今日は天気が良くないですねぇ。
気温が上がったり、下がったり、ややこしい天気が続きます。
さて、タイトルですが、
結構この内容のコラムは何度か書いているような気がしますが、
改めて、いろんな方の記事を読んでいて、気づいた部分があったので書きます。
その昔、ブログをやっているというと、単純な趣味で自分の日記や、日常の思いを
赤裸々に公開しているというものとして認識されていて、ちょっと敬遠されているイメージがあった。
ま、個人的な感想ですけどね。
しかし、今では芸能人や有名人をはじめ、もちろん一般の方まで幅広く利用されるようになった。
実は私も最初は敬遠していたのですが、いろんな理由から利用しようと思い、活用しております。
その理由とは
・HPと違い更新作業が格段にやり易い
・企業HPからでは、見えないような側面を伝えることができる
・商品紹介や販促が(規制もあるが)手軽に行える
・SEO対策などが施されている
・企業HPとしても代用できる
などなど、私の場合は趣味で使うということよりも、自分を知ってもらう、会社を知ってもらうという側面からでも非常にメリットが多いというのも理由の一つだ。
しかし、それ以上に大きなメリットもある。
それは、「記事を書く」ということだ。
書くといっても、ただダラダラと書くのではなく、
構成を考えて、何度も推敲し、手直しをし、公開をする。
この手順を踏んで文章を公開すると言うことがとても大事だということである。
テレビやラジオ、雑誌やネットから情報を視覚的・聴覚的に情報を収集するのは
それほど苦にはならない。
しかし、ただ垂れ流されている情報を収集しても、自己の表現力は全く成長しない。
しかし、たとえブログであれ、記事を書くという行為は、文章表現力、それこそ自己表現力の向上につながる。
文章を書くということは、そのまま語句を並べるということではなく、
行と行との行間を上手に使うことにより、その文章に感情を持たせ、
文章に感情を持たせることにより、読み手に文章の読みやすさを与え、
とても表現力のある面白い文章になる。
例えば
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のどが渇いた。歩き疲れた。あっ、水がある。やったー。うまい
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という文章と
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のどが渇いた・・・
・・・歩き疲れた
あっ!水がある!!
やったー!!!
うまい!!!!
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という文章とでは、その文章から伝わる感情が明らかに違う。
(たとえ文章として決して上手とは言えないが。)
この点まで意識して、文章を書くということで、本当に自己の表現力が高まると思う。
また、こういう経験はないだろうか。
人と話をしている。
会話という情報伝達手段だと、スラスラと自分の思いを伝えることができ、
リアルタイムでスムーズなコミュニケーションがとれる。
しかし、文章を書くとなると
書いているうちに、最初に思い描いていた内容が薄れていき、何を書きたかったのか忘れ、
結局最初のイメージとはまったく異なった文章になる。
そう、文章を書くということはそれなりの集中力が必要になるのです。
といっても、ずっと集中力が続くことはありませんので、
ある程度書き終えたら読み返して、全体の構成を確認し整え、
イメージを再構築したうえで、再度文章を追加していく。
単純な日記となるとそこまでの必要はないかもしれないが、
ちゃんとした文章となると、最後の読み直しまで、結構な集中力を必要とする。
人に伝えるために文章を書くということは、集中力がいるし、文章の表現力も必要となる
しかし、それらを駆使して作った文章には感情がこもり、読んでいてもとても楽しい文章になる。
そういう人の文章は、見た目が長くてもスラスラと読めて、その長さは全く苦にならない。
そして、文章の表現力が豊かな人は、普段の自己表現力も豊富で面白い。
是非、自己の能力向上のためにも、気合い入れて文章を書いていきたいものだ。
さて、自分のこの文章を読み返してみて・・・・駄作だな。読みにくい(笑)