こんにちは、親として、教員として、大学院生として教育問題に悩む、3足ワラジのジュンコです。

 

今日は、前回書こうと思っていた自分のクラスの子どもたちから学んだことをシェアします。教師の無知さから書き始めたブログの続きです。私の持っている知識は、教科書や書物からとってきたもので、本当に一面的であることがわかり、これからも自分の無知さを意識しながら、教室がどのような場所であるべきか、考えていきたいと思います。

 

子どもたちやその家族の経験した知識が、全員公平に認められるように実践したオーラルヒストリープロジェクトですが、私の尊敬するDr. Suzan Katzの人権教育のクラスから学びました。大学院生として、自分がオーラルヒストリーとそれを使って単元指導計画に取り組んだ後、自分の4年生の学級の課題に応用し実践したものです。想像以上に子供たちから学ぶことが深くて、びっくりしました。たった9歳や10歳なのに。。。小学生だからといって、できないだろうと決めつけるのは良くないな、と教師として自分に言い聞かせる機会になりました。

 

ここに紹介する児童の家族が体験したことは様々ですが、次の三人は、第二次世界大戦が共通となっています。場所や状況によって家族の運命が決まったことがわかりますが、その家族の子孫が私のクラスで一緒に学習するなんて、とても不思議で、なおかつ教育の重さを感じます。

 

児童Aさんは、フィリピン出身のおばあさんのオーラルヒストリーを作成しました。世界第二次世界大戦中に、日本軍から逃れるためにトルコへ逃げ、そこで新しい生活を始めたそうですが、教育のためにアメリカへ留学したことが、自分のアイデンティティーにつながるとかいています。なぜなら、おばあさんが教育のためにアメリカの大学に来なければ、おじいさんに会わなかっただろうし、自分のお母さんもアメリカに留学しなかっただろうし、そこでお母さんは、アメリカ人のお父さんに出会うことはなかったという家族の歴史から、自分の運命はいくつもの偶然が重なった結果だと述べていました。

 

児童Bさんは、日本から移住したひいおじいさんのことを書きました。ひいおじいさんはハワイに移住し、クリーニング店を営んでいましたが、真珠湾攻撃をきっかけにFBIに逮捕され、収容所で3年過ごした経験ををオーラルヒストリーにしました。アメリカ西海岸に比べて、ハワイには日系人収容はなかったといわれますが、このオーラルヒストリーからそうでない場合もあったということが明らかになりました。ひいおじいさんはなくなっているのですが、保護者も、児童本人も、ひいおじいさんの経験を記録に残すことが家族の宝になると、残った家族からひいおじいさんの情報を集めました。この児童Bさんは、オーラルヒストリーの最後を、次のように締めくくっています。「ひいおじいさんの、日本人、日系人差別に対してたたかい、成し遂げたことや勇気を理解したい。そして、ひいおじいさんがいかに努力し、この世界をよくしてきたことを学ぶことで、私のこれからの生き方が変わると思う。ひいおじいさんはこの世にはいないけれど、彼の勇気は私の中に生きている、と思う。」と終わっていました。

 

もう一人ほかに、日系カナダ人収容所でうまれたおじいさんの経験をオーラルヒストリーにした児童がいたのですが、児童Bさんと合わせて、日系人の歴史について、アメリカだけでなくカナダに行った日系人も収容所に送られたという事実がわかり、日系人の歴史の見解も広がりました。

 

児童Cさんは、ポーランドから移住したひいおじいさんのオーラルヒストリーを作成しました。彼女は自分のアイデンティティーについてこう書きました。

 

「私のひいおじいさんは、ユダヤ人迫害を逃れるために若い時にポーランドを出ています。もし、アメリカに来なければ、1939年のドイツ軍により、ポーランドから出国を許されなかった他の家族と同じようにユダヤ人収容所に送られ、殺される運命にありました。私の祖先はユダヤ人であるために殺されたので、私はユダヤ人としての遺産を誇り高く持ち続けたいと思います。また、将来、人種、宗教に対する差別や偏見、迫害をなくすために立ち上がらないといけないとおもいます。私のひいおじいさんは、アメリカ人になったことが誇りであったので、私はここで生きていけることを幸運だと思います。」

 

このように、第二次世界大戦について書いてきた子どもたちが、クラスの3分の1はいたのではないでしょうか。おじいさん、おばあさん、ひいおじいさん、ひいおばあさんの年代が経験した知識を学級で共通理解にすることが、うちのクラスで大変貴重な経験になりました。個人の発表は何日もかかるのですが、数をこなすたびに、お互いに刺激しあって、プロジェクトや発表の質もどんどん高度になっていきました。

 

もちろん、クラス全員がこのような深いことを書いてきたわけではありませんが、私の一番予期しなかったことで、一番大事だと思うことは、子ども達一人ひとりの知識をつなげることで、学級全体で新しい知識、新しい見解ができるようになった、ということです。これは、4年生の教室で予想していなかった近代の世界史の授業の展開となりました。

 

また、もう一つ重く受け止めた面は、子供達に課題の中で、家族の移住経験から自分のアイデンティティーについて書きなさい、という項目が、授業の方向性を広げた点です。自分の考え方や見方がどう反映しているか、なんて、なかなか大人でも明確でないことが多いですが、人権についてとても深いことを書いていて、私の方が子ども達から、将来への夢や希望をもらったように思います。

 

こういった授業が、また来年もできるように自分の実践を振り返り、記録に残し、また、他の先生方ともシェアできるようにしていきたいです。