
【出演】
池脇千鶴、市川由衣、石川伸一郎、島田律子、宇崎竜童
【監督・脚本】
井上春生
‘これってマーズアタック?’
駆け出しのフードコーディネーター・小暮ももは、古びた大きな木造の一軒家で、父親・浩二と二人暮し。

‘私には不幸が二つある。母がいない。そして嗅覚がない’
幼い頃に両親は離婚して母親はいない。
浩二も多忙で家を空けることが多く、いつもひとりぼっち。これがフツーなんだとずっと思っていたが……。
その日も、浩二は不在だった。
恋人の聡を呼んで一夜を過ごし、朝ごはんの準備をしていたももは、突如きな臭い予感がする。何かが起こる……!?
その予感は見事に的中した。
呼び鈴が鳴って扉を開けると、見たことのない若い女が立っている。トランクを抱え、目線が覚束ない変な女。
渡されたメモを見ると、ここの住所と‘困ったときはここを訪ねる・妹のももがいる・父より’と書いてある。
「誰ですか?」
「小暮かりん、25歳です。昨日から何も食べてません。昆布茶漬けを頂ければと思います」
「はあ?」
そして彼女は昆布茶漬けをあっと言う間に平らげた上に、「干し椎茸の戻し汁を入れるとなお美味しい」と余計なアドバイスまでする始末。
姉がいるなどと全く聞かされていなかったももは、浩二にメールで問い質すと……
‘かりんは紛れもなくももと同じ遺伝子を持つ姉だ。百聞は一見にしかず、まずは体験しなさい’と突き放されてしまう。
さらに……
‘脳卒中で倒れた母に、救急車を呼ぶことを知らない、そんな姉さんだ’
なんと母親が亡くなっていたことも初耳だった!
かくして、かりんともも……小暮姉妹の全く噛み合わない共同生活が始まった。

かりんは火星人と同じくらい、理解不能な女の子。
言葉を交わしても、会話が成立しない。滔々とウンチクを語る。散らかっていた部屋のあらゆる小物を、几帳面に色分けし整頓するという具合だ。
廊下に紐を渡すと、大量のポラロイド写真を吊るしたりしている。
どれも街灯の写真だが、かりんにとっては‘音符’なのだという。
どうやら一枚欠けている街灯の写真を捜すためにこの家に来たようだが……。

社会の‘フツー’を遥かに超えているかりんに、ももは振り回されっぱなしで……イライラが限界に達したももは、かりんが作った干し椎茸の戻し汁を目の前で流しに捨ててしまう。
すると、かりんは激しい悲鳴をあげて発作を起こした!
かつてかりんが母親・妙子と二人で暮していた幼い頃、脳卒中で倒れた妙子をかりんが発見したのは、亡くなってしばらく経ってからだった。
動かなくなった母親を前に、かりんは途方に暮れて見ていることしかできなかった。そんな辛い事件が干し椎茸の戻し汁を捨てた後に起こったため、かりんのなかで固く結びついてしまったのだ。
ももは、浩二からかりんが自閉症のひとつのタイプである‘アスペルガー症候群’だと明かされた。
同情したいところだが、ももにそんな余裕はない。
彼女もまた‘嗅覚がない’という欠陥を抱えているから。
「可能性はけっしてゼロじゃない」
と敢えてフードコーディネーターとして働き、努力を重ねてなんとか生きのびてきた、その苦労を分かったような口をきくかりんに、またイライラしてしまうもも……。
だが、ももの心の奥底で、何かがゆっくりと変化していた。
ある日、かりんは、
「あなたの鼻が利かなくなったのは、自分のせいです。お詫びをしたい」
ようやく、ももはかりんがここにやって来た理由に気付く。
音符のポラロイド写真を一生懸命捜していたのは、子守唄を完成させてももに聞かせてやりたいという一心からなのだ。
「ワタシのたったひとりの妹ですから」
どこまで意味を分かって言ったものなのかは分からないが、ももの目にじんわりと涙が溢れた。
そこに浩二がやっと帰宅してきた。
ももは浩二を責める……。
「危険な世間から守りたいという希望があったとはいえ、なぜ姉妹を引き離し、姉を福祉施設に入れたの?死ぬまで身近にいることが一番辛いことかもしれない。でもそれを引き受けるのが家族じゃないの!?」
遂に例の無くなったポラロイド写真の撮影場所が明らかになった!
それは、ももとかりんがまだ幼いころ一緒に暮していた時に住んでいた家の前の景色だ。
が、そこはもうすでに更地になって街灯は撤去されていた……。
何とか奇跡を起こしたい!かりんのために!自分のために!
そして、ももが思いついた奇想天外な計画とは……。
一方通行の関係に苛立ちと失望を繰り返しながらも……すべてを受け入れようと覚悟を決め、姉をギュッと抱きしめる妹。
心を優しく包み込む、欠陥を抱える愛すべき姉妹のハートフルな物語。
75分の中編ですが、中身はなかなか濃い。
池脇千鶴と市川由衣も好演。
ラストはちょっとホロリとさせられる……地味な内容の小品ながら、観応えがありました。