『春との旅』 | エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

ただの戯れ言?!またはエッセイのようなもの。
そしてボクは時をかける。

『春との旅』


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【出演】
仲代達矢、徳永えり、大滝秀治、菅井きん、小林薫、田中裕子、淡島千景、柄本明、美保純、戸田菜穂、香川照之


【監督・脚本】
小林政広




“生きる道、きっとある”


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ある日、突然……ひとりの老人が家を捨てた。
孫娘、春があとを追った……。
家族を巡るふたりの旅のその先に、何が待つ。


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北海道増毛郡増毛町に暮らす元漁師の老人・中井忠男。

彼は妻に先立たれ、同居する19歳の孫娘・春の世話がなくてはならない生活を送り、兄弟たちとも疎遠になっていた。


そんな時、春が勤めていた小学校が廃校になり、春は都会へ出たいと思うが……足の不自由な忠男に一人暮らしさせるわけにもいかず……。


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そこで忠男は、身の置き場所を求めて、春と一緒に宮城県の各地に住む親類を訪ねる旅に出る。


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最初に訪れた長兄・重男は、昔から反りの合わなかった忠男の申し出を拒む。

「もうええ!」
と、去ろうとする忠男に重男は……
「実はな、この秋からホーム行きだ。女房と一緒にな。息子夫婦に従うしかないんだ」
「…………」


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こうして頑固一徹で我が儘な祖父と、健気な孫との旅は続き……家族との確執や過去との対面により、二人は人生そのものをじっくりと見つめ直すことになる。


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「わたし、おじいちゃんとずっと一緒にいるからね。ずっと一緒に暮らすからね。わかった!?」


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足が不自由な元漁師の祖父と仕事を失ったの孫娘が、疎遠だった親族を訪ね歩く旅に出る姿を描いたヒューマン・ロードムービー。


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高齢化社会となる日本がこれから体験するであろう多くの問題を静かに且つ、リアルに描き出していく。


孫のこれからの人生を思いやりながらも、誰かに世話をされないと生きていけない老人の葛藤が心に響きます。


冒頭、今にも崩れ落ちそうなボロボロの家から怒って飛び出してくる忠男。
それを慌てて追いかけてくる小柄な少女の春。
杖を投げ捨て、春が止めるのも聞かず不自由な足でヒョコヒョコ歩き出す。
春はその杖を拾い、不格好なドタドタ歩きでついて行く。

これを長回しワンカットでカメラは捉え、その間の台詞はなし。

なぜ忠男はあんなに怒っているのか?なぜ春は必死に止めているのか?そして、荷物を持ってどこに行こうとしているのか?

と、シーンは変わり電車に乗っている二人の姿に。
やがて、その疑問が徐々に明らかになっていく……というこの導入部はお見事。


そんな二人が最初に訪ねるのは長兄の重男。
豪邸に住んでおり、一見何の不自由もなく悠々自適の生活をしているようだが……。

「俺を養ってくれ」
と頼む忠男に対し、重男は冷たく断る。

「やはりな」と去ろうとする忠男の後ろ姿に、重男が搾り出すようにして漏らす言葉が哀しい。

「間もなくホームに入居する」

息子の希望で老人ホームへと追いやられる兄夫婦。(重男は「‘ホーム’とだけ言い‘老人ホーム’という言葉は使わなかった。この微妙な言葉遣いに苦渋の気持ちと、僅かに残っている矜持が見え隠れしている)

その際、重男の妻は彼の手をしっかりと握っており‘何処までも夫に着いて行く’という強い意志を感じさせる。


次に会いに行くのは息子。ところが「他人の罪を背負って刑務所に服役中だ」と内縁の妻から聞かされ愕然。


次に会うのは頭の上がらない姉。
彼女は大きな旅館を切り盛りしていて、言いたいことをズバッと言う性格も、弟への優しさも垣間見せる。
姉の前では小さくなってしまう忠男の姿が可笑しい。

