「闘う君の唄を」 中山七里 朝日新聞出版 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

 

 

玉県の片田舎・神室町に幼稚園教諭として赴任した喜多嶋凛。 

 

 

 

あらゆることに口出しをしてくるモンスターペアレンツと対立しながらも、自らの理想を貫き、少しずつ周囲からも認められていくのだが……。

 

どんでん返しの帝王が贈る驚愕のミステリ。

 

 

 

 

「これ前半は完全に幼稚園の先生が主人公のお仕事小説なんだよな」

 

「モンスターペアレンツを相手に悪戦苦闘しながら、それでも自分の理想を曲げず、子供たちのために日々頑張る…みたいなヤツ?」

 

「あー、もう前半は本当にそんな感じ」

 

「でも、中山七里でそういうの、珍しいよね」

 

「もともとかなりバラエティに富んだ作風の作家ではあるけれどさ、それでも総じて言えばすべて広義の意味ではミステリの範疇に入る作品ばかりだからな。まさか、お仕事小説とは!って読者は思うかもしれないな。最初は、ね」

 

「最初は、ってことは最終的にはやっぱりミステリになるってこと?」

 

「あーじゃあ、このあたりからネタバラシが入るけどいいか?」

 

「オッケー」

 

「主人公の凛先生が勤める幼稚園はさ、保護者会の発言力がバカみたいに強くて、園長はじめ先生方もみんな言いなり。遠足の場所さえも、親たちが決めるという異常ぶりなんだよな」

 

「そんなことあるの?」

 

「それというのも、16年前にこの幼稚園の送迎バスを運転していた上条という男が園児3名を殺害するという異常犯罪が起こったのがきっかけなんだ。幼稚園は親たちの信頼を失い、あらゆる行事や教育方針に対して保護者のチェックが入るようになった。それが今までずっと続いている、っていうわけなんだ」

 

「送迎バスの運転手が? それは酷いね」

 

「上条が捕まったのは3件目の事件。幼児の死体を埋めているところを現行犯で逮捕された上条は、幼稚園バスを運転中に誤って少女を轢いてしまいそれを隠蔽するために死体を隠そうとした、と抗弁した。つまり殺人ではなく事故と死体遺棄でしかない、と」

 

「でも、それが3件目なんでしょ? 他の2件については何か証拠が出たの?」

 

「出たなんてもんじゃないね。上条が幼稚園で使用していたロッカーから他の2件の被害者の幼児たちの持ち物が発見されちゃったんだから、言い逃れはできない。かくして上条には死刑判決が下るんだけど、本人は執行前に獄中で病死をしてしまうんだ」

 

「うーん、やるせないね。いずれにしてもさすがにそんな事件があったら、保護者が幼稚園に物申したくなるのもやむを得ないかなあ。でもその異常な状態に風穴を空けるのが、主人公の凛先生、っていうお話なんでしょ?」

 

「そうだな。凛先生の情熱や子供たちへの愛情が保護者たちにも通じて、少しずつ関係は良化していくんだ。ここまでは完全にお仕事小説。ところが後半、物語はまったく別の方向に進んでいく」

 

「どういうこと?」

 

「16年前に幼児殺害の罪で捕まった死刑囚の男には娘が一人いたのだけれど、その娘が凛先生だということが発覚する。母方の姓を名乗っていたから園長先生も採用のときに気がつかなかったんだな」

 

「マジで? じゃあ凛先生は自分の父親が事件を起こした幼稚園に勤めていたってこと?」

 

「本人は贖罪の気持ちがあったのかもしれない。でもさすがに殺人犯の娘を受け入れる幼稚園はないわな。せっかく関係が良化してきたのも水の泡。大バッシングが起きる」

 

「そりゃそうだよねえ」

 

「凛先生は、自分が悪いことをしたわけじゃないのに…とか、殺人犯の娘というレッテルは一生剥がせないのか…とか、周囲を裏切ったわけじゃない…とか言うんだけど、個人的にはそりゃ無理があるよなと思う。凛先生自身にはもちろん問題はないのかもしれないけれど、親にしてみたら少しでもネガティブな要素があったらそれを排除したいと思うのは当たり前で、何もこの幼稚園に勤めなくても他でやりゃいいじゃん、って考えるわな」

 

「で、それを覆すような凛先生の大活躍がそこから起きる?」

 

「それじゃただのお仕事小説で終わっちゃうだろ? ここからミステリになるんだよ」

 

「と言うと?」

 

「当時の事件はもしかしたら冤罪であったのかもしれないと考える刑事が現れる。なんで凛先生が着任した年にたまたまそれを再調査する刑事が登場するのか、その点についてはいささかご都合主義的ではあると思うんだけど、まあそれはさておき」

 

「さておくの?」

 

「うん。それをさておくくらい、他にもっと大きな瑕疵がこの作品にはある。正確には作品そのものじゃなくて、馬鹿な編集者が付けたオビにある」

 

「オビ?」

 

「オビにさ、最後にどんでん返しがありますよってことが書いてあるわけ。ご丁寧にこのページから驚愕の展開になりますよってページ数まで指定して。それ言われたら、上条は冤罪でこの事件には真犯人がいるんだ、ってバカでもわかるわなあ」

 

「そうだねえ。さすがにそれはどうかと思う」

 

「しかもさ、16年前の事件が起こったときにこの幼稚園に関係していたのは園長先生ただ一人だからな。他の先生方も園児の父兄もまだ学生で、この地域にいなかった人たちも多い。誰がどう考えたって、園長先生が真犯人だろ。自慢じゃないけど、この事件について語られ始めた時点で真犯人がわかったよ」

 

「園長先生なら上条のロッカーに被害者の持ち物を仕込むのも簡単だろうしねえ」

 

「どんでん返しがありますよ、っていうオビは基本的にどれも許容できないけれど、このオビは本当にサイテーだぜ。お仕事小説だった物語が突然ミステリに変貌し、最後には思いもよらない表情を見せるっていうのがこの作品の眼目だろうに、それを全部最初から言っちゃってるんだもんな。よっぽど鈍い読者じゃない限りはこの展開が予想できちゃう」

 

「作者は怒ってもいいレベルだね」

 

「まったくだ。展開が完璧に予想できていたのにそこそこ面白く読めたんだから、何の先入観もなしに読めたらもっと面白かっただろうにな。残念だよ」