目指すのはゴールじゃない。そのもっと先にある、何かを掴みたいんだ――。
他人の勝利のために犠牲になる喜びも、常に追われる勝者の絶望も、きっと誰にも理解できない。
ペダルをこぎ続ける、俺たち(ロードレーサー)以外には。
「サクリファイス」「エデン」に秘められた過去と未来が今明かされる。
スピードの果てに、彼らは何を失い何を得るのか。
日本、フランス、ポルトガルを走り抜ける、興奮のシリーズ第3弾!
※若干ねたばらしもしています。未読の方はご注意を。
「老ビプネンの腹の中」
チカがパート・ピカルディに所属していた頃の話。
ロードレースに対して興味も知識もないジャーナリストがチカに対してインタビューをする。
彼はロードレースがチームスポーツだということを理解せず、
「欧州でなかなか勝てずに苦悩するロードレーサー」という前提でチカに取材をするのが、
非常に腹立たしい。
僕だってロードレースに関して知識があるわけではないから、知ったような口をきくなと叱られそうだが、
「サクリファイス」「エデン」と読んできて、チカの仕事が「自分が勝利すること」ではないことはよくわかっている。
サッカーで、決勝点につながるアシストをいくつも決めているサイドアタッカーに、
「あなたはなかなかゴールできないですね」
なんて頓珍漢なことを言うジャーナリストはいないだろう。
それなのに、ロードレースはチームスポーツだと語るチカに対し、
このジャーナリストは悪びれもせず、
「ああ、白石さんはそう考えているんですね」とかのたまった。イラッとするね。
でもチカは走る。
他人の評価なんてどうでもいい。ただ、自分で選んだ楽園のような地獄の中で、ただ走る。
「スピードの果て」
伊庭の物語。
日本のエースとして君臨する伊庭が、チカと一緒に日本代表として世界に挑む。
ただ、そのレースの直前に伊庭は目の前で交通事故を目の当たりにし、
伊庭は初めて、自転車に乗ることに恐怖心を覚える。
あの、伊庭が。
正直、驚いた。
だが、伊庭はやはり伊庭だった。
立ち直ったときのセリフがふるっている。
「いちばん速く走れば、早く終わるんだって」
「プロトンの中の孤独」
この物語の主人公は、石尾。
「サクリファイス」で読者の度肝を抜くような、信じられない行動に出た、あの石尾がまだ若い頃の話。
石尾がその将来を嘱望される若手で、チーム・オッジには久米というエースがいた。
石尾をとるか、久米をとるか。
赤城も、チームも、その決断を迫られる。
だが、石尾はまた別のことを考えていた。
石尾、格好良いな。
若いころの石尾はこんな感じだったんだな。
「レミング」
同じく石尾の物語。
石尾はすでにチーム・オッジのエースとして君臨し、
そこに怪我で一線を離れたけれどかつてはその実力を認められていた安西というレーサーが加入してくる。
あるレースで石尾に対し、妨害行為があったことを赤城は知る。
そして、その妨害を行えたのは、もしかしたら安西しかいなかったかもしれないということも。
だが、石尾は安西の思いを知り、そしてある決断をする。
なんだよもう。
ホント、「サクリファイス」のころの石尾は何なんだよと思いたくなるくらい、格好良いな。
近藤史恵さんも石尾をこういう風に描きたかったのかなあ。
「ゴールよりもっと遠く」
石尾が一番格好良いのはこの物語。
あるチームを優勝させるために、そのスポンサーが裏工作をする。
優勝候補のチームには出場を見合わせるように依頼し、
その他のチームには二軍のようなメンバーで出場するように仕向ける。
優勝候補の最右翼である石尾が所属するチーム・オッジは出場することを見合わせた。
だから石尾は走る。
レースとは関係ないところで、でも自分が一番速いのだということを証明するために。
裏工作の末に優勝するであろうレーサーよりも自分のタイムの方が上だということを示すために。
石尾はそれを記事にしてもらうためにジャーナリストを一人誘ったけれど、
でもたぶん、それが記事にならなかったとしても石尾はよかったのじゃないかと思う。
自分自身が、誰が本当のチャンピオンかを理解していれば、それでよかったのではないかと思う。
石尾はそういう男だ。
「トラウーダ」
最後はまたチカの物語。
チカはポルトガルで闘牛を初めて観戦し、ショックを受けて寝込んでしまう。
大のおとなが何言ってるんだと笑わないでほしい。
チカが下宿している先には息子がいて、その息子もまたロードレーサーなのだが、
彼は一度、薬物使用の疑惑をかけられて出場停止処分を喰らっている。
そこからやっと復帰したのに、また検査で陽性反応が出たとチカは知らされる。
せっかく復帰できたのに馬鹿なんじゃないかと笑わないでほしい。
ロードレーサーはそれだけ不安定なところにいつも立っているのだ。
すべてのスポーツ選手がそうなのかもしれないけれど、
一部のスター選手を除いて、彼らはいつだって崖っぷちに立っているのだ。
ちょっとした出来事で精神のバランスを崩してしまうくらい、ぎりぎりの崖っぷちに。
