「ガソリン生活」 伊坂幸太郎 朝日新聞出版 ★★★★ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

大学生の望月良夫は愛車のデミオ運転中に、 偶然会った女優の翠を目的地へ送り届けることに。
だが翌日、翠は事故死する。
本当に事故だったのか?
良夫とその弟で大人びた小学5年生の亨は、翠を追いかけ回していた芸能記者・玉田と知り合い、事件に首を突っ込み始める。
 姉、母まで望月一家が巻き込まれて、謎は広がるばかり――。
 物語の語り手はなんと本邦初(?)の「車」。
 町を走る様々な車たちの楽しいおしゃべりが全編にさんざめく、前代未聞のユーモアミステリーにして、のんきな長男・大人びた弟…と個性的なキャラが揃った家族の暖かいエピソードに溢れた、チャーミングで愛すべき長編家族小説。

 

 

ガソリン生活 (朝日文庫)

 

 

母、長男、長女、次男の四人家族の愛車である緑色のデミオ。通称、緑デミ。

この物語の一人称はこの緑デミである。

長男と次男を乗せた緑デミに、今をときめく大女優、荒木翠が乗り込んできたところから物語ははじまる。

祖父がつくった「サンサン太陽君」というキャラクターの版権料で暮らしている丹羽という青年と浮気をしていると報じられ、マスコミから逃げていたのだった。

偶然の出会いの翌日、マスコミに追われた荒木翠と丹羽はトンネルで事故を起こし死亡する。
(それはまるでダイアナ妃のように)

……が、その事故にはどうも不審なところがある。

長男と次男は二人を追っかけていたマスコミである玉田(次男は彼を玉ちゃんと呼ぶ)に会い、話を聞くが、自分の仕事を全うしただけだという彼の悪びれない態度に、緑デミならずとも憤る。

ここから、この事件を物語の軸として、

長女の彼氏がタチの悪い男にタチの悪い仕事を強要させられる事件や、

次男とそのクラスメイトがイジメに遭う事件など、
(次男はまったく応えていない感じが面白いのだけど。この次男はヘンに大人びていて本当に面白い)

家族を巻き込む形でいろいろなことが起こるのだけれど、それがぜんぶ緑デミをはじめとする車の視点から語られるので、結構、肝心なところがわからなかったりして、イライラする。

車の中というのは密室だから、割と大事な話が緑デミの中で展開されたりするのだけれど、いつもいつも車中での密談というわけにもいかず、緑デミが見聞きできないことは読者にもわからないわけで、いろいろな謎が後半まで引っ張られるので、そういう意味ではミステリ的な面白さも本作にはある。

長女の彼氏に悪事の片棒を担がせようとする(というより悪事を強要する)ヤクザよりもタチの悪いトガシという男や、次男を目の敵にする悪辣なクラスメイトら、とんでもない「悪」が登場するのだけれど、「車」の眼を通してそれらの出来事を見せることで、読者もどこか「客観的」な気分になり、あまり不快な気分にはならない。

ラストにはえもいわれぬ幸福感がただようエンディングが待っているわけで、物語に存在する「悪意」はかなりのレベルなのに、昨今流行りの「イヤミス」とは本作は対極にあると言ってもいい。

そして僕は、ただ読む人を不快な気分にさせることを目的としたミステリよりも、本作のような作品のほうがよっぽど好きだ。