
過去に傷を負った若者二人が、遺品整理業という職業を通じて出会い、再生を遂げていく……人と人との絆を描いた人間ドラマ。

人間の生と死を見つめる映画です。
心を病み生きることに絶望を感じていた男女が、出逢いともに遺品整理業の現場で失われた命や、遺されたモノの息吹に触れることで、少しずつ生きる勇気を取り戻していく。
辛い過去を乗り越え、未来に踏み出そうとするその姿は感動的。
どんなに辛くて忘れたい過去であっても、忘れる必要などない。
逆に、そのようなことがあったからこそ、今の自分がある。
否定したい事実さえも敢えて肯定的に捉え、前を向いて生きて行こうと思わせられます。
シリアスな内容に対してタイトルがそぐわないのでは?……という声も多いようで、自分も最初はそう感じていた。
でも観終えた後は、こんな変なタイトルをつけた意図がわかり納得。
この作品は、人と人とのコミュニケーションの際の勘違い、受け取り違いなどから起こる齟齬をひとつのテーマとしているのです。
それを感じさせる件りが随所にちりばめられている。
主人公の杏平には軽い吃音があり、しかも小さい声でぼそぼそ喋るため、言葉が聞き取りにくい。
それによる誤解が生じたりしたこともあったのだろうと想像できる。
また遺品整理業社の先輩社員が杏平に自己紹介する時、
「よく‘佐藤’って間違われるんだけど、僕の名前は‘佐相’だからね。さ・そ・う!」
現場で仕分けの作業中では、ゆきが杏平にこう指導する。
「ご‘不’要’、ご‘供’養。ね、不要品とご供養品をこうやって口に出してやれば間違わないでしょ」
杏平が精神を病むきっかけとなった出来事は、高校時代の山木と松井とのトラブル。
ネットの掲示板に悪意の書き込みをしているのは松井だと知り、怒り心頭の山木は教室でナイフを突き付ける。
それを見た杏平は、
「もうやめろよ!あんなことしたってしょうがないだろ!」
これは松井に向けて放った言葉だったのだが、山木は唯一の友人である杏平でさえも自分を詰ったのだと誤解してしまい……彼を飛び降り自殺にまで追い込んでしまう。
その後の登山合宿で杏平が松井と二人だけで険しく危険な山路を歩いている時に、前を行く松井に殺意を覚えた杏平が、突き落とそうと手を出すも……結局は必死に松井を助けてしまい、それが自分の本意とは真逆の感動的な救出劇の写真として撮られてしまう。
これもまた誤解である。
杏平は壁に展示されたその写真をカッターで何度も何度も引き裂く。
‘違う、違うんだ!こんなの救出劇なんかじゃない。僕は松井を殺そうとしたんだ’
そして杏平は、そのカッターを次には松井に向けることになる。
一方、ゆきも杏平と同じように誤解が原因で精神を病んだ経験者だ。
高校時代、同級生にレイプされた挙げ句、子供まで宿してしまった。
しかし相手の母親からは、
「ウチの子は、あなたから誘ったって言ってますよ。あなたが悪いんでしょ」
自分の母親からにまで「あなたにも責任がある」と叱責されて……。
まるで全てが自分に非があるように責められてしまい、それが心に深い傷跡を植え付けてしまうことになるのだ。
(且つ、流産してひとつの命を奪ってしまったことに対しても自責の念を持ち続けている)
これらの小さな齟齬から引き起こされる大きな勘違い、受け取りの違いをどうやって解決していくかが、杏平が遺品整理業を経験する中での根本的なテーマになっていく。
癌で亡くなった女性が、幼い頃に別れてしまった娘に宛てて書いた何通もの手紙。しかし彼女は書いたものの出せないまましまい込んでいた。
それを見つけた杏平は、遺族である娘に届けようとするが、「そういうのは逆に迷惑がられるからやめといた方がいいよ」と佐相から窘められる。
