女流画家の個展会場で、ある作品を前に一人の女が声をあげた。
この画家は、五年前に失踪した自分の夫の行方を知っているはずだと。
その失踪事件は謎に満ちていた。
そして、その後、現場だった家で起きた密室殺人。
さらに密室殺人は続く。絵に隠された驚くべき真実!
人間の情念を縦糸に、ロジカルなトリックを横糸に織り上げられた岸田ミステリの原点。
第14回鮎川哲也賞受賞作。
※ねたばらしありの感想です。未読の方はご注意を。
「古い」
「え?」
「イマドキ、こんなミステリが成立するのが不思議なくらいに古いと思う」
「そりゃ第14回鮎川哲也賞だもん。10年以上前なんだから古いのは当たり前でしょ」
「それはわかっているけど、それにしても古い。10年以上前に読んだとしてもたぶん古いと感じたと思うぞ、これ」
「うーん……そうなのかな」
「そもそも『本格ミステリなんだから密室がないと』っていう考え方そのものが古いよ」
「確かに、密室3つは出し過ぎかもね。それぞれに魅力的な解決がついているならともかく…まったくそうではないからね」
「一つ目の密室は、空いている窓があたかも閉まっているように振る舞うという、極めて古典的なトリック。今さらこれを真相にするの?という意味では逆に盲点だけど、そういう狙いがあったならともかく……」
「それはさすがにないよね。堂々と書ききっているし。基本的にミステリに不慣れな人なんだと思う」
「ああ、そうなんだろうな」
「それでも一つ目の密室は、真相のがっかり感をスルーすれば、まあ許せるんじゃない? 密室で人死にがあったようなのに、死体が消失しているというのは結構、魅力的な謎だし、自殺に見せかけたいという狙いもあるわけだから」
「密室なら自殺だと警察が判断してくれる、って思うあたりが古いんだけど」
「まあまあ」
「確かに、一つ目の密室はそれで許せなくもないな。
たださ、「二つ目については……はたしてどこまで現実味があるのか。そもそも何のために密室を作ったのかわからないよな」
「一つ目は自殺に見せかけることを狙ったんだけど、二つ目は明らかに他殺死体だからねえ」
「キャスター付の椅子と伸縮自在の竿で、死体を部屋の真ん中まで移動させるわけだけれど……それだけの仕掛けを練習なしで一発で成功させるのも現実味がないし、被害者が犯人の指示通りに動くのも意味がわからない。銃で脅されてたって言われましても」
「銃で撃たれるのが嫌で、おとなしく首を絞められるって本末転倒だよね」
「三つ目の密室にいたっては、結局どうやって密室を作ったのかさえよくわからない。
もしかしたら、読み落としているだけかもしれないけれど、書いてなかったような気がするんだけどな」
「うん……書いてなかったような気がする」
「まあ、正直読んでいるこっちもどうでもいいやって気分だけどな」
「あとさ、結局、最後に犯人の手記で真相がわかるでしょ。あれ好きじゃないんだよね」
「そうだな。推理もへったくれもなくて、ただ事実を報告されてもなあ……ミステリの醍醐味のひとつに、解決部分をどう魅力的に演出するかってことがあると思うけど、それを完全に放棄しているってことだからな」
「これ、鮎川哲也賞受賞作なんだよね?」
「当時の選評を読んでいないし、選者が誰かもわからないけれど、この作品は鮎川哲也賞には相応しくないと思う。作品の優劣の問題ではなく、ジャンルの問題として」
「作者も応募する賞を間違えちゃったなあという感じがするね」