
【出演】
東山紀之、菊池凛子、勝地涼、片岡愛之助、尾野真千子、松原智恵子、笹野高史、池内万作、寺泉憲、綾田俊樹、西岡徳馬、藤竜也
【監督】
篠原哲雄
“愛する人を斬ることなど、出来るのか”

侍社会の掟が、兄妹を、過酷な運命の淵へと追いやっていく……。
海坂藩藩士・戌井朔之助は、家老・助川権之丞から呼び出しを受ける。
夫婦で藩を出奔し、藩主より上意討ちの命が下されていた佐久間森衛を追っていた討手が、病気のために帰国したというのだ。
次なる討手には朔之助が選ばれた。
しかし朔之助は、この命令を一度は辞退する。
なぜなら佐久間は、朔之助の妹・田鶴の夫。もし田鶴が手向かえば、彼は妹を斬らねばならない!
が、助川は、
「これはそなたに相談をかけておるわけではない。主命であるぞ」
と申し渡す。

帰宅後、朔之助が妻の幾久と両親に事の次第を報告すると、母・以瀬は、
「妹を斬る立場になったらどうするのですか?」
父・忠左衛門は……
「そのときは斬れ」
と言い放つ。

「田鶴は武士の妻として、手向かってくるに違いない。が、田鶴を斬ることはない」
そう両親に宣言した朔之助を待っていたのは、若党の新蔵だった。
彼は上意討ちの旅に、自分も連れて行って欲しいと朔之助に懇願する。
朔之助や田鶴と兄弟同然に育った新蔵は、ある想いを秘めて朔之助の供を買って出たのだ。
道中、田鶴と出会った時どのように対処するべきか、心が定まらない朔之助に、新蔵は佐久間と田鶴が藩を出奔した理由を尋ねる。
佐久間は藩主と、その側近である侍医・鹿沢堯伯が行ってきた杜撰な農政改革を批判する上申書を提出し、藩主の不興を買った。
処分も覚悟の上での断行であったが、決定的な処断が下される前に夫婦で姿を消したという。
その佐久間と朔之助は、城中で一度剣術の試合をしたことがあった。
結果は互いに1本ずつ取ったところで悪天候のために試合続行が難しくなり、決着は着かず。

自分と五分の腕を持つ佐久間との立ち合いを前に、朔之助の心は揺れる。
また藩内では、出奔を言い出したのは田鶴だという噂が立っていた。
「ありうることだ」
と朔之助は思う。
「昔から、こうと思い込んだら自分の意志を絶対に曲げない女だからな」

18年前、子供だった朔之助と田鶴、新蔵は三人で小川へ遊びに行った。
しかし天候が急変。そこから流れ込んできた雨水で小川の水嵩が急激に増し、朔之助は田鶴を助けようと手を伸ばしたが……
「お兄様は嫌!」
と彼女は助けを拒んだのである。
想いを馳せる朔之助は、やがて行徳の小川に佇む家へ田鶴が出入りするのを発見する。

これこそまさしく佐久間と田鶴の隠れ家。
佐久間との対決はもはや避けられない。
運命は、三人を再び小川の辺へと導いてゆくが……。

侍の掟に苦悩する男、掟を破ってでも愛する者を守ろうとする女、そして掟を越え人を愛してしまった若者……三人の運命がひとつに結ばれていく様と男女の秘めたる想いを描いた人間ドラマ。

海坂藩士・戌井朔之助が、旧友である佐久間森衛の討伐を命ぜられるところから物語は始まります。
藩主の政治を批判し、脱藩を余儀なくされたとはいえ、佐久間は実の妹・田鶴の夫。
ひとつ間違えば妹までも斬らなくてはならず、朔之助は肉親の情愛と武士としての宿命の間で苦悩。
そして、朔之助の道中に付き従う若党の新蔵もまた、兄弟同然に育った田鶴には主従関係以上の淡い思いを抱いている。
この二人の内面の葛藤が、とても丁寧に描かれています。
絆、葛藤、そして本当の優しさ。
無垢だった絆が、過酷な運命に引き裂かれようする時、彼らが見出だしすものは?
大人になることの切なさ、過酷さを胸に呑み込み、静かに逃れられない運命と対峙する若者たちの姿が鮮烈。
自らを顧みず、農民たちのためを思って藩の悪政を批判したがために脱藩に追いやられる佐久間。
たとえ相手が誰であろうとも、
「間違いは間違い!正しい道を進まねばなりませぬ」
と進言。
朔之助は佐久間が正しいと心の中では同調するも、主君に仕える身として‘情’や‘正義’よりも、‘道理’を優先せざるを得ない。
またそれは、武士としての矜持でもある。
そこにある忍耐が胸に染みます。
(これはある意味、現代にも通じるのではないか?)
遂に佐久間の隠れ家に辿り着いた朔之助。
「やはり来おったか。準備をする。しばし待ってくれ」
と佐久間。
そして……二人は、せせらぎが聞こえてくるなか、小川の辺で静かに向かい合う!
とても哀しい対決となるのです。
主人公の朔之助は、ストイックに自己を磨き上げてきた男気に溢れた武士。
非情な運命を受け入れながらも、妹への優しさをも失わない……。
この朔之助を東山紀之が好演。
菊地凛子の(まさに名前通りの)凛とした佇まいも魅力的。
篠原監督の新作ということで楽しみにしていたこの作品。
(篠原作品では『草の上の仕事』『月とキャベツ』『はつ恋』『深呼吸の必要』が大好きです。いずれも大傑作!)
今作も静かで観ていて落ち着く……涼やかな雰囲気すら漂う映画でした。
劇中音楽を少なくし、現場の音を最大限に際立たせるような臨場感ある演出がよかった。
また、山形でロケされた山や小川の風景が凄く綺麗でもあります。
派手な立ち回りなど一切ない地味な内容の時代劇ですが、見応え満点の素晴らしい作品で大満足!