
【監督】
想田和弘
“電柱にもおじぎせよ!
壮絶「どぶ板選挙」にみるニッポンの民主主義”
2005年9月の郵政民営化選挙の直後、切手・コイン商を営んでいた40歳の山内和彦は、ひょんなことから川崎市市議会補欠選挙の公募の面接に合格し、なんと自民党公認の候補者となってしまう。

しかし、山内は政治に関してはまったくの素人。
しかも東京都出身の彼にとっては川崎市宮前区は縁もゆかりも無い所で、まさに落下傘候補だった。
他の民主党・共産党・市民派の3候補はベテラン揃いだが、民主党との議席数は拮抗しており、自民党としては何としてもここは勝ちたいと思っている。
三バン(地盤・看板・鞄(組織・知名度・お金))も無い山内だが、‘補欠選挙’ということで地元の国会議員や市議会議員、そして彼等の支持者たちの手厚い支援を受ける。

山内はドブ板選挙を展開し、片っ端から保育園やバス停などにいる人にも声をかけ、地域の運動会や祭りにも行き……「電柱にもお辞儀作戦」にでて、妻も含めて必死の選挙活動を行うが……。

果たして、山内は勝てるのか?
そして、選挙戦を通じて浮き彫りになるニッポン民主主義の本質とは?

巨大政党がいかなる戦略と方法論を駆使して‘政治の素人’を公認候補に仕立て上げて選挙戦を展開するのか?
選挙の裏も表もつぶさに‘観察’したドキュメンタリー。

ひょんなことから自民党に白羽の矢を立てられ、市議会議員の補欠選挙に出馬することになる山内。
ところが、多額の選挙費用はほとんどが自腹で、負ければ借金だけが残る大バクチだった。
スーツを一着も持っていなかった自由人の山内は、伝統としきたりと上下関係を重んじる党の関係者からは「何をやっても怒られ、何をやらなくても怒られ」てばかり。
そんな山内の一世一代の奮闘記でもあるのだ!
告示前、自らマイク、スピーカー、幟の‘選挙3点セット’を持ち、宮前平駅頭で‘声出し’をする山内の姿から映画は始まる。
しかし通行人は誰も足を止めず、話を聞く者すらいない。
そんな中、「小泉自民党の山内和彦でございます!」と連呼する声が虚しく響く。
「どうせ話を聞く人間なんかいないんだから、とにかくしつこいくらいに名前を繰り返して言え」
とのアドバイス通りに「山内和彦、山内和彦」と叫び続ける。
そして遂に苛酷な選挙戦がスタート。
「奥さんのことは妻ではなく家内と言いなさい。それが政治の決まりだから」
「何で白い手袋をするの?」
「何でだろ?……目立つからじゃない?」
石原伸晃、荻原健司、橋本聖子といった有名国会議員も応援に駆け付ける中、政治にも選挙にも疎い山内は戸惑いつつも走り回る!
そして、山内が憧れている小泉純一郎首相(当時)とも対面を果たすが……。
実は小泉首相は市議会選と同時期に行われていた参議院補欠選候補者の応援に来たのだった。
隣に並ぶことも許されず、握手をするだけに終わってしまう。
「まあ、僕は所詮市議会候補ですからね」
想像以上の苛酷な選挙戦に徐々に疲弊してゆくも……不満をぶつける妻を必死に宥め、上の者から叱責されながらも涙ぐましい努力を続ける山内。
小学生にも声をかけ、なんとカーネル・サンダース人形にまで握手を求めるのだ!
この山内和彦は、ちょっと憂き世離れした自由奔放な性格で、そこが妙な魅力がある人物。
気象大学校、信州大学を中退して東大に入り、卒業後は切手マニアが昂じて切手コイン商を営むという一風変わった経歴の持ち主。(鉄道オタクでもあるようだ)
どんなにいじめられても(?)決して腐らず、痛々しいほど純粋な姿は滑稽にすら映るが、それが逆に涙を誘う!?
かなり天然気味なところもあるのか、選挙に僅差で勝利し、偉い先生方や大勢の支持者が事務所に詰め掛けて祝福しようと待っているというのに……肝心の本人の姿がない!
「山内君はどこだ?」
「まだ自宅にいるって」
「え!?こんなの前代未聞だよ!しかも先生方を待たせて。世が世なら切腹ものだよ」
そんな中、堂々と(?)遅れてやって来る山内。
ある意味、大物です?
この作品には、ナレーションや音楽、テロップによる説明などが一切ない。
想田監督の別作品『精神』同様、敢えてメッセージ性を封印し、観た者が自由に観察し、感じ、考え、解釈できる‘観察映画’となっています。
選挙のドキュメンタリーってどうなの?……と思っていたら……これがとにかくメチャメチャ面白かった!
政治や選挙に興味がなくても、間違いなく楽しめるサイコーのドキュメンタリーです!