そんな姉は春に「将来的に旅館経営を任せることを前提で、住み込みで旅館を手伝ってほしい」と声をかけるが、春はその願ってもない頼みを断ってしまう。

「おじいちゃんを独りにする訳にはいかないから」


続いては、会えばいつも喧嘩ばかりしていた弟のところへ。
彼は仙台市内で手広く不動産会社を経営していたはずだったのに……いざ行ってみるとその会社はなくなっていた。

羽振りが良かった時代はとうに過ぎ、今は妻とひっそりとマンションに住んでいた。

「土地を売ってこのマンションに移ったけどな、金なら腐るほど持ってんだよ!今は会社を復興させるための充電期間だ」
と見栄を張り嘯き、更にはこう言い放つ。

「今更、何しに来た!よくおめおめと顔を出せるな。昔、自分がどんなことをしたか考えろ、このバカ野郎!」
(但し、どんな確執があったのかは説明されない)

激しく食ってかかる弟に忠男もブチ切れる!

「おめえこそ、バカ野郎だ!バカ野郎!」

そして弟を何度も何度も平手打ちする……しかしその表情は淋しげに見える。
一方の弟は抵抗もせずに殴られ続けるが、チラッと映るその表情はこちらも淋しげだ。

お互い年取っても、まるで子供時代に戻ったかのような兄弟喧嘩。
不器用な二人のこのやり取りは切ない。

結局、確執を残したまま別れた……かと思いきや、弟は粋な計らいをする。

ホテルの入口で弟の妻が春に、
「あの人、スイートルームを取ってやれって私に言ったのよ。仲が悪くてもやっぱり兄弟よねぇ。正直、ウチも家計は火の車なんだけど、どうにかこうにか暮らしてる。じゃあ、元気でね!」

その様子を離れた場所から窺っている弟。

大喧嘩をしても、ずっと疎遠になっていても、やはり兄弟は兄弟なのか。


「結局、みんなダメだったな……」
そう語る忠男に春は、
「急にお父さんに会いたくなった。お父さんに会いたい」

こうして離別していた春の父親を訪ねることにする二人。

しかしその父は、再婚していた。と同時に、母の死とその原因も知ることになる春。

事実を知った春はただただ泣きじゃくり、父はそれを黙って見守るしかできない。

その頃、屋外では忠男に父の後妻がこう優しく問い掛ける。

「お義父さん、私たちと一緒にここに住みませんか?夫もそれを望んでいると思います。夫はお義父さんのことが大好きなんですよ」

血縁的には赤の他人なのに、息子(この場合は義理の息子だが)の嫁だけが唯一優しく接してくれる……これと同じようなシーンですぐに頭に浮かぶのは、小津安二郎の『東京物語』だ。
原節子が笠智衆に接するシーンと重なるものがあります。


その後、忠男と春はこんな会話を交わす。

「このまま、そっとおいとまするか?」
「私も同じこと考えてた」

そして二人は北海道へと帰ることにするのですが……帰路の電車の中で忠男は静かに息を引き取り、エンディングとなる。



この作品は、ロードムービー形式で描きつつ、家族の生き方や在り方がテーマとなっており、また高年齢社会への警告も重要なポイントとなっていて深く考えさせられます。



主演の仲代達矢をはじめ錚々たる大ベテラン名優陣の中、春を演じた徳永えりが一歩も引けをとらない堂々たる演技で独特の存在感を見せている。

特に印象的なのは、ガニ股で超不恰好に歩き、走り回る姿。
ファッションも野暮ったく、化粧っけもゼロ、髪もボサボサでいかにも田舎の女の子風。
春の人となりをよく表していて、その役作りは秀逸。
あの仲代達矢が「このコは天才だ」と感嘆したらしいが、それも納得の素晴らしい演技です。



ちなみに東日本大震災で甚大な被害を受けてしまった宮城県にある港町も映し出されますが、そのシーンでは忠男によるこのような台詞が。

「この辺りは昔、大きな津波でやられてな。わしの家も流されてしまった」