
80年代のJazzは本当に停滞していたのだろうか?その混迷と言われる時代に登場した新しい才能はWynton MarsalisやMulgrew Miller、Kenny GarrettにDonald Harrison、Jeff Watts、Wallace Roney、Kenny Kirkland、Marcus Robertsといった人たち。Wyntonを代表とする新伝承派などと日本でもてはやされた音楽は、とかく賛否両論あるだろうが、御大Miles DavisもMike SternやSax奏者Bill Evansといった新しい才能とともに81年に『The Man With the Horn』を引っ提げて復活の狼煙を上げた。しかし、そこに新しい何かを創造しようという動きがあったのかということを考えた時に、自分が思い浮かべるのは、彼らではなくBrooklynから生まれたSteve ColemanやGreg Osby、Graham Haynes、Cassandra WilsonやGeri AllenといったM-Base周辺の人たちと、彼らともつながりがあるDoug Hammond、そしてStanley CowellといったStrata-East周辺の人たちであった(ECM周辺と欧州Jazzは、あえて除く)。時代の最先端でもなく伝統回帰でもない独自性と普遍性を持った音楽が時代の風雪に耐え生き続けた。ある意味、自己を貫き通したHorace SilverやSam Rivers、Ornette Coleman、Max Roach、Cedar Waltonらの80年代の作品も全盛期には及ばないとはいえ力作が揃っている。では、60年代Blue Note期に確固たる地位を築き、Rhythm、Harmony、音色、旋律においてMilestone時代に個性を追及して深化を極め、90年代には商業的成功を収めて遅すぎた脚光を浴びた大好きなTenor奏者Joe Hendersonの80年代はどうだったのであろうか?
『Mirror, Mirror』はJoe HendersonがMPSから80年にリリースしたアルバム。Milestone時代後期の燃えたぎるBlack Powerと尖がりまくった実験精神に満ちた作品から、よりオーソドックスなAcoustic Quartetに回帰した前作『Relaxin at Camarillo』。引き続いてChick Coreaとの共演2作目となる本作は、ベースにRon Carter、ドラムスにBilly Higginsという安牌な布陣。前進や進化ではなく、より成熟した時代に入っていくHendersonの姿勢を示している。あれだけ挑戦し攻め続けて質の高い作品を連発したにもかかわらずセールスは低迷したHendersonを誰が責められよう。教え子Michael Breckerらに明らかに大きな影響を与え、Milstone時代のジャンル越境の実験精神は現在のJazzシーンに登場してきた新しい才能の先駆者ともいえるだろう。確かに、あの時代の革新性や刺激はないけれど、本作や90年代になり発表されたChick CoreaのQuartetでの1981年Montreux Jazz Festivalの演奏を収録した『Live In Montreux』を聴けば80年代に決してHendersonが停滞していたわけではないのがわかる。激動の時代を駆け抜け一息ついて、ジッと耐え忍び次なる飛躍を待っている感じだ。それゆえ本作のジョーヘンはGentleな佇まいが、また一つの味になっている。
タイトル曲はChick Corea作の穏やかなJazz Waltz“Mirror,Mirror”。酸いも甘いも噛み分けたHendersonのTenorが渋い。
Ron Carter作の“Candlelight”。Chickの優美な旋律から始まり、これまたHendersonの大人の包容力を感じさせる深い味わいナンバー。
続いてもRon作の“Keystone”。ありふれたBluesと見せかけ、Hendersonは平静を装いながら機を伺っているようではある。
本人自作の“Joe's Bolero”。Milestone時代を思わせるHendersonの咆哮とChick参加作らしいSpanishな曲調がスリリングに展開していく。HigginsとRonの暴れっぷりが物足りないながらもAggressiveな姿勢が良い。
Standardの“What's New”。流石にこういうのも良いですわ。やっぱり黙々と謳いあげるいぶし銀の魅力。この大人の寛ぎがたまらんところ。
最後をシメるのはChick作の“Blues For Liebestraum”。心地良くDriveするRon Carterのうねるベース・ラインにのってジョーヘン節が炸裂。実に気持ち良さそうにぶちかますジョーヘンが最後にきて爆発。Chickも抜群の切込みで、Higginsも中々健闘しておりやす。
(Hit-C Fiore)