東京都下、武蔵村山市で占い師夫婦と信者が惨殺された。
音道貴子は警視庁の星野とコンビを組み、捜査にあたる。
ところが、この星野はエリート意識の強い、鼻持ちならない刑事で貴子と常に衝突。
とうとう二人は別々に捜査をするという険悪な事態に陥るが、一人になった貴子が何者かに連れ去られるという事件が起きる。
「鎖」というタイトルはダブルミーニングになっている。
ひとつは貴子を縛りつける物理的な鎖。
卑劣な殺人犯たちの人質となった貴子は手錠と鎖で自由を奪われている。
貴子は犯人に何度も暴力をふるわれる。
ただの暴力ならば、いかに貴子が女性とは言え、ひと通りの護身術は見につけている警察官だ。
易々と暴力に屈するものではない。
だけど、手足のきかない状態で暴力を振るわれるのはこの上ない恐怖だ。
鎖は貴子の心までも次第に縛りつけていく。
だが、この物語にはもう一人、鎖に縛られた女性が登場する。
中田加恵子。
貴子を騙し、攫った女だ。
彼女もまた「鎖」に縛られている。
いいことなんかなかったと自嘲する人生の中で、
唯一、差し伸べられた男の手にすがりつくようにしてそれまでの暮らしを投げ捨ててきてしまった彼女は、
その男が殺人犯になろうが、どれほど暴力を振るわれようが、
この先に待っているのが絶望だと知っていようが、それでも男から離れることができない。
目には見えなくとも、やはりそれは加恵子を縛る「鎖」なんだと思う。
加恵子は貴子の必死の説得、そして約束に応えるように彼女の鎖を外した。
そして、それは同時に加恵子自身の「鎖」をも解いたということだ。
上下巻あるこの物語の上巻半ばで貴子は監禁されてしまう。
貴子が監禁されている外では、滝沢たちが貴子を救うべく奔走しているが、
基本的には監禁されている部屋だけで起こる一幕劇のようなものだ。
それが上巻の途中から最後まで延々と続く。
ヒロイン自身が縛られているのだから、物語に動きが出ようはずもない。
それでもまったく退屈せずに読み進められるのは、
鎖に縛られた二人の女性がそれを振りほどくための心理サスペンスが見事に描かれているからだ。
面白かった。
最後に余談だが。
解放された貴子は、この事件の原因となった星野を「顔も見たくない」と切り捨てる。
正直、一発ニ発ぶっ飛ばしてやってもバチはあたらないし、
周りの皆だって見てみぬ振りくらいするだろうという思いがあったので、少しばかり欲求不満が残った。
それだけに昴一が星野を張り倒したときは「よくやってくれた」と喝采を上げたい気分になった。