
【出演】
寺島進、西田尚美、鈴木清順、板尾創路、篠原涼子、益岡徹、塩見三省、白川和子、手塚とおる、滝沢涼子、田山涼成
【監督・脚本】
SABU
“我が人生、最悪で最高の1日!”
寂れた工場地帯の朝。
ひとつの工場が閉鎖され、切腹した工場長の唸り声が響いた。
職を失った工員のひとり、五十嵐悟は作業服のまま、あてもなく歩きはじめることしかできない。

行き交う車、行き交う人……五十嵐の意図に関わりなく、世界は勝手に動いている。
五十嵐は様々な人たちと遭遇する。
臓器提供を申し込んだヤクザは、腹にナイフを刺したまま死んだ。
犯人に間違えられた五十嵐は留置場へ。
同じ房には、妻を愛しすぎるあまり殺人を犯してしまった板前が。
疑いが晴れて放免されると、アパートが火事で燃えてしまったシングルマザーの子供を助け、警察から表彰状を受ける。

と次には車に轢かれて入院。
そこでは、病床にいながら妻を心配する老人が。(実は幽霊)
その妻は宝くじに当り、ショック死。
自分はつまらない男だと川に身を投げるサラリーマンや、ガンを告知され自分を見失ってしまった男。
ひとにとっての幸せって何なのか?
じゃあ俺にとっては?
たった2日間で次々と色んな出来事を偶然目にし、出会い、五十嵐はそんなことを考え始めた。

そして、最後に辿り着いたのは……彼が最も幸福だと感じる場所だった。
工場が閉鎖され職を失った工員、が様々な人との出会いを通して真の幸福に気づくまでを描く人間ドラマ。
次々と予期せぬ出来事に巻き込まれる男を疾走感を持って描いてきたSABU監督。
これまでの作品の主人公は、自らの足で、自転車で、車で……と激しく疾走していましたが、この『幸福の鐘』の主人公・五十嵐は、静かに穏やかに全く感情を表さず、ひたすら歩く、歩く。
冒頭からずっと五十嵐は、一言も口を開かずに頑ななまでに無言を貫き通す。
しかし、最後の最後……幸福な場所に戻ってきた途端、急に饒舌になって……2日間に起こって出来事を嬉しそうに楽しそうに喋り出すのです。
大胆なほどシンプルな描写の中に、人生の真理を凝縮させた内容。
行き場のないパワーを放出して暴走することなく、不安定な世界を一歩一歩ゆっくり進んでいく五十嵐。
劇中音楽を極力入れず、時に無音を効果的に用いる抑えた演出の中で、五十嵐ラストに至るまで一言も発しない。
常に受身で客観的に、不安定な世の中、人々を見つめる姿が、淡々と綴られ不思議な空気感が漂う。
そこに描かれているのは、人間の不条理さ、滑稽さ、そして足早に過ぎる日常の中で、自分が幸せかどうかもわからない状況。
ひたすら歩き、わずか2日間で一生分もの出来事に遭遇した末に、五十嵐は今まで当たり前で実感もしたことのない身近にあった幸福に気づく。
‘小さいけれど確かな幸福’
それこそが、生きていく上で必要不可欠なものだと改めて痛感するのです。
またラスト前の2分間にも及ぶ‘無音シーン’にも注目を。
あらゆる感情をおもいっきり押し殺した寺島進の演技が素晴らしい。
それから鈴木清順演じるオジイサンのこの台詞も印象的。
「幸福ってのはな、ひとりっきりじゃ味わえないんだよ」