しかし、拒絶されることを覚悟で既に結婚して幼い子供もいる遺族の娘に届けに行く。
「そんなものいりません。持って帰ってください」
やはり娘は拒否するも……遂にはその手紙に目を通すと……途端に彼女は泣き崩れる。
どのような内容なのかは明らかにはされないが、その涙が全てを物語っている。
次には、アルツハイマー病で夫に迷惑をかけないようにと勝手に病院に入った妻の遺品整理にて。
妻の真意を知らない夫は、わだかまりが消えていないため憮然とした表情でいる。
ご供養品を分けている杏平に夫はこう言い放つ。
「全部、不要品だ。勝手に捨ててくれ」
しかし杏平は「これはご供養品」と青と赤のツインのコーヒーカップを丁寧に包む。
その青いカップこそ、夫の愛用品だったもの。妻は大切にしまっておいたのだ。
続いて、杏平は電話を見つける。
留守電のスイッチを入れてみると……「今夜も仕事で遅くなる」「接待で遅くなる」など同じ内容ばかりの無愛想極まりない夫の伝言。
すると妻の声が録音されていた伝言も流れ……「すいません。今夜は遅くなります。夕飯は冷蔵庫に……」と夫を気遣う優しさ溢れるもの。
夫は巻き戻してもう一度その声を聞くと、
「私は仕事人間で妻の思いなど何も考えていなかった。それに今頃、気付くなんて」
と号泣するのだった。
このような人間同士の食い違いを遺品整理の仕事を通して正すことに全力をあげる杏平。
文字、音などで齟齬を正してきた杏平も、やがてはゆきが遺していった写真を見て、自分自身の間違いにも気付く。
ゆきが撮影した様々な杏平の写真。
居酒屋での照れた笑顔、作業中の真剣な表情や後ろ姿、観覧車内での叫び、そして……最後に海辺で撮った満面の笑みを浮かべる杏平の顔。
海辺でゆきと再会した杏平は‘命’について語り合う際、「あの時の命」と口にするゆきに、
「‘あの時の命’って続けて言ってみて」
「あのときのいのちあのときのいのちあのときのいのち……なんかプロレスの人みたくなっちゃうね。あ!わたし、みんなに言いたいことがわかった」
するとゆきは海に向かって、
「元気ですかー!元気ですかー!」
それに呼応して杏平も、
「元気ですかー!」
二人の心からの叫びが胸にグッと迫るシーンです!
杏平とゆきにやっと明るい未来が芽生えたかと思いきや、物語は残酷な結末が待っている。
トラックに轢かれそうになっていた子供を助けたゆきは、命を落としてしまうのだ。
ゆきの遺品整理をする杏平と佐相。
「ご供養品……ご供養品」
その中に、ゆきが遺していった杏平の写真が出てくるのである。
ゆきが亡くなるというラストは、下手したらベタな展開だけれど……そこは瀬々監督、その一歩手前で見事なバランスを保っていて、決してお涙頂戴的な臭い展開にはしていない。
でも泣けて泣けて……最後の10分間は涙がとまらずでした。
またエンドロール後には、爽やかな後味が残るシーンも用意されています。
主演コンビの岡田将生と榮倉奈々の演技が素晴らしいの一言。
いきなりのオールヌードで登場の岡田将生。
吃音でなかなか言葉を発せられず、緊張して口角がピクピクと痙攣するところの演技はリアル。
鬱屈した気持ちをぶつける場所がなくひたすら絶叫する際の表情や、重く沈んだ表情の出し方も秀逸。
最後に映る満面の笑みの表情にも泣けた。
榮倉奈々は、過去の出来事を語る時の演技に注目を。
徐々に涙が溜まってきてからドッと溢れ出すまでをアップ&ワンカットで描写。
助演の原田泰造も凄くいい!
もの静かな演技に徹していて、優しい雰囲気が滲み出ています。
瀬々監督の演出、役者陣の演技と見応え満点の秀作でした。