「交渉人」 五十嵐貴久 幻冬舎 ★★★★ | 水底の本棚

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三人組のコンビニ強盗が、総合病院に立て篭った。

院内の人質は五十人。

交渉人・石田はテレビやプロ野球の話題を織り交ぜ、犯人を思い通りに誘導、懐柔していく。

しかし、解決間近と思われた時、事件は思いもよらない方向へ転がる。

真の目的は何なのか?

 

 

交渉人 (幻冬舎文庫)

 

※ネタバラシを含む感想です。未読の方はご注意を。

 

 

立てこもり犯と対峙するのは警視庁きっての交渉のプロ、石田警視正。

 

そしてかつての石田の愛弟子で、今は閑職に追いやられている遠野麻衣子警部。


日本を代表するネゴシエイターである石田は絶妙の話術で犯人を思い通りに誘導、懐柔していく。

 

麻衣子は石田の交渉術を周りに解説するくらいしかすることがなく、現場は石田の指示のもと完璧に統制されているようだった。


僕は読んでいてこのあたり、やけに不自然さを感じた。


あまりにも犯人たちが石田の思い通りに動きすぎるのだ。

 

実際僕が犯人ならばそれほど簡単にぺらぺらと何でも喋ったりはしないぞと感じるほど。

 

元暴力団員というような粗暴な人間ならなおのこと、石田と親しげに会話を交わしたりはしないのではないだろうかと思った。


いくら見せ金とは言え五千万以上の現金を一旦は犯人に渡すのも解せないし、どれほど追跡に自信があろうとも犯人を解放してしまうのも普通ではあり得ないのではないかと思った。

 

治療が急がれる患者がいるとしても、いやそれだからこそむしろこのやり方はまずいのではないか。


僕なら犯人が疲れきった明け方に強襲部隊を投入して一気に片をつける。

 

犯人はたった三人なのだし盗聴器によっておおよその居場所も把握できているのだから。

 

第一、人命優先を考えるならまずは透析が必要だというその重症患者に対する治療を交渉するべきだろう。


石田のやり方はどう考えてもまともな警察官のやりようではなかった。

 

少なくともこんなやり方は小説の中でしかありえないと思った。

 

ところがこれらはすべてラストに向けての伏線で、石田のやりように違和感を覚えていたのは僕だけではなく麻衣子もそうだった。

 

麻衣子は僕のような迂闊な読者では気がつかなかった細かい石田のミスも見逃さなかった。


犯人がカネを置いて逃亡したあたりから僕も彼らの狙いがわかった。

 

カネを置いていった以上、彼らの目的はただひとつ、医師と看護士の殺害だ。

 

そして医師と看護士を殺害する以上、その動機が医療ミスにあったことは簡単に想像できる。


なぜわざわざこれほど大掛かりな事件を起こさなくてはいけなかったかという疑問は残るが、綺麗な着地だと思う。

 

サスペンスとしてはけっこうドキドキできる展開で面白かった。


(ちなみに僕のこの疑問に対して犯人たちは彼らの子供たちがそうされたように病院の中で殺したかったのだと言っていた。さらにその動機は自分たちにしか理解できないのだとも)

 

余談だが本書執筆の参考文献として交渉術に関するものは巻末に提示されているが、医療に関しては「新聞・インターネット」としか書かれていない。

 

文献をあたっていないはずはないのでうっかり先に参考文献を見てしまうことに対する配慮だろう。

 

ここに「医療過誤裁判」についての文献名が記されていたらオチが丸わかりだもんね。