャ(Mogocha)に決めていたが、宿の予約は無い。国道を外れて立派な道路を10km走ってMogochaの町につく。

 

かっては、金鉱山の町だったらしいが、寂れた田舎町の様相だ。廃家屋のようなみすぼらしい木造2階建の日本の昔の木造小学校校舎のような大きな家にも住人がいる。「ガスティニッツア(宿泊所)はどこにあるか?」と通りすがりの人に尋ねるが、目と鼻の先にある場所でも、ロシア語が分からないので見つけるのに苦労する。

(廃屋のような大きな家にも住人はいる)

 

車に乗っているロシア人青年が俺について来いと言わんばかりに宿泊所までの先導をしてくれる。後で、青年は案内1件につき100ルーブル(200円)要求してきた。気に入った宿泊所がないので2件紹介を受けた。

 

地元の人でないと辿りつけないような場所にあった宿泊所もあった。個室がなかったり、満室だったりして3件目のTurist Hotelに決める。Hotelというより日本の簡易宿。キルギスやアゼルバイジャン等の外国から季節労働者が大部屋で自炊しながら数か月暮らしている宿である。夏の期間のみ鉄道の(補修?)仕事があるとのこと。

(Turist Hotel)

 

キルギスからの青年アブドウルは当方が出発の際、荷物運びを手伝ってくれた。外国人同士の連帯感を感じた。

 

宿代は宿唯一のシャワー付き個室で2,200ルーブル(約4,400)。他にバイク用の鍵付き車庫代が100ルーブル。

 

車庫の横の小屋ではボイラー係兼車庫の見張りをする若者が寝泊まりしている。部屋を先に見せてもらい宿代の交渉をしたが、割引の余地なくしぶしぶ2,200ルーブル(約4,400円)支払う。この施設で2,200ルーブルとは割高だ。

 

6/2(金)モゴチャ~チタ(Chita) 575km 

(ロシア・東シベリアとモンゴル北部)

 

一日の距離としては長い600km弱を走るため、午前7時過ぎには宿を出発する。快晴だが気温は10度前後と、冬の装備でないと寒い。

 

長距離を走るぞとの気合(意気込み)がはいっているので、最初の100kmは眠くならない。朝食は前日スーパーで買った大き目のバナナ一本とビスケットだった。1時間毎(100km前後)に休憩を取りたいと思っているが、なかなかCafeが見当たらない。

 

国道沿いに日本の神社の鳥居マークと木のマークが一緒になった交通標識がある。無料の駐車場所とトイレがある休憩場所がある。初めてその休憩場所にバイクを止め、用を足す。トイレは掘っ立て小屋。

 

モゴチャから西へ300kmほど進んだチェルニスヴェンスク(Chernyshvesk)のあたりから国道沿いの景色が一変する。

 

まわりは見渡す限りの牧草地となり、視界が広がる。国道が丘のような場所を通り、遠くまで見はらしがきき景色がよい。放牧された牛がミニチアのようである。馬に跨った牧童も見える。アメリカ映画の西部開拓時代のようだ。

 

国道沿いの町や集落がところどころに点在する。集落の外観もモノクロ写真でとったように風雨のため黒ずんだ屋根と壁の暗い感じが周りの牧草の緑と対照的である。

(チェルニスヴェンスク付近の集落)


 

15:00ごろ休憩と軽食を取るため国道沿いのCafeに入る。旅装のバイクが目立つので、Cafeで休憩するロシア人ドライバーがどこから来たのかとかどこへ行くのかと声をかけてくる。まだ、バイクはいくらするかの質問も多い。Cafeで休憩中の長距離トラックの運転手3名が仲間内で休憩と取っている傍らにウォッカの瓶がある。

 

ひょっとして、昼間からウォッカを飲んでいるのかと疑った。先に道中でロシア人青年から酔っ払いのドライバーもいるから運転には気をつけろと忠告を受けた言葉が頭のなかを横切った。

 

Cafeの駐車場には放し飼いの犬が数匹いる。当方が歩いているときはおとなしい犬だが、バイクが走り出すと吠えながら追いかけてくる。番犬の役割をはたしているのだろうか?

 

チタ(Chita)の市内が近くなってきた。国道沿いの標識はチタは真っすぐとなっているが、メインとしているガーミンのカーナビは国道を曲がれととの指示がでる。道を間違ってはいけないとスマホのカーナビ(Maps.me)を装着して道順に間違えがないか確かめ、スマホのカーナビに従う。

 

チタは都会だ。スマホのカーナビのおかげでホテルに間違いなく到着。19:00だ。日没は21:00すぎなので日は高く、カラッとした砂漠の暑さだ。


 

宿は前日にインターネットで予約したHotel Zabaikalie。市内中心にあるレーニン広場前の大型ホテル。施設が古いホテルだが、無料WiFiでインターネットが良く繋がるホテルだ。チタには休憩を兼ね2泊予定。一泊1,750ルーブル(約3,500円)バイク駐車代200ルーブル(400円)。

(lHotel Zabaikalie)

 

6/3(土)チタ市内の観光と休憩日

バイクのタイヤ空気圧が少なくなっていると感じて、宿泊ホテルのスタッフに教えてもらった場所へバイクを乗り付ける。ロシアのガソリンスタンドではタイヤのエアーチェック機器を備えていない場合が多い。

 

教わった場所には自動車部品の販売店があった。店員のアンドレイ君にバッテリー駆動のエアーコンプレサーと自動車用バッテリーを借りる。無料で付き合ってくれる。

 

同君は白人ロシア人だが、仏教徒であるとのこと。帰り際、旅のお守りだと言って同君から十字架を貰う。同君は仏教徒なのになぜ十字架のお守りをくれるのかと疑問に思うが、感謝する。


 

チタの中心部は立派だ。400m四方のレーニン広場の周りには陸軍の地方本部の建物、オゴシックの柱のギリシャ神殿のような大きな旧共産党本部の建物、地方政府の建物等が並ぶ。日本の地方都市でこんな立派な広場や公共建物があるところは無い。

 

近くの公園には戦車や大砲が展示されている。ロシアでは迷彩色の軍服姿の人をみかけるが、戦車や大砲等の展示と一緒になって軍人姿は街の景色の一部になっている。


 

(レーニン広場)


(公園で戦車を展示するのは珍しくない)

 

チタはシベリア鉄道が通る駅である。駅の方へ足を運ぶとレーニン広場周辺の威厳ある雰囲気とは異なり、旅人や出迎えの人、客待ちのタクシーや小型のバス等で賑わう。駅舎は意外と小さい。駅には車両の連結作業中のジーセル機関車や貨車が多くあったが列車が来る時間帯ではないようだ。駅内は写真撮影は不可と警備の警察官に言われる。


 

6/4(日)チタ~ウランウデ(Ulan Ude)650km

今までで一番の長い距離の移動のため、朝7時過ぎにホテルを出発。チタからウランウデ方面の国道は今までの国道より道路状態が悪い。路面のでこぼこが多いため時速100kmを超えるとバイクが飛び跳ねる。

 

バイクには携帯パソコンも積んでいるので、走行中の振動で壊れ無いようにスピードは時速80km~100kmと控えめにした。

左右を山で囲まれた広い草原を通る国道を進んで行く。今までよりガソリンスタンドや道中に点在する集落の数が多くなる。バイクを運転していても、今日は不思議と眠くならない。チタで休養を取ったためか、今日は長距離を走る覚悟があるためか。

 

チタとウランウデの間は治安が良くない地帯だと聞いていた。2012年にチタとウランウデの中間地点のヒロクという町の近くで夜間野営中の日本人ライダーが強盗目的の地元の若者に刺殺された事件があった。

 

ヒロクあたりの風景は長野の道を走っているような感じで、小さな木立の林が国道沿いに続く。

 

ヒロクを通過したあたりで、当方が路肩にバイクを止め休憩中に、大型バイク(ホンダのアフリカツイン750cc)でツーリング中のライダーが来て当方の前で止まる。ライダー同士の挨拶だ。

ライダーはチタに住むロシア人(Andrey  Dekhtyaruk氏)でウランウデからチタへ試しツーリング中とのこと。同氏からもこの付近で日本人ライダーが野営中殺されたことがあったので、野営は危険だと忠告を受ける。

 

バイクを先進め、丘の一軒Cafeで休憩する。団体客を乗せた観光バスが2台泊まっているので、Cafeは旅客で一杯だ。

 

このあたりに来ると日本人そっくりのブリヤート人が多い。Cafeの従業員と客は半分以上がブリヤート人だ。中には日本人そっくりの若い女性や男性もいる。

 

日本人そっくりと思っていた集団はウランウデを中心に活動するバレーダンサーのグループであった。

 

そう言えば、以前雑誌かテレビ番組でそのような人がいることを見たことを思い出した。グループで中心的な岩田さんは10年以上ロシアでバレー活動している。バレー団には日本人ダンサーが10名所属しているとのことであった。その日はチタで講演するためバレー団が貸し切りバスで移動中、Cafeで昼食休憩をとっていた。

(バレー団の岩田氏=右と同僚の日本人ダンサー)

 

650kmを一日で移動すると天気や気温も変わる。チタを出発した午前中は曇りで気温は7度と寒く冬のツーリング装い。チタとウランウデの中間地点では晴れで気温も2223度まで上がり、暑く感じてきた。

 

気温が上昇したためか、雷雲が発生して、雷雨に合う。雷雨の後は虹がでる。ウランウデに近づく雨天となり雨具をつけたり、脱いだりをこの日は3回行った。

 

シベリアは夏は道路工事の期間となるため、傷んだアスファルトを剥がした区間がダート道や砂利道となる。ダート道で大型ドラックの後を進むとと埃だらけになる。荷物を積んだオートバイの重量は300kg近くになり、ダート道ではタイヤが滑べりやすく運転操作が難しい。

 

慎重に運転するが、道路一面に砂利が深く敷かれた工事区間があった。砂利が少ない場所を選んで慎重にバイクを進めるが、舗装道路まであと50mと迫ったところで砂利の深さは20cm以上となり、荷物を積んでバイクで走れるような道路状態ではない。

 

バイクの前輪が深い砂利でスタックして初めて転ぶ。最後は立ちごけのような状態で深い砂利がクッションとなり、身体とバイクにはダメージはない。

雨の中、バイクを持ち上げるため、荷物をバイクから取り外して、バイクのみとして運転しやすくする。車で通りがかりのロシア人にバイクを起こすのを助けてもらう。

 

困った人がいたら助けてくれるのは万国共通だ。荷物なしの状態でバイクをセカンドギアにいれ半クラッチで車輪にトルクがかからないようにしてよたよたしながらも深い砂利を抜ける。

 

昨年10月にモトラッド(BMWディーラー)主催のダート道の走行講習を受けたが、深い砂利道では全く歯が立たなかった。四輪駆動の日本製オフロードも深い車砂利の上では直進できず、車体を左右に滑らせて通過させている厳しい道であった。

 

スピードが出せない雨天走行やバイク転倒等があったためウランウデの到着は20:30(チタとの時差は一時間。チタ時間では21:30の到着)

 

前日Booking .comで予約してあったホテルが従業員を解雇したばかりで事実上の休業状態であったため、予約したホテルに居合わせたロシア人の女性に他のホテルを紹介してもらう。

 

タクシーに先導してもらい紹介されたReston Hotelへ22:00過ぎに投宿。高級感あるホテルなのに、何故か一泊1,700ルーブル(約3,400円)。後で判ったことだが、予約していたホテルと経営者が同一ということで、責任を感じて予約していたホテル並みの宿泊料としてくれたためだ。

 

6/6(月)ウランウデ(Ulan Ude)で休息

ウランウデはブリヤート共和国(ロシア連邦内の自治州)の首都。アジア系のブリヤート人は日本人そっくりなので違和感は無い。


ホテルから街の中心へ20分ほど歩く。街の中心はソビエト広場だ。広場には8m以上ある巨大なレーニンの頭の像がある。広場の周りには地方政府の建物等が建ちならび立派だ。斜めな土地に広場があり。坂を広場の上に政府等の建物が上にそびえ建つ。ロンドンのトラファルガー広場の似た感じだ。

(市内中心部のソビエト広場)

 

ウランウデは周りが山でかこまれた盆地の中にある。山から吹き下ろす風が冷たい。気温は6度で冬の装いが必要である。中心部をはなれると東京のアメ横のような小さな店が乱立している一角があった。商品を売っている人も、買い物客もブリアート人が多いため、アジアの下町的な風情だ。

 

 

モスクワのアルバート通り(東京の原宿のようなおしゃれな通り)に似た歩行者専用道路の通りがある。やはりアルバート通りと呼ばれている3階くらいの低層なブティック、宝石店、しゃれたカフェ等が並ぶ。ヨーロッパ的な風情の街並みだ。

 

 

(アルバート通りから凱旋門を見る)