「海の底」 有川浩 角川書店 ★★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

横須賀に巨大甲殻類来襲。食われる市民を救助するため機動隊が横須賀を駆ける。

孤立した潜水艦「きりしお」に逃げ込んだ少年少女の運命は?

海の底から来た「奴ら」から、横須賀を守れるか?



海の底 (角川文庫)



機動隊が電撃作戦を開始したあたりで、ゆうきまさみの「機動警察パトレイバー」を思い出しました。


電撃作戦もそうだし、音波で怪物を誘導するところも。


元ネタになっているかどうかはわかりませんが。

(そういえば「図書館戦争」の笠原郁は、直情型なところや正義感の強さがそのまま泉野明だなあ)



パトレイバーで人類の驚異となったのは「廃棄物13号」という宇宙怪獣(と野明は言っていた)で、


特車二課の奮闘によりそれの上陸は阻止されましたが、


本作で人類に襲いかかるのは、肥大化した数万のエビ。


そして、彼らはいとも簡単に上陸し、横須賀の街を蹂躙する。



物語の中で、しばしば「俺たちはそういう国の役人だ」という言葉が語られる。


どれほど被害が広がろうとも、武装兵器を持った陸上自衛隊は出てこない。


この国の官僚は、よその国の戦争にはわざわざ武器を担いで行って来いと命令するくせに、


自分の国の治安を守らすためには自衛隊を動かせない。


なにが「自衛」だ。


ちゃんちゃらおかしい。


(って、フィクションの話に本気で怒ってどうする。でも、パトレイバーでも、陸自はとうとう出張ってこなかったし)



で、じゃあ、誰が野明が言うところの「ワンダバ」をするかと言うと、


警察しか残っていないわけで、巨大エビ、レガリスの矢面に立つのは機動隊ということになる。

(ワンダバの意味を知りたい方は「機動警察パトレイバー」を読んでください)



機動隊員たちは、烏丸参事官の、


「死んでこい」


「横須賀を守るために、日本を国辱から救うために恥をかいてこい」


との命令のもと、必死の防衛を繰り返した後、怪我人を出しながら敗走する。


警察の限界を世間に知らしめ、自衛隊の出動を促す、ただそれだけのために。



機動隊員全員負傷という壊滅的な敗戦の後、登場した自衛隊はいとも簡単にレガリスを駆逐する。


警察の奮闘は何だったのだと思いたくなるほど、簡単に。


現実世界でこういう事態が起こったとき、


お巡りさんたちが傷つかないでも自衛隊が投入される世の中であって欲しいなあ。

(こういう事態が起こらないのが一番だけどさ)




そして、この物語は機動隊と巨大エビの攻防を描いたパニック小説というだけではない。


著者があとがきでこの小説のコンセプトを「潜水艦で十五少年漂流記」と言っているように、


同時並行してもうひとつの物語が進行する。



横須賀基地に停泊していた潜水艦「きりしお」には、


艦長と、上陸禁止を言いつけられていた問題児二人が残っていた。



そこに、基地祭に遊びに来ていた十三人の少年少女がレガリスに追われ、逃げ込んでくる。


子供たちを潜水艦に収容するために、隊長は犠牲となった。


潜水艦は完全にレガリスに包囲され海上で孤立。


問題児自衛官の夏木、冬原は十三人の子供たちと救助が来るまでの共同生活を余儀なくされる。


漂流こそしていないが、確かにこれは「十五少年漂流記」だ。



少年たちのリーダー、ブリアンは、短気でケンカっ早く口が悪い、だけど人一倍熱い想いを持った自衛官、夏木だ。


ブリアンをサポートする冷静な知能派ゴードンは、同期の冬原。



もちろん、ブリアンにことあるごとに反抗する悪人キャラ、ドノバンもいる。


中学生男子の圭介だ。ドノバンにウィルコックスとウェッブという手下がいたように、圭介にも手下がいる。



圭介一派の巻き起こすトラブルに、夏木と冬原は翻弄され、怒り、わめき散らし(わめくのは夏木だけだが)、潜水艦内は何度も険悪な雰囲気になる。


そして、そういうトラブルを乗り越えて二人の自衛官と少年たちが団結を強くしていく…というだけの話ならば、それこそただの「十五少年漂流記」に対するオマージュでしかない。


しかし、その子供たちの中に、高校生の、それも将来美人に成長しそうな少女が混じっているあたりが有川浩さんらしいところだ。


両親を交通事故で亡くし、引き取られた先の叔母夫婦には気遣ってなかなか家族になりきれないでいる。


町内では圭介の母親に扇動された人たちが彼女と弟に冷たい視線を投げかける。


そんな環境にずっといたから、いつしか、彼女は本来持っている明るく勝気な性格を押し殺し、人との衝突を避け、人に気遣い、そして謝ってばかりのそんな少女になってしまった。


彼女の弟も事故のショックで言葉を失い、恐ろしくても叫び声ひとつあげられないようになってしまった。そういう意味では彼女がブリアンで、その弟がジャックとも言えるか。



そんな姉弟の凍った時間を、夏木の、荒っぽいけれど暖かい気持ちが溶かし、いつしか少女は、そんな頼りがいのある自衛官に恋心を抱く。


だが、夏木は言う。



「やっぱり俺は、お前らが来なければよかったって一番初めに思ったんだ。お前らが来なかったら艦長は死なずに済んだって。そんなふうに思われたのが最初なんて嫌だろ。どうせなら幸せに出会って幸せに始まったほうがいいだろ」



そして彼女もまた「私のことは忘れてください」と言い残して、潜水艦を去っていった。


彼女の淡い恋心は実らずに終わるのか。


そう思ったが、彼女の「忘れてください」という言葉の真意は最後に明らかになる。


有川浩らしいハッピーエンドだと思った。