『ちゃんと伝える』 | エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

ただの戯れ言?!またはエッセイのようなもの。
そしてボクは時をかける。

『ちゃんと伝える』


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【出演】
AKIRA、伊藤歩、奥田瑛二、高橋恵子、高岡蒼甫、でんでん、吹越満、佐藤二朗、綾田俊樹、諏訪太朗、満島ひかり


【監督・脚本】
園子温




“オヤジ、先に逝ってくれ”


“親と子、男と女……誰だって、愛する者へ本当の思いを伝えるのは難しい。
それでも最期には、ちゃんと伝えたい。あなたが、大好きだったと。
人は最期に何を思い、どうやってそれを伝えていくのか。
あなたの「ちゃんと」は何ですか?”




ある地方都市のタウンマガジン編集部に勤める27歳の史郎にとって、それはまさしく青天の霹靂だった。

地元の高校サッカー部で鬼コーチとして鳴らす父が倒れ、病院に運び込まれたのだ。

ほどなく容態は安定したが、すでに父の体はガンに蝕まれており、先行きはまったく楽観できなかった。


史郎の脳裏を霞める高校時代の苦々しい思い出。

当時、サッカー部に所属していた彼は、学校ではスパルタ主義のコーチとして、家では厳格な家長として、絶対的な存在感を誇示していた父とどうしても打ち解けることができなかった。

その決まり悪さを大人になってからも引きずってきた史郎は、父との対話すら避けてきた自分を後悔し、ある決意を固める。

それは必ず毎日1時間は病室を訪れ、できるかぎり父に寄り添い、親子の関係を修復することだった。


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そんなひたむきな思いが通じたのか、父が釣りに興味を持っていると呟いたことで、ふたりの距離は次第に縮まっていく。

「元気になったら、湖へ連れて行ってくれ。お前と俺、ふたりで行きたいんだ」

真剣な眼差しで告げる父と、満面の笑顔で応じる史郎。
男同士の固い約束が交わされた病室には、彼らをそっと優しく見守る母の姿があった。


未来への希望の光が差し込むかにみえたある日、父の担当医師に呼び止められた史郎は、思いがけないことを告げられる。

「史郎さん、あなたはガンです」

悪夢のようなその宣告は、まぎれもない現実だった。

父と同じように胃の痛みを感じていた史郎は、数日前に医師の薦めで検査を受けていたのだ。
しかも、史郎のガンは悪性で、父よりも病状が重いのだという。

ひょっとすると父は、ひとり息子の死を看取ってからあの世に逝くはめになるのかもしれない。

史郎には、そんな残酷すぎる事実を両親に伝えられるはずもなかった。


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史郎がその事実を明かせない大切な人がもうひとりいた。幼なじみで同い年の恋人・陽子である。

「もしも俺が、父さんみたいにガンで死ぬってわかっても……一緒にいてくれるかな」
「何で、そんなつまらない質問に答えなきゃいけないわけ?」

そんな会話を交わしたふたりは、近いうちに自分たちの結婚について話し合うことを約束する。

「ちゃんと伝え合いましょう」
「……うん、わかった」


余命わずかな父と向き合うと決めた息子。
そんな彼に宣告された、もっと短い余命。
愛する人を失うことより、愛する人を悲しませたくない。

‘どうせ死ぬなら……オヤジ……先に死んでくれ’


そして、父子でやり遂げた、最後の約束とは……。


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父から息子へ、息子から父へ。そして家族へ、恋人へ。大切な人に想いを伝えたいという切なさと愛おしさ、温かな情感が胸に染み入るヒューマン・ドラマ。



背を向けていた父と息子が絆を再生するというテーマを掘り下げたこの映画は、園子温監督自身が実父を亡くした個人的体験に基づくオリジナル・ストーリー。
(エンディングで‘亡き父に捧げる’とスーパーが出る)


父と同じ病を息子も背負うという設定は、一見悲劇的。
だが、その悲劇性よりも、まるでその病が父と息子を固く繋ぐものであるかのようにも映ります。


二人が並ぶ湖のほとりのベンチが美しい夕陽にきらめくショットなど、優しい視点からの詩情豊かな映像世界や、ピュアな感情をストレートに描き……それまでの荒々しさや緊迫感を強調した攻撃的でショッキングな園監督の作風とは完全に対照的。



父が息子に託した‘蝉の抜け殻’がキーワード。

余命を描きながらも、深い印象を残すのは、悲劇性よりも何気ない日常のひとこま。
日常の何でもない風景に、どれほど人の想いがつまっているのか。その想いを知らずにいたら見過ごしてしまう……そんな風景。

その象徴とも言えるのが、本編中に何度か登場する蝉の抜け殻。

倒れた父が握っていた掌から滑り落ちた蝉の抜け殻の意味を知るところとなるのは、ラストシーン。
それは、父が息子に託した強い想い……。



‘ちゃんと’伝えることは簡単なようでいて凄く難しいけれど、でもとても大切なこと。

物語の最後に、史郎は結婚を約束していた陽子に‘ちゃんと’こう伝えます。

「実は俺もガンなんだ。だから今日、伝えたかったことは……俺と結婚なんかしちゃいけないってこと」

それに対して陽子は、
「わたし、史郎と結婚するよ。一生ふたりでいる。史郎が明日死んだとしても、それはわたしと史郎の一生だから。結婚って、そういうもんでしょ」



園監督のフィルモグラフィからしたら、この『ちゃんと伝える』は、エアポケットのような異色作。
(なんせこれの後に撮ったのは、超衝撃的だった『冷たい熱帯魚』ですから。異常すぎるくらいのギャップ!)


でも園監督が亡き父親に捧げたパーソナル作品と考えれば納得です。