「サファイア」 湊かなえ 角川春樹事務所 ★★★★ | 水底の本棚

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日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

あなたの「恩」は、一度も忘れたことがなかった―「二十歳の誕生日プレゼントには、指輪が欲しいな」。

わたしは恋人に人生初のおねだりをした…(「サファイア」より)。

林田万砂子(五十歳・主婦)は子ども用歯磨き粉の「ムーンラビットイチゴ味」がいかに素晴らしいかを、わたしに得々と話し始めたが…(「真珠」より)。

人間の摩訶不思議で切ない出逢いと別れを、己の罪悪と愛と夢を描いた傑作短篇集。


サファイア (ハルキ文庫)



「真珠」


林田万砂子、五十歳、主婦。


「ムーンライトラビットイチゴ味」というハミガキ粉について、


自分自身の思い出とともに、熱っぽく語る。


正直、中年の女性が子供用のハミガキ粉について語るというのはキモチ悪い。


それを聞いている男性の正体も、林田万砂子の正体もよくわからない。


聞き手の男性は、かつてそのハミガキ粉を作っているメーカーの人間らしいので、


女性はユーザーとして何か意見を言っているのかな、もしかしたらクレームとかなのかな、


というような想像はできる。


だが、彼女の正体がわかるとともに、意外な真実が明かされる。


湊かなえさんの十八番、いわゆるイヤミスというヤツだ。



「ルビー」



娘に「あんなに心に垣根がない人は見たことがない。天使?」とまで評される母親が、


家庭菜園を耕していたり、花を植えたりしているうちに、


自宅の前にできた「施設」の窓からいつも外を見下ろしている老人と言葉を交わすようになる。


いつの間にか夫や娘たちも一緒に、ついついにこやかな笑顔で応じてしまうように。


その老人はいったいどういう人間なのか?


老人は彼ら家族を自室に招いて食事を供したりするのだけれど、決して老人が外に出てくることはない。


庭仕事を誉めたりしているのであれば、傍に来て一緒に手伝ったりすればいいのに。


健康に問題があるのか? いやどうもそうではなさそうだ。


ならば老人はどういう人間なのか。


物語のラストに彼の正体がわかり、そして意外な結末を迎える。


物語の構造は「真珠」と似ているけれど、後味が少しばかり違う。



「ダイヤモンド」


湊かなえさんには珍しい男性が主人公の作品。


この作品で描かれているのは、女性の狡猾さや残酷さなので、男性目線の作品とは言え、


テイストそのものはいつもの湊かなえ節とも言える。


昔話「鶴の恩返し」を雀に置き換えて、現代風にアレンジしたファンタジーというあたりが珍しい。


ああ、湊かなえさんもこういうの書くんだね、って思った。



「猫目石」


一見、仲の良い何の問題もなさそうな、親子。


しかし、夫にも妻にも娘にもそれぞれ言えない秘密があり、


それが隣人の手によって暴かれていくのだが……やはりこれも後味の良くない結末を迎える。



「ムーンストーン」


幸せな結婚をしたはずなのに、ささいなことがきっかけで不幸のどん底に。


そんな彼女の前にあらわれたのは中学時代の友人だった。


場面は一旦、彼女と友人の中学時代の回想に入り、そして物語は再び現在に戻ってくる。


中学時代のエピソードと現在の境遇が見事に交錯し、意外な結末を迎える。


ある種、叙述トリックとも言えるこの作品。


とても良くできていると感心させられた。


人物の印象が一瞬で反転する見事な構造になっている物語。


この短編集の中で一番のお気に入りかも。



「サファイヤ」

「ガーネット」


幼いころから人にねだるということをしたことがない。


それゆえ、時には場の空気を壊すこともあり、気がつけば華やかな集団からは離れていった。


そんな大学生の「私」が独りの男性と出会い、恋をする。


彼女は初めて「指輪がほしい」とお願いをすることになる。


その「指輪」が原因で、二人の人生は悔やんでも悔やみきれないような、思わぬ展開を見せる。


そこまでが「サファイア」の物語で、そこには絶望しかない。


その絶望に、わずかな光を指すのが「ガーネット」。


ちょっと出来すぎじゃない?と思わなくもないが、そんな結末も悪くない。