『空気人形』 | エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

エルドラド 「時をかける言魂」 『時かけ』と仲里依紗に魅せられて

ただの戯れ言?!またはエッセイのようなもの。
そしてボクは時をかける。

『空気人形』


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【出演】
ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、オダギリジョー、高橋昌也、富司純子、岩松了、星野真里、余貴美子、柄本佑、寺島進


【監督】
是枝裕和



‘あなたの息で、私の心を満たして’

‘私は「心」を持ってしまいました。
持ってはいけない「心」を持ってしまいました。
「心」を持つことは、とても嬉しくて、とても切ないことでした……’



川沿いの寂しげで小さな町にある古びたアパートで……‘持ち主’である秀雄と暮らす空気人形は、空っぽな誰かの‘代用品’。


ファミレスで働く秀雄は、夜に帰宅すると、
「ただいま」

そして食事を2人分用意し、人形と一緒に風呂に入り、「ノゾミ、綺麗や」と夢中でセックス(?)をし、部屋に設置したプラネタリウムを見ながら語りかけ……同じ布団で眠りにつく。


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淋しい独身中年男性の彼にとって、最愛の恋人であり、この社会で唯一の話し相手でもある空気人形(ダッチワイフ)。


雨上がりのある朝、身支度をする秀雄の傍らで裸のままの人形は一度だけ瞬きをした。

そして彼が出かけると、半透明の身体に日差しを受けてゆっくりと立ち上がり、少しずつ窓際へと向かう。
アパートの軒から垂れる雫に指先で触れ、
「キ……レ……イ……」と呟く。


‘私は心を持ってしまいました。持ってはいけない心を持ってしまいました’


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メイド服を着て覚束ない足取りで町に出た空気人形は、いろいろな人に出会っていく。


戻らぬ母親の帰りを待つ小学生・萌とその父親・真治。

ニュースで見る事件を全て自分が犯人だと警察に名乗り出る元印刷会社経営者夫人・千代子。

毎日毎日、千代子の相手をしている交番のおまわりさん・轟。

フラフラと町に出ては、大量の食糧を買い込む過食症のOL・美紀。

老いを受け入れられず、執拗に若さを求め続ける会社受付嬢・佳子。

迫りくる死の訪れを感じている元高校国語教師の敬一。

皆、どこか心に空虚を持つ東京の住人たち。


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そんな人形が、レンタルビデオ店で働く純一と出会う。


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カウンター越しに目が合う二人……すると人形の瞳に店の灯りが反射してキラキラと輝く。

人形は彼に恋をしてしまった。

純一の背後には‘アルバイト募集’と書かれた紙が揺れている。


その店でバイトを始めた空気人形は、純一の心の中にどこか自分と同じ空虚感を感じつつ、日に日に惹かれていくのだった。


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店長の鮫洲は、リストラされ家族からも見放された寂しい中年男だが、どこか憎めない人柄。

常連客の浪人生・透は、DVDを探すふりをしてメイド服姿の人形を目で追っている。

普通に見えてどこか空虚な人間たちがここにも集まっていた。


ある時、鮫洲が人形にこう訊く。

「彼氏とかいるの?好きな男……いるんでしょ?」
「いいえ……」


‘私は嘘をつきました。心を持ったので嘘をつきました’


アパートでは毎晩、秀雄に抱かれる人形。

‘私は空気人形……性欲処理の代用品’


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ある日、人形は押し入れの中にあったひとつの箱を発見する。

「……5980円……」

‘私は空気人形……型遅れの安物です’


少しずつ純一から映画の知識を得、仕事にも慣れてきた頃、人形はバランスを崩して棚から飛び出た釘に手をひっかけてしまう。

手首が裂け、人形の身体から勢いよく吹き出す空気に驚いた純一だったが、
「見ないで……」

人形の言葉を遮るように、お腹の空気穴から何度も何度も息を吹き込む。

「もう……大丈夫だから……」

息を荒げた純一が抱き寄せると……高揚する空気人形。

誰もいない店で、いつまでも抱き合う二人。

「もう少し、このまま……」


愛する人の息で満たされ、今までにない幸福感に包まれる空気人形。

‘心を持つことは切ないことでした’


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そんなある日、鮫洲から、
「エッチした?純一とやったの?」

そして、店の控室で鮫洲の相手をさせられる人形だった。

‘私は空気人形……性欲処理の代用品……私は……’


一方、秀雄は人形を押し入れにしまい込み、新しい人形(ノゾミ)を迎えての誕生日を。

悲しくなった人形は、心を持った姿を初めて秀雄に曝します。

「なに?あのノゾミ?」
「ケーキなんか買って誕生日?」
「お前にもしたって。お迎えした日に」
「私は心を持ってしまったの。私は昔の彼女の代用品なのね?別に私じゃなくてもいいんでしょ?」
「ただの人形でいてくれへんか?めんどくさいから」
「めんどくさい?」


彼女は遂に秀雄の元から離れる決意をして……。
そして生みの親である人形師のアトリエを訪ねる。


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「おかえり」
「ただいま」

「心を持って苦しい」と訴える人形。

「ここに帰ってきた人形たちは、年に一度捨てる。燃えないゴミだ」
「ゴミ……」
「でも僕たちだって燃えるゴミだから、たいした違いはないけどね」
「……」
「悲しいだけじゃなくて、美しい世界もあったかな?」
「生んでくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」


そして人形は愛する純一の元へと向かうが……そこには哀しい結末が待っていた。


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人形が心を持つというファンタジーと、メタファーとしての官能を描く、哀しく切ないラブストーリー。


「人形と人間」「空気と空虚」「生と性」をめぐる……心を持ってしまった空気人形と人間の交流を温かく描いた上質のラブファンタジーでした。



ペ・ドゥナが超エロ可愛くて、小刻みにチョコチョコと歩く姿がとても愛らしい!


恋する純一から空気を抜かれて、また息を吹き込まれて……を繰り返すシーンは、この二人なりのセックスでもあり、かなり官能的です。



大都市の片隅で彼女が見るのは、孤独で心が淋しい老若男女……人間たちも彼女と同じように身体の中が空洞になっていると知る。

「私の身体の中は空っぽなの」
と語りかける人形に、
「私だって空っぽだよ」
そう応える老人。

何とも切ないシーンです。


空気人形は心を持ったことで初めて、喜び、哀しみ、恋、淋しさ、惨めさ等……様々な感情を味わう。


空虚な心を抱えて現代を生きる人間たちは、みんな空気人形でも有りうるのです。