がけくずれで壊れた小さな社のあとに残された深い穴。
穴は、捨てたい物は何でも引き受けてくれた。
原子炉のカス、機密書類、都会で出た様々なゴミ。
穴のおかげで都会の空はきれいになっていったが…。奇妙でスリリングな50編を収録。
星新一の著作に初めて出逢ったのは中学一年生の頃。
一冊読んだらもう夢中になって、読めるものは全部読破してしまった。
学校図書室と市立図書館書店にある本は全部読んで、それから読み切れていない分は書店を巡って探した。
読書好きの中学生男子が通るオーソドックスな道である。
そして、そのきっかけとなった最初の一冊というのがこの「ボッコちゃん」である。
何十冊もあった星新一の著作は大学生くらいの頃に、
本棚のキャパシティの問題でほとんどを処分してしまったが、
せっかくだから最初の一冊くらい、手元に置いておこうと思い立って、改めて購入した。
奥付を見ると本書の初版は昭和46年5月となっている。
それから三十年以上が経ちショートショートというジャンルの開拓者が不在となってからは、
この分野は急激に衰えを見せた。
今、ショートショートの名手と呼ばれるような作家は皆無だし、
ショートショートという分野自体が低迷していると言ってもいい。
そう考えると、ショートショートという分野は星新一という作家そのものであったと言ってもいいと思う。
さて、本書の感想である。
本書の白眉は表題作の「ボッコちゃん」だろうか。
ちょっとしたミステリのようで、とてもよく出来た作品だと思う。
誰もいなくなるラストは恐怖すら覚える。
「おーい でてこーい」も描かれていない結末を想像すると、これほどの恐怖はない。
牧歌的なタイトルとは裏腹に、
物を使い捨て、廃棄できないような化学製品をじゃんじゃん生産している現代を強烈に風刺している。
社会風刺といえば「なぞの青年」もそうだ。
ある青年の公的資金の使い込みが発覚する。
しかし、その金の使い道はすべて市井の人々が望み、喜ぶようなもの。
それでも青年はきちがい呼ばわりされ、病院送りにされてしまう。
果たして狂っているのは青年なのか、それとも